【国防省へ①(To the Ministry of Defense)】
15時10分。
ユリアに操縦してもらい、下に降りた。
「まさか警察にまで」
レーシ中佐が、この事実に驚いていた。
4500万人居る人口の2割もロシア人が居るのだから、ごく1部とは言え過激な思想を持った奴等が動き出そうとしているし、旧支配者側も既にアクションを起こしている。
動き方ひとつ間違ってしまうと、とんでもないことになってしまいそうだ。
奪った警察のヘリにはパイロット2名の他に14人収容できるので、救出したユリアたち4人と我々G-LéMAT、そして捕虜のうちスペツナズとこの機のパイロットだった警官2人と武装していた市民2人を乗せて先にキエフに向かう事にした。
捕虜を連れて行くのは、早く情報が欲しかったから。
奴等の連絡ルートを知り、遮断する事が出来れば組織的な活動は弱まる。
「ヘリが堕ちて優秀な救助隊に助けてもらったと思ったら、帰りもヘリを操縦しているなんて驚き!」
隣で操縦するユリアが楽しそうに笑顔を向けて話し掛けてくる。
「楽しそうだな」
「それは、パイロットだからね。ナトちゃんが地上戦で活き活きしているのと一緒よ」
「私は活き活きなどしていないぞ」
「しているわよ。脳みそ全開で」
「……まあ、そう見えるのなら仕方がないが、この機体にはミサイルも無ければ機関砲もないから奴等の地対空ミサイルには気を付けてくれよ」
「そんな物騒な物で狙われたら、何にもしないで神様に祈るだけよ。Mi-24じゃないんですもの」
「4発の地対空ミサイルに狙われて無事だったパイロットの言葉とは思えんな。なにか秘策はあるんだろう」
「あら、良く分かったわね。実は秘密兵器を持っているの」
「秘密兵器を持っている?」
ユリアは、そう言うと私の椅子に掛かっているT-5000を指さした。
「これを使うのか!?」
「いいえ、私は使わない。使うのはナトちゃんよ」
「私が?」
「ミサイルが飛んできた時にはそのT-5000で撃墜してくれるんでしょ?」
「まさか」
否定はしたが、やる手がなければ屹度そうするだろう。
ユリアだって一緒だ。
ああ言っても、いざミサイルが飛んで来たら、何も防御手段のないこの機を操って可能な限りミサイルをかわす手を尽くすのに決まっている。
決して諦めて神様にお祈りをささげるような女性じゃない。
「お互い様ね」
私の考えていることが分かったのか、ユリアはそう言ってフフフと笑った。
視界の良いコクピットの窓に、懐かしいキエフ旅客駅が見えて来た。
「あれ!?空港には降りないの?」
「移動するのが面倒でしょ」
キエフ駅の北東側は観光やショッピングの街として栄えているが、南西側は公的施設や政府機関の建物が多い。
しかし、この非常時に直接国防省に乗り込むなんて無茶をやるにもほどがある。
「ナトちゃん着陸を手伝って!」
「えっ!?」
一応これを機会にヘリの操縦も覚えておこうと思い計器の動きや種類、それにユリアの手足の動きや目の動きにも注意していたが、いきなり操縦を手伝う羽目になるとは思いもしなかった。
「いつ私が撃たれて動けなくなっても着陸できるように、私の動きをなぞって覚えるの」
「わかった。やってみる」
飛行機の操縦も半ば強制的にサオリに教わったけど、今度はヘリコプター。
そう言えば銃の扱いも5歳の時に、テロ組織に入った義父のヤザから強制的に格闘技と一緒に教えられた。
それにしてもユリアは、一体どうしたと言うのだろう?
周りをキョロキョロと伺うばかりで、いつもの正確さがなく、機体の挙動が少し不安定に感じる。
事故の後遺症か?それとも……。
ユリアの動きをなぞるのではなく、私の方でも慎重に操ってみると、少しずつ機体の動きが安定してきた。
「そこの中庭に降ろすよ」
ユリアがロの字型に開いた中庭を指さす。
建物の中からは急な訪問者に驚いた人たちと、武装した警備兵たちがゾロゾロと建物の中から出て来る。
「慎重に降ろして。失敗すると私たちだけではなく多くの人が怪我をするわ」
やはり、そうだ。
今ユリアの方は、操縦を切っている。
旅客機と違って、サイクリック・スティック(操縦かん)やラダーペダルの微かな操作が敏感に機体に繋がる。
風の影響も意外に強く受ける。
安定した姿勢を維持するには、コンマミリ単位の落ち着いた動作が必要だ。
リアタイヤが静かに地面を捉えた感触をラダーペダルで感じた。
ゆっくりとスロットルを戻してゆくと、フロントも設置した。
「ふう……」
15時45分。
汗を手で拭き、エンジンを切る。
「ご苦労様、思った通り筋がいいわね。さすがに1日で旅客機の操縦をマスターしただけのことはあるわね」
「どうして、それを?」
「サオリさんが教えてくれたの」
「サオリが、よく来るの?」
「うーん何カ月に1回か、会いに来てくれる」
「それにしても無茶なことをさせる」
「かわいい子には旅をさせろって言うでしょ」
「旅じゃないし子供でもない!」
「じゃあこれならどう?“可愛い妹には、何でも教える”」
ユリアに“妹”と呼ばれて、心臓がトクンっと鳴った。
“ひょっとしたらユリアは、私のお姉さん?”
「ねえ、ユリア……」




