【サン・シール陸軍士官学校①(Saint-Cyr Military Academy)】
サン・シール士官学校の試験を受けた。
試験内容は“本科”と呼ばれるコース。
マーベリックが言った通り、最初の問題用紙に向かっている途中で、余分にもう1枚の問題用紙を渡された。
日頃からの“図書館通い”が功を奏してか、試験問題自体は左程難しくは感じられなかった。
入学試験をパスすると、寮に入る事になった。
エマから教えてもらったのだが、この寮生活もカリキュラムのひとつだと言われた。
集団生活に馴染めるかどうか見られる。
つまり勉強に没頭するあまり、周囲の学生を無視して孤立してしまうのはマズいって事。
下士官教育の時にコルシカの空挺訓練場には行ったが、こうした本当の学校で勉強するのは生まれて初めて。
期待で物凄くワクワクする反面、最近社会で問題になっている学校での“虐め”に合うのではないかと心配する。
なにせ同級生たちに比べ、駆け足でカリキュラムを消化する必要もあったし、青柴色掛かった銀髪にオッドアイと言う特異な自分の容姿にも気が引けていた。
寮ではメリッサ、カーラ、ステラの3人と同室になった。
はじめは3人とも俺の事を警戒しているようだった。
無理もない。
背の高い可愛げのない学生だし、半年で卒業を目指す学生として噂になっているのだから。
3人とも俺より1歳年上の21歳で今年22歳になるが、徐々に仲良くしてくれた。
講義と講義の合間の僅かな時間にキャンパスでテキストを広げて勉強しているとメリッサが来て俺の口にお手製のクッキーを入れてくれたり、中庭で勉強していると楽器の上手なカーラが傍でクラリネットの演奏を聴かせてくれたり、図書室で沢山のテキストとノートを広げて勉強していると絵の上手なステラが俺のノートの片隅に可愛いイラストを描いてくれたりした。
しかし不思議な事に気が付いた。
それは3人揃って、俺にチョッカイを掛けてくることが無いこと。
いや、そもそも3人一緒に行動しているのも、ほとんど見たことが無かった。
それぞれが、それぞれの勉強机に向かって黙々と勉強していたかと思えば、まるでタイミングをずらすように別々に食堂に行き、別々の時間にシャワーを浴びる。
俺と話すときも、必ず部屋以外のどこかで、1人ずつ。
“ひょっとして喧嘩でもしているのか?”
心配した俺が発起人になり、4人で朝夕のランニングをすることを提案した。
3人が集まった時に話を切り出すと、断られるかと思って、個別に聞いて回ると3人とも快く提案に乗ってくれた。
部隊でしていたよりもかなり軽めのランニングだけど、やり始めると皆楽しんでくれた。
その日に学校で会った事や、失敗したおかしな話、先生のモノマネなど皆の多彩な能力には驚かされるばかり。
“なんだ、喧嘩していた訳ではなかったのか。お互い知らない者同士だから、打ち解けるには何かの切掛けが必要なだけだった”
ランニングを提案しただけなのに、俺は少し大人になった気分。
おそらく、学校と言うところは勉強だけを覚える場所ではないのだろう。
こうして友達と楽しくお喋りしたり、スポーツをしたりすることで、コミュニケーション能力や社会性を身に着けていくのだろう。
ある時、ステラに聞かれた。
「ナトーって、フランス外人部隊で、軍曹だったんでしょ」
「どうして、それを?」
「学生の情報収集能力を甘く見ちゃ駄目よ」
ステラに聞き返したのに、メリッサとカーラの2人が同時に答えた。
「スーザン・トラバース以来、約1世紀ぶりにフランス外人部隊に事務職以外の女性が入隊したって」
「噂には聞いていたけど」
「まさか私たちの目の前に現れるなんて」
どういう反応をされるのか、またどういう反応をすればいいのか戸惑っていると、彼女たちはキャーっと歓声を上げて飛び掛かってきて揉みくちゃにされた。
同室の俺が1世紀ぶりに外人部隊が採用した女性隊員であることが彼女たちの誇りになり、軍曹である事を尊敬された。
「何で軍曹を尊敬するの?君たちはここを卒業したら中尉として小隊長になるんだぞ」
「それはそうだけど、小隊長にとって実戦で一番頼りになるのは軍曹でしょ」
「確かに私たちは小隊長になるけれど、小隊全員の技量や性格までは分からないわ」
「それに訓練を積んだ下士官が居ないと、何をどうしたら良いのかさえ最初は分からない」
「軍曹が居れば、学校で習わなかった事を教えてくれる」
「現場で大切なことを誰よりも知っているでしょ!」
確かに3人の言う通りだと俺は思っていた。
ただ、それは俺個人の、軍曹としてのプライドだとも思っていた。
士官学校を出たエリートの将校にとって、軍曹なんて只の部下の一人にすぎない。
心の底で、そう思っていたからこそ、間抜けな士官に対しては特に辛辣な態度を取ったこともあった。
だけど彼女たちに会えて、考えを改める必要がある事が分かった。
ハンスの言う通り、俺は自惚れていたのだ。
彼女たちに会えて、本当に良かった。
その日は3年の講義を聞きに行くと、講義の後に白熱したフリーディスカッションが行われ講堂を出た頃には、もう空は真っ暗だった。
“3人とも心配してくれているかも知れない”
そう思って走り出そうとしたときに、校舎の陰に人が隠れている気配がした。
しかも1人じゃなく、どうやら俺を待ち伏せているようだ。
「出て来い。コソコソと見っとも無いぞ」
「さすが特殊部隊の軍曹殿、敵の気配を感じ取るのがお上手な事で……」
姿を現したのは4人の男子。
こいつらの顔は見覚えがある。
メリッサたちと同じ1年生。
そしてこのリーダー格の男の名前は……。
「本当に軍曹殿だと思っているのなら、敬礼をすることを許してやってもいいぞ、ヴィクトル」
「ほう、さすがに半年で少尉になろうと言う奴は頭が違うな。よく俺の名前を知っていたな」
「たかが女一人を相手にするのに、仲間を3人も集めないと手出しができない“ヘタレ野郎”の名前くらい誰だってわかる」
「なんだとこの野郎!」
ヴィクトルが向かって来ようとするのを、後ろ回し蹴りで威嚇して止めた。
「どのコースが良い? ブル( 超レア)? セニャン(レア)? アポワン(ミディアム)?」
「俺たちはステーキじゃねえが、ビヤンキュイ(ウェルダン)は、ねえのか?」
「君らにビヤンキュイは無理だ」
「無理かどうか、やってみなけりゃ分からねぇだろうが!」
ヴィクトル達4人が一斉に飛び掛かって来た。
真正面からの4人同時攻撃。
“ナカナカ面白い戦術だ”
数的有利な場合は手勢を四方に分けるのが定石と考えられるが、実際に数的有利という価値を敵に思い知らせるのであれば断然密集体制をとった方が良い。
これならば攻撃も防御も集団で行える。
だがヴィクトル達は敵を見誤った。