【希望の白い煙③(White smoke of hope)】
「誰か来ます!……味方です!!」
味方を見て飛び出そうとする隊員を「待て!」と制止した。
「マリーチカ中尉、味方ですよ」
「何か、問題でも?」
「奴等は必ずしも味方では無いかも知れない」
「味方では無い!?」
あの“のろし”に込められたメッセージが私の解釈通りなら、この味方ば敵の直ぐ前を歩いてきたことになる。
その場合、昨夜のお互いの野営地も近くなり、夜のうちに戦闘が起きているはずだ。
草の中に隠れたまま、注意深く双眼鏡で観察して分かった。
ガナーのホロヴィッツ軍曹に双眼鏡を渡す。
「見ろ、軍曹と伍長が居ない」
「確かに……」
通常は1分隊10人で、分隊指揮は1人の軍曹がとり、1~2名の伍長がその補佐をする。
なのにこの8人には、分隊に居るはずの軍曹と伍長の2人だけが見事に抜けている。
下士官の2人だけが死亡するなどと言うのは、通常の戦闘では、ほぼあり得ない。
もし、あるとすれば狙撃兵による場合のみだろう。
彼らは階級の上位者から狙う傾向が強い。
しかし私たちの耳に届いた戦闘時の銃声は3回ともに自動小銃による銃撃戦で、単発の狙撃から戦闘が始まったことは1度もない。
更にこの8人が2つ、ないし3つの分隊が合わさったものだと考えた場合、軍曹と伍長の居ない不自然な状況は決定的になる。
「どうします?このまま隠れて通り過ぎるのを待ちますか?」
このまま気付かずに通り抜けてくれれば、こちらとしても都合がいい。
彼等の後に誰も続くものが居なければ、軍曹と伍長が居ないのは単なる偶然で彼等は味方だと判断できるし、その後に民兵が続いてくれば敵の手の者だと言える。
あの白い煙が人工的に起こされた物なら、それは私たちへ向けたメッセージだろうから、迂闊に自ら近づかない方が良いだろう。
「やり過ごす」
「そんな。考え過ぎでは?」
体力的に厳しいのだろう、日頃指示に不満を示すことに無いクリチコがそう言った。
他の者も、口には出さないが不満はあるだろう。
第一、不時着地点から山を下りるルートを真直ぐに南に向かえば、半日で国道に出られるのを私は東に向かって逃げているのだから。
私は墜落する直前から気になっていた事があったので、皆に打ち明ける事にした。
それは私たちに向けられた地対空ミサイルのこと。
最初に放たれた3発は、何とかかわすことが出来た。
それはミサイル自体の速度が遅かったのもあるが、フレアやミサイルの炎に簡単に掛かってくれたから。
だが後で発射された4発目は違った。
明らかに前の3発とはスピードが違い、追尾ルート上にミサイルの爆発で燃える丘があったにもかかわらず、一切目もくれずに私たちのヘリを目掛けて来た。
おそらく最初の3発は9K34 ストレラ-2(※₁)、あとの1発は9K38 イグラ(※₂)だろう。
ウクライナ軍はこの両方とも保有しているが前線で使用されるのは9K38 イグラで、旧式のストレラ-2は殆ど使われることはない。
しかも4発目の発射位置はウクライナ領内。
私たちがMi-24で偵察していたのと同じように、地上でも偵察を出していたことは分っている。
味方が発射した9K38 イグラだとした場合、疑問点が一つある。
それはIFFシステム(敵味方識別装置)を装備したミサイルが、何故自国の航空機を追えたのか。
9K38 イグラは民兵が装備できるような安いものではない。
つまり、このミサイルはベラルーシ軍かロシア軍から供与されたものか、あるいはウクライナ軍の中に裏切り者が居て予めシステムを書き換えられて持ち出されたものである可能性もあると言う事。
もし事実が後者なら、自軍の全てが信用にならないという事になる。
(※₁9K34 ストレラ-2:射程550-5,500m、高度18-4,500m程度の目標に対応する。誘導方式はパッシブ赤外線ホーミング方式でフレアや他の赤外線に邪魔され易く命中精度が劣る第二世代の携帯用地対空ミサイル。飛翔速度も430~500m/s)
(※₂9K38 イグラ:射程と高度は旧式の9K34 ストレラ-2と左程変わりはないが、目標に対する誘導システムは赤外線妨害技術への対応を備えた2波長光波誘導方式となり命中精度が格段に向上した。またロケット・モーターの大型化に伴い飛翔速度も800m/sと9K34 ストレラ-2の倍近い速度を備え、IFFシステムも持つ第三世代の携帯式ミサイルシステムとなる。ちなみに最新のシステムとしては日本の自衛隊が装備するSAM-2B(個人携帯地対空誘導弾(改)が搭載するIIR方式(赤外線画像誘導)が第四世代となる)