【混乱②(confusion)】
13時00分。
ユリアが言った通り、民家の人に頼んで電話を掛けさせてもらうと直ぐにレーシ中佐が部隊を連れて駆けつけてくれた。
「ユリア!!」
レーシ中佐は余程心配していたのだろう、ユリアの姿を見つけると乗っていた装甲車両が止まる前にドアを開けて飛び降りて来た。
「ユリア!怪我は無かったか!?」
「大丈夫よ」
「やあ!ナトー中尉、有り難うございます」
「どうして、私が中尉になったことを?」
「義勇軍のニルス中尉から聞きました。それにナトー中尉とG-LéMATが救出に向かってくれたことも」
直ぐにでも状況を聞きたかったが、今まで従妹の安否を心配してくれていたレーシ中佐を気づかい失礼させてもらった。
「今のうちにリュックから銃弾を補充しておけ」
「りょうかい、しました」
モンタナは、ユリアを無事に救助したことで気が抜けているようだった。
「ボヤッとするなよ新米軍曹!俺たちの任務はなんだ!?」
トーニがボーっとしているモンタナに食いついて言った。
「そりゃあ、ユリア中尉を救出することだろ。今さらお前に言われるまでもなく分かっているぜ」
「だからオメーは新米なんだよ!救出作戦って言うのは、救出するのがメインじゃねえ!安全な場所まで送り届け終わるまで作戦は終わらねえ」
「えっ、でもレーシ中佐が小隊を連れて迎えに来たんだぜ、だったら作戦もここで終わりじゃねえのか?」
横から割って入ってフランソワが言った。
「まったく、どいつもこいつも。……ナトー隊長、皆に説明してやって」
トーニが私にバトンを渡した。
おそらくトーニも分っていない。
「レーシ中佐の部隊が来たから安全だとは限らない。検問所に居た敵の部隊が壊滅したことは、無線連絡が途絶えたことでもう敵ももう知っている。しかし問題は、そこだけじゃなく、何故ここに敵の検問所が有ったかと言う事だ」
「俺たちを待ち伏せしていたと言う事ですか?」
「その通り。森の方から追いかけたとしても人数も足りないから、まず敵に勝ち目はない。だからと言って応援を待っていたのでは日が変わってしまう。そこで既に進入していた仲間を使って待ち伏せさせていた」
「じゃあ、あいつらはウクライナの正規兵では無かったんですか!?」
「ああ、偽物だ」
「でも、認識票もチャンと付けていましたが」
「それも偽物だ。本物はスチールじゃなく、合金で出来ている。とにかく敵がしつこくユリアたちを追っていることだけは確かだから、司令部に着くまでの道中は油断ならない。だからキエフにユリアを届けるまで、完全に任務を全うするぞ」
「了解!!」
出発する前にレーシ中佐に現在使用している無線周波数を教えてもらいトーニに伝え、ユリアたちと一緒にトラックに乗り込み、一路首都キエフを目指した。
現在ウクライナ軍は軍内に居る兵士などに親ロシア派の裏切り者が居ないか、また部隊を一旦ウクライナ人に統一する作業で、軍としての機能は著しく低下しているらしい。
ウクライナ国内にはロシア人が2割も居て、旧ソ連時代はその自治共和国として平穏にくらしていたのが、ソ連崩壊後にはそれまで敵対していた西側諸国に大きく傾く政治体制へと変わった。
このことにより国内に居たロシア人と、ロシア政府は不満を抱き、2014年2月にクリミア、同年4月から9月に掛けて南東部のドンバス地方でウクライナ軍と親ロシア派武装組織の間で通称『ドンバス戦争』が行われロシアの介入もあり手痛い敗北を喫している。
この戦争でドンバス地方にあるドネツク州の州都ドネツクと、その東にあるロシアとの国境に面したルハーンシク州の州都ルハーンシクが、それぞれ『ドネツク人民共和国』『ルガンスク人民共和国』を名乗りウクライナからの分離独立を宣言した。
ただしこの2つを独立国と公に認めているのは、隣国ジョージア北部で2008年に起こきたオセチア戦争で同じような経緯で分離独立した『南オセチア共和国』しかなく、ウクライナ政府も『ドネツク人民共和国』『ルガンスク人民共和国』を認めてはいない。
同じように西側諸国との関係を深めたポーランドは国民全体の94%をポーランド人が占め、ロシア人の割合は極端に少ない。
旧ソ連から分離した隣国のジョージアもロシアとの関係悪化が問題視されてはいるが、ジョージア人が全国民の約87%を占めロシア人の割合は1%にも満たないが、ここでも先に述べた『南オセチア共和国』の分離独立の際にロシアとの衝突が起きている。
(※2008年に起きた南オセチア紛争:1991年-1992年グルジア独立で「南オセチア自治州」が消滅したことにオセチア人が反発して自治権を要求した紛争で、この時はオセチア人とグルジア人の間で紛争が起きた。その後ロシア、グルジア、南・北オセチア4者による紛争調停が行われ紛争は終結し南オセチアにはロシアを中心とする平和維持軍が導入された。2008年の紛争ではロシア軍の大規模軍事演習が国境付近で行われた事により、両国の緊張状態が急激に高まり、グルジア軍が南オセチアに侵攻したために起きた紛争)
国民の5人に1人はロシア人と言うウクライナの抱える問題は、対処の仕方によっては新たな火種を生みかねない非常に危うい問題となる。




