【三人の狙撃手①(3 snipers)】
後衛の分隊に後片付けを任せて、採掘場に向かう前に部隊に狙撃用の銃がないか聞いた。
「狙撃銃なら後ろの車に乗っている狙撃兵が持っている」
「他に予備はないですか?」
「もうあまり使わなくなったドラグノフなら、そこのケースの中に入っているから、それで良ければ自由に使ってくれ」
「有り難うございます」
中佐に礼を言ってケースからドラグノフ狙撃銃を取り出す。
ユリアが、傍に寄ってきて「遠慮せずにアリゲーターを借りれば良いじゃない、どうせ……」
その先を言われると角が立ってしまうので、慌ててユリアの口を手で塞いだ。
ドラグノフの有効射程距離は800m。
かたや最新型のAlligator対物ライフルは14.5×114mm弾を使用して、その有効射程距離は2倍以上の2,000m。
5連倉マガジン供給型のAlligatorと、単発式ボルトアクションのT-Rexと同じ性能で、共にウクライナ国産の対物ライフル。
これはドネツク戦争時にドラクロワ狙撃銃しか装備していなかったウクライナ兵は、ロシア軍ならびに新ロシア派武装勢力の持つORSIST-5000にアウトレンジから攻撃され、反撃する事が出来なかったため急遽開発され、今では正式狙撃銃としてドラクロワとの世代交代が完全に終了している。(※ORSIST-5000.375 CheyTac弾を使用して有効射撃距離は2,000m。さらにロシアには民間企業が開発したSVLK-14Sと言う10.36×77㎜弾を使用して初速900m/s有効射程4,000mと言う狙撃銃もあり、余談ですがテストでは世界最長の4,120m先の標的へ命中させています。他にもロシア軍特殊部隊スペツナズの狙撃銃候補に挙がっているDXL-5は最大射撃距離7,000mと言う驚異的な物もあります)
14時55分。
採掘場に着くと、直ぐに農道を通って来た別動隊の一隊が着き、もう1隊も4人の捕虜を連れて戻って来た。
それから少し経って後片付けをしてきた分隊が戦利品を持ち帰って来た。
採掘場と言うだけあって、山をブルドーザーで削って土を取っているから、1㎞先には未だ木々の残っている山だった地形が見える。
ここに着いた隊員たちには車を山と平行に停め、決して車の山側には出ないように命令しておき、絶えず山を警戒するように伝えておいた。
分隊長がレーシ中佐に他に敵兵らしきものや、負傷あるいは死亡した者が居なかったことを報告して、森の中で見つけた武器などを持ち帰って来た。
いわゆる戦利品。
戦利品はAKM自動小銃が3丁に、ロシア製の使い捨て式対戦車擲弾発射器が1門と、コンポジション C-4軍用プラスチック爆薬約4㎏と起爆用のバッテリー。
「かーっ、また物騒な物を持って待っていやがったなぁ」
トーニが言うのも無理はない。
RPG-22はRPG-7に比べると有効射程は250mと短いものの、RHA(均質圧延装甲)換算で400mmの装甲貫徹力を持っている。(RPG-7のRHAは約260㎜)
またコンポジション C-4軍用プラスチック爆薬は、3.5kgあれば幅200mmの鉄製H鋼を爆発の一撃で切断できる威力を持っているから、この2つの武器が有れば共に2台の装甲車を真っ二つに切り裂くことが出来ると言う訳だ。
14時01分
捕虜の4人をトラックに載せ始めたとき、一瞬山の頂上付近で何かが光った。
「全員伏せろ!!」
トラックの荷室に登りかけていた捕虜の1人の胸が切り裂かれ血しぶきが飛んだかと思うと、立て続けにもう1人も頭を吹き飛ばされた。
“敵の狙撃兵は2人か?”
「狙撃兵はあの山の頂上付近だ。全員車の陰に隠れろ!」
皆が伏せた隙を狙って、捕虜の1人が逃げ出す。
「戻れ!奴の狙いは、お前だ!」
走り出した途端、背中から脇腹に掛けて弾丸が通り抜け、捕虜の体はくの字に折れ曲がるように倒れた。
さっきの2人とは角度が違う。
“敵の狙撃兵は3人”
「正面の山の頂上に居る狙撃兵までの距離は1400m弱、そして右の斜面に居る狙撃兵までの距離は700mだ」
「レーザー距離計を持ってこい!」
ウクライナ軍の狙撃兵が監視兵に叫ぶ。
よく知らない他所の中尉が勘で距離を叫んだのだと思ったのだろう。
無理もない。
私は先ず正面の狙撃手との戦いに邪魔な、右の斜面に潜んでいるほうを探す。
こいつを先に始末しておかないと、正面の2人とは戦えない。
ドラグノフ狙撃銃からスコープを外すとき一瞬躊躇ったが、レンズの反射により敵に見つかる方が、リスクが高いのでスコープを外したまま戦う事にした。
「右側の狙撃兵は私が遣る。悪いがそれまで待機しておいてくれ!それから死にたくなかったら兵員輸送車の銃座に立つな!敵の狙撃手は必ず銃座を狙っているはずだ!」
車越しにトラックまで移動して、その後ろから少し離れて敵を探す。
車から離れるのは、正面の敵狙撃兵に場所を知られたくないから。
丁度この位置からだと、発射後の硝煙はマフラーから出るガスに紛れる。
「敵発見!飛び出している森の斜面右奥。距離なっ700,20m!」
監視員が言った途端、銃口から出る光が見えた。
恰好の射撃のタイミングだったが撃たずに、監視員に位置を横方向にずらす様に言った途端悲鳴が聞こえた。
「大丈夫か!?」
「だっ大丈夫です。怪我もありません。ただ丁度今まで居た所の奥に砂煙が上がったもので驚いただけです」
「狙われるから、もう測定しなくていいぞ」
「そのようですね」
無事で良かった。
奴等は銃の性能も良いが、3人とも腕もいい。
おそらく右の奴は、もう場所を変えているだろう。




