【人事異動②(Personnel change)】
ハンスは今までの行いを悔い改め反省すれば自分が将軍や事務長など幹部に、今回の措置を保留にしてもらえるように頼むと言ってくれたが、それでは挑戦する前から負けを認めるようなものなので嫌だと断った。
結局長い口論の末、俺は最初の指示通り士官課程を受ける事にした。
それにしてもハンスと顔を突き合わせて話をするのは久し振りだ。
直前のコロンビアでの人質救出作戦『白い麻畑で眠る』では作戦会議のときしか話をしていないし、その前の作戦『太陽の国から来た使者』では、パリを旅立つ前にレストランやバーで話したきり。
なんか最近、避けられているような気がするのは俺だけだろうか?
まあハンスは大尉として中隊規模の作戦の指揮も執るようにトライデント将軍から言われているから、小隊規模の特殊部隊LéMAT以外の業務や他の部隊の指揮能力も把握しておく必要があるので忙しいのは分るが、どうにも腑に落ちない。
俺だって女だぞ。
いつまでも放っておかれて、いつまでも待っている訳じゃない。
食堂に行くと、いつものようにトーニが俺の為に席を取っていてくれた。
もう遅い時間で、食堂にいる隊員もまばら。
「ようナトー、呼び出し長かったな。ついに曹長への昇進か?」
「いや少尉だ」
「なるほどなぁ。そりゃー良い。なんてったってオメーは戦略のめ・が・み…ア……し、少尉!?今お前。少尉と言ったな」
「ああ」
「ちょっと待てよ。今が1等軍曹だから次は曹長で、その次は上級曹長で、次に准士官の准尉が来て……少尉?」
「違う、准尉の次に士官の一番下の階級にあたる士官候補生が来て、見習士官→少尉」
トーニの後ろからブラームが来て言った。
「スゲーじゃないか、戦死したって2階級特進なのに、えっと……6階級特進!?」
「まだ決まったわけではない」
「決まった訳じゃないって、隊長から言われたんだから決まったも同然だろう?」
「いや、いつも通りの“不合格なら退役”と言う“おまけ”付きだ」
「何年ですか?」
話を小耳に挟んだのか、マーベリック中尉が心配して話に割り込んで来た。
「半年だ」
「なんだ、楽勝じゃねえか。それだったらコルシカに行ったモンタナと、一緒に帰って来られるって訳だ」
ホッとしたトーニが喜んでくれたが、マーベリック中尉は逆に顔を強張らせた。
「戻ってくるときは、確か少尉と聞いたが。それだとサン・シール士官学校でも3年掛かるが、まさか」
「その“まさか”」
「“まさか”“まさか”うるせいな。一体どういう事なんでい!」
「いいかトーニ、ナトーも知らないかもしれないから一緒に聞いてくれ。サン・シール士官学校と言うのは誰でも入れるわけではない」
「受験資格があるんだな」
「そう。先ず年齢は21歳前後」
「じゃあまだ20歳のナトーは駄目じゃないか」
「馬鹿!“前後”って言葉が付いただろうが」
トーニの言葉を聞いた、フランソワが言った。
「21歳前後で既に大学で博士号を取得しているものだけに、受験する資格が与えられる」
「つまり普通に大学生活を送っていたんじゃサン・シールには入れないと言うことだな」
「どうしてなんだ?」
「普通の生徒は、大学院で博士号をとるのが一般的で、頭の良い生徒だって4年時に取る」
「俺は博士号なんて持っていないぞ」
「だから、おそらく試験内容も1つ多くなる」
「試験時間が俺だけ長くなるのか?」
「一人の受験生だけ特別扱いするわけにはいかないだろうから、試験時間は変わらないと思うよ」
「ひでえな」
「それを突破しても、次に来るのは3年間で習得する内容を半年で習得するスケジュールが待っている。まあナトーなら実技は何の問題も無いだろうが、問題はそんなカリキュラムが実際に遂行されるのかと言う事だ」
「それは?」
「つまり、ナトー1人だけの特別スケジュールなど、サン・シールは組まないと言う事だ」
「それだとナトーが勉強できやしねえじゃねえか!」
「当然講義は受けられない物も出て来るから、テキストを配られるだろう。それで毎月1回の試験が行われるはず」
「出来るのか?」
トーニが心配そうに俺の顔を覗く。
「ああ」
「やめとけよ、3年を半年だぜ。軍曹のままだって良いじゃねえか」
「いや、やる。やってみせる!」
俺は心配してくれている皆には悪いと思いながら席を立った。
何と言っても、ハンスの最後の言葉に俺は猛烈に触発された。
『まあ、こんなバカげたスケジュールなんて無理に決まっているから、嫌になったらいつでも止めて構わないぞ。退役が嫌だったら俺が就職先の面倒くらい見てやる』
“馬鹿にするな!俺はやってやる!”