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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****202号機救助作戦(Unit 202 rescue operation )*****
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【混乱③(confusion)】

 13時15分。

 出発して、ものの5㎞も進まないうちに敵の攻撃を受け、隊列が止まる。

 攻撃と言っても、小さな村の通り抜け際にクーガー軽装甲輸送車(※アメリカ軍クーガー走行兵員輸送車ではなく、ウクライナのクラーズ社が製造・開発した4輪駆動方式の装輪装甲車で、乗員2人のほか、8人の兵士を乗せることができる)に拳銃の弾が数発当たった程度。

 もちろん装甲車両なので拳銃で撃たれたくらいではビクともしないし、当然怪我人のでなかったが車列は止まった。

 銃撃を受けたクーガー軽装甲輸送車の後部扉が開き、8人の兵士が敵を捕まえるために飛び出した。

 身のこなしは、さすがに練度が高いだけあって隙が無く素早い。

 互いにアシストし合いながら、家の向こうに逃げた敵を追う。

「早えーな!」

「……」

「まあ、俺達の方が早えーか!」

 トラックから立ち上がってその光景を見ていた私に、隣のトーニも同じように立ち上がって見て言った。

「早い遅いではない。まずい」

「まずい?……じゃあ敵の逃げた先に、新手が待ち伏せているのか!?」

「いや、おそらく先に進んでも誰も見つけらない」

「見つけらない?こんな、ちっぽけな村だぜ。しらみつぶしに家宅捜索すれば……」

「拳銃なんてどこにでも捨てる事が出来るし、家宅捜索なんかしたら敵の思うつぼだ」

「思うつぼ?」

「そう。おそらくな……」

 いくら小さな村だとは言え、物陰からいきなり発砲されたのだから我々の方で敵の姿を見たものは居ないだろう。

 犯人を見たのなら探し出すことは出来るだろうが、視界の悪い装甲車ではたとえ汚れた防弾ガラス越しに見ていたとしても、敵の顔や特徴がハッキリとは分からないはず。

 それを追うとなると、かなり無理が有る。

 こんな小さな村だから、家の陰や物陰に隠れていても件数か少ないから直ぐに見つかってしまうだろう。

 だから敵は自分の家か知り合いの家に逃げ込んだはず。

 そのことは追う方も充分に分かっている。

 トーニの言う通り、しらみつぶしに家宅捜索すれば見つけることも出来るだろう。

 だが、たった一人の敵を見つけるために、私たちは思わぬ代償を払う事になる。

「後を頼む!」

「えっ!?おい、ナトー!」

 私はトラックから飛び降りて、逃げた敵を追った分隊を追いかけた。

 いくら敵が1人とは言え、拳銃を持っていることは確か。

 いくら鍛えられた兵士だとは言え、銃を持っている敵の捜索には勇気がいる。

 ましてドアの向こうに何が待って居るか分からない家宅捜索となれば尚更。

 人様の家に断りもなしに、しかもドアを蹴破るように飛び込み、リビングに絨毯じゅうたんが敷かれていようが、お構いなしで汚れた軍靴のままドカドカ踏み込み、動く奴には容赦なく銃口を向ける。

 間取りも分らない上に、いつ撃たれるかも分からない。

 慣れた兵士でも、緊張のために極度に興奮してしまうのが家宅捜査だ。

 過去に幾度も罪のない人々を撃ってしまうと言う過ちを犯し続けているシナリオ。

 もし間違いが起きてしまうと、村中の人々を敵に回すことになる。

 銃を持っていない民間人など怖くはないと言うものも居るが、市街戦で一番怖いのはその地域に住む住民である民間人。

 この民間人の反感をかえば、彼等は敵をかくまい私たちの情報を敵に教え、私たちには敵の嘘の情報を教えてくれる。

 そのことが繰り返されると、どの情報が正しいのか分からなくなるばかりでなく、情報に頼らず直感的に動こうとしてしまい敵の罠にかかりやすくなってしまう。

 規模の大小はあるが、こういった市街戦で最も重要なのは住民である民間人に危険な思いをさせないことだ。

 敵対する者が居ることは確かだし、そいつが何か情報を持っていることも確かだろう。

 だけど、この目の前に隠れている者の持つ情報に比べれば、そいつを無理やり捕まえることで失うかも知れない損失は余りにも大きい。

 万が一、踏み込んだ家で銃撃戦になり罪もない人が死んだ場合、その事実は反対勢力にとって格好のプロパガンダと成り得る。

 レーシ中佐の司令車の所まで走った。

「中佐、お話が」

「何ですか?」

「銃撃犯を追うのを中止して頂きたい」

「犯人を追うのを中止する?……何故?」

「間違いが起こっては困るからです」

「間違いは起こらりませんよ。彼らは訓練を積んだ精鋭ですから。ナトー中尉、御心配ありがとう」

 軍曹だった頃は他所の組織のやり方に口を出す事も無かったが、そのかわり彼らの犯したミスの尻ぬぐいをするのに忙しかったし、実際私のもとにはそのような任務を十分に任せられる仲間が居た。

 でも、ここは違う。

 確かに国連軍への参加経験もあり、ドンバス戦争を経験した古参兵も居るだろう。

 当然のことながら私は、その彼らを知らない。

 どの様な気性で、どの様な訓練を受けて、戦場でどの様な事を行ったのか。

 彼らの事を良く知っているレーシ中佐が、心配いらないと言うのであれば従うしかない。

 それ以上事を言うのは、中佐に対して失礼に当たってしまう。

「レーシ!貴方の目的は何だったの!?」

 後を追ってきたユリアが怒鳴るような口調でレーシ中佐に食って掛る。

「どうしたユリア?」

 いきなり可愛い従妹のユリアに怒られた中佐は驚いていた。

「いいから目的を言って!」

「ユリアたちの救出と、ナトーさんたちとの合流」

「その後は?」

「その後は、双方とも無事にキエフの本部に届ける事」

「では目先の小さなことに惑わされないで、任務に集中して下さい」

「ああ、それは分る……が、目先の小さなことと言っても、そこから大きな綻びが生まれる事だってあるんだぞ」

 どうもレーシはユリアには頭が上がらないらしいが、軍人としてまた上官としての意見だけは付け加えた」。

 ユリアは向きを変えると、私の方に向かって怒った顔を見せて言った。

「私たちだけでなく国民全体の命が掛かっています。飼い慣らされた将校にならず、レーシ中佐をハンス大尉だと思って包み隠さず言いなさい!」

 まるっきり私の心を読んでいる。

 ……そう、実の姉の様に。

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