【再会①(Reunited)】
「だから遭難信号を切ったのですね」
「ああ、信号を発信して直ぐに戦闘の銃声が始まったからな」
「味方しか知らないはずの救難信号を、敵が知り得て、ひとつの道で敵味方が交錯したということですね」
「その通り」
「では隊長の言うことを聞いて、ここは歩兵に見つからない様に、おとなしくしていましょう」
周囲をキョロキョロ見渡しながら、目の前を友軍の地上部隊が通り抜けて行く。
やはり怪しい。
普通なら、頼りになる下士官が居なくなり不安がより強くなっているはずなのに、まるで敵などいないかのように緊張感が見えない。
一行がもう通り過ぎようとしたときに、1羽の烏が飛んできて私たちの隠れている茂みの傍にある木にとまってガアガアと鳴き始め、列の後方に居た数人がこちらを振り返った。
「あっちへ行け!」
ウリークが追っ払おうと小さな声を上げて手を振ったはずみで、小枝に手が振れガサッと音を立ててしまう。
「す、すみません」
どうやら彼らに気付かれたようだ。こっちに向きを変えた。
ホロヴィッツに銃を持って、彼らが来た道の奥側を見て来るように命令する。
「もし敵が居たら、こっちの戦闘を待つまでもなく直ぐに銃を一乱射しろ。いいか、私たちは歩兵ではないから、敵を足止めできればそれで良いし、不利だと思ったら怪我をする前に戻どって来い」
「了解しました」
ホロヴィッツが出て行ったあと、クリチコが言った。
「こっちも、それを合図に撃てばいいのですね」と。
「いや、私がこれから彼らに話しかける。その内容次第だが、いつでも撃てるように狙いはつけておけばいいが、私が撃つまで待て。あと手りゅう弾の用意もしておけ」
単に敵が追い付いてきていると言うだけの可能性もあるから、不用意に撃つことは出来ない。
要は私の質問に対する答えがおかしければアウト。質問の回答がセーフでも、次にホロヴィッツの銃声を聞いて、彼らがどの方向に銃を向けるのかが肝心なこと。
味方の歩兵なら、敵と抗戦するために私たちの前を通り過ぎて散会するはずだし、敵なら銃を私たちの方に向けるはず。
「誰かいますね!202号機の生存者の皆さんですか?」
3人がこっちに話し掛けながらゆっくりと向かって来る。
「私は202号機の機長、ユリア・マリーチカ中尉だ。そこで止まって銃を置け!」
銃を構え、茂みから身を乗り出した。
「どうしたのですか?味方です。ウクライナ軍です」
「その、ウクライナ軍内で裏切り行為が発生している情報を得ている。所属と部隊名と名前と階級を言え」
「第22領土防衛大隊所属、第2中隊第3小隊第2分隊イワノフ上等兵。同じくフルシュコフ上等兵。同じくパブロフ上等兵」
「分隊長は誰だ!?」
「ワリーク軍曹でしたが、亡くなりました」
「伍長は誰だ!?」
今度は隣の兵士に銃を向けて聞いた。
「フロロフ伍長ですが、こちらも戦闘で亡くなりました」
「戦闘内容は!?」
3人は顔を見合わせながら困った顔をして「信用してください、自分たちは間違いなく味方ですから。それにいかに中尉と言えど、戦闘状況を組織の違う人には軽々しく話せません」と言ってから笑った。
「すまない。折角助けに来てくれたのに」
「いや、いいですよ。もう銃を拾ってもいいですか?」
「ああ、構わない。そう言えばもう1人の軍曹はどうした?」
「セマセンコ軍曹も死にました」
「ああ、それは大変だったな」
返事を返し、彼らが銃を持とうと下を向いた時「撃つ」と小声で言って発砲した。
09時08分。
タタタタタ!
前方約400mの丘から、突然銃撃の音が聞こえた。
ドーン、ドーンと言う手りゅう弾の爆発音も2度聞こえ、煙が舞うのが見えた。
「全員リュックを置いて突撃!」
おそらく、この交戦は囮の裏切ったウクライナ軍兵士たちと、ユリアたちが戦っているものだと直感的に判断した。
4対8の前哨戦は、直ぐに終わるはず。
あの聡明なユリアが、裏切り者に気付かないはずがない。
問題なのは、その後に続く40人との闘い。
案の定、激しい銃撃は直ぐに止み、それから少したって1丁だけの連続発射音が聞こえたかと思うと、直ぐに多数の小銃が反応する音が聞こえてきた。
“急げ、急げ、急げ!”
敵との距離は残り約400。
地形的に運が良ければ、後200で敵の姿が見えてくるはず。
後ろなど振り返らないで、全力疾走で走る。
ユリアたちの命は、この数秒間で決まる!




