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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****サン・シール陸軍士官学校(Saint-Cyr Military Academy)*****
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【サン・シール陸軍士官学校②(Saint-Cyr Military Academy)】

 4人横並びでの一斉突撃。

 この密集体制なら、ナトーがパンチやキックを放っても、倒すことが出来るのは誰か1人だけ。

 残りの誰かがナトーにタックルを仕掛け動きを封じ込めることで、俺達は攻撃の主導権を握る事が出来る。

 つまり喧嘩殺法ではなくて、ラグビーやアメフトと言うスポーツの原理を応用した戦法。

 とりあえず攻撃の第1目標は、ナトーの動きを封じ込める事。

 奴の運動神経が恐ろしく良いのは、実技で何度も目の当たりにしているので皆知っている。

 だけど一旦倒されれば、その運動神経も直ぐには役に立たない。

 タックルした仲間が、そのまま抑え込めば、俺達は寝転んでいる奴をどの角度からでも蹴る事が出来る。

 たとえそれを解いたとしても、寝転んだ状態では直ぐに攻撃できないだろうから、必ず攻撃の先手は俺達が取ると言う事になる。

 立ち上がる前に俺たちのパンチやキックを受けて、徐々にダメージを負わせると言う訳だ。

 卑怯だと言われるかも知れないが、俺は強敵を倒すためなら容赦はしない。

 ここはサン・シール。

 士官として勝つ作戦を立てる事を学ぶ場所だ。


 横並びに、まるでスクラムを組んで突進してくるヴィクトル達。

 この隊形なら俺がどんな技を使っても、それが効くのは1人だけで、しかも無理をすると彼等の体重を合計した恐るべき力にはじき返されてしまう。

 俺は向かってくる彼らに負けない勢いで突進して行った。

 チキンレース。

 正面衝突を避けた方の負け。

 俺が怯めば、彼らの圧力に簡単にはじき飛ばされてTHE END。

 彼らが怯めば、横一線の隊列にほころびが出来て、そこを上手く通り抜け反撃の糸口がつかめる。

 さすがにサン・シールに入って来るだけの事はある。

 ヴィクトル達は何か自分たちで決めた“勇気の出る合言葉”みたいなものを唱えながら突進のスピードを緩めそうにない。

 ならば違う手を使わせてもらおう。

 俺は再度ステップでスピードを殺さないまま、体を彼らの向かって来る進行方向に対して水平に、地面と水平に1直線になるように飛んだ。

 高さは彼らとの接触ポイントまで勢いを殺さない、つまり彼らと交差する地点で地面に接触しない膝くらいの高さになるようにした。

 彼等にとっては進行方向から、丁度丸太が転んできた状態となる。

 当然、全力で走っている以上、俺に接触する事は転倒につながるから、彼等は飛び越えようとするだろう。

 しかし人間はそう簡単に飛べるものではない。

 全力疾走している状態では、急に飛び出してきた障害物に対して上方に避けて飛ぶ動作をするにはタイミングが合わせにくい。

 タイミングが早ければ、降下するときに足が引っ掛かり着地姿勢が取れなくなり、遅ければ踏み切って直ぐに足が引っ掛かり空中でバランスを崩す。

 もし避けなければ、彼等は膝を中心に急に前のめりになり、転倒するだけ。

 彼らは己自身の歩幅と速度を調整して飛んでくる俺を避けなければならないのだが、スクラムを組んで4人が一体になっている以上個々に速度を変える事は全体のバランスを崩すことになり、その状態で俺と言う障害物に当たってしまえばダメージを深く追う事になりかねない。

 走っている彼らがいま自分のタイミングが合うかどうか見計らっているように、そのタイミングの良し悪しは、ぶつかる側の俺にだってよく分かる。

 当然リーダーであるヴィクトルに的を絞って飛んだので、彼はこれを避ける事は出来ない。

 隣の奴もヴィクトルと歩幅を合わせていたので、同じく避けられない。

 微妙だが、避けきれるかも知れないのは両端の2人。

 彼らと交差する地点で、俺は回転して背中を向けた。

 ヴィクトルの足が俺の臀部でんぶに当たり、隣の奴の脚が背中に当たる。

 頭を抱えた腕を、端の奴の足が擦って行く。

 膝を霞めるはずの、もう1人の足は微かに俺の膝をかわして通り過ぎようとする。

“やはり両端の2人には避けられる”

 と、思わせておいて、実はこの2人には思っても居ないプレゼントがある。

 頭を霞めた奴には手を、そして膝を飛び越えようとする奴には足を。

 俺は手を伸ばし目の前を通り過ぎようとするジーンズの裾に手を掛け、飛び越えられた方と違う方の足を延ばして相手の足首に引っ掛ける。

 この動作で2人は減速し、着地地点が手前になってしまい体が前に“つんのめる”格好で転倒するはず。

 逆に俺の方は、空中でブレーキがかかるため、着地がスムーズになる。

 案の定、俺が起き上がった時、4人はまだ転んだままだった。

 これからは、ただ1人ずつ料理していくだけ。

 最初に起き上がったヴィクトルを回し蹴りで倒し。

 直ぐ次に起き上がった奴を、そのままの回転で足を踏みかえて後ろ回し蹴りで倒す。

 3番目に起き上がった奴には足払いから、ボディーに膝蹴りを入れ、最後に起き上がった奴には腹部に肘を入れて倒した。

 他愛もない。

 学生のレベルなんて、こんなものか……。

 倒れた4人に背を向けて帰ろうとして数歩行ったところで、後ろから近づいてくる気配がした。

 この足音はヴィクトル。

 タイミングを見計らい、半身になると、奴の延ばされた手を掴み高く空中に舞い上げる。

 手は離さない。

 何故なら投げ伏せることが目的ではないから。

 掴んだ手を上手くコントロールして俺に向き合う様に正面に着地させると、そのまま勢いよく前に進み彼を校舎の壁に押し付ける。

「まだ何か、俺に用があるのか?」

 既にヴィクトルの目には戦意は消えていたが、彼は俺に向かって予想外に質問をしてきた。

「何が、いけなかったのか」と。

 俺は襲われたことを怨んではいなかったので、正直に質問に答えてやった。

「数の原理を利用して攻撃してきたのは見事だったが、それだけでは作戦とは言えない」

「作戦とは言えない?」

「作戦とは必ず失敗した時の事も考えて、2段3段構えで仕掛けるもの。数の原理を利用したのであれば、その戦力が分断されない限り信念を押し通せ」

「押し通すと言っても、俺達はバラバラに倒されたんだぞ」

「だったら不様だろうけれど、はいつくばってでも俺の攻撃を避けて4人揃って起き上がればいい。それで次は違う手で俺に向かってくればいい」

「それでも弾き返されたら?」

「また集まれ」

「集まって、どうする?また、やられるだけだ」

「そう思うなら逃げろ」

「逃げる?」

「そう。自分が大切だと思うなら、自らが先頭に立って縦一列になって。仲間を守りたかったら、自らが最後尾になり仲間は四散させろ。そうすればお前以外物は全員助かる」

「そうか……」

 ヴィクトルはそう言うと、脚の力が抜けたのか、校舎の壁にもたれた体をズルズルと下げて地面に座り込んでしまった。

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