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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****謎の女(Mysterious woman )*****
298/301

【血(blood)】

「まずい!血が止まらない‼」

 トーニとナトーを診ていたサオリが珍しく悲鳴に似た声を上げ、その声を聞いた皆に緊張感が高まる。

「どっちが!?」

「どっちもだけど、ナトちゃんの方は流れ出す量が多過ぎて、時間との勝負になるわ!」

「もうすぐユリアのヘリが来る!それで病院に」

 ハンスの言葉が終わらないうちに、サオリの口から絶望的な言葉が発せられる。

「持たない‼」

 呆然と立ち尽くす部隊の仲間たち。

「じゃあ、ナトーは死んじまうのか……」

「ナトー!」

「隊長!」

「とりあえずここでは駄目!記念碑の中央にある石の台を綺麗にして!」

「綺麗にするって!?」

「ここで、手術をする‼」

「手術って、でも、こんなに血が流れ出しているのに大丈夫なんですか!?」

「大丈夫なわけ無いでしょう‼だからここで手術をするの!放っておけば直ぐに死ぬのよ!」

 いつも穏やかなサオリが苛立って大きな声を上げたのを聞いて、隊員たちは慌てて台を拭きに行く。

「メントス君、手伝って」

「はい」

「エマ……ハンス、ユリアのヘリを接近させないで」

「OK!」

 サオリはヘリの巻き上げる砂塵や振動が手術の邪魔になるから、最初エマに声を掛けようとしたのだがショックでナトーの手を握ったまま泣き崩れているエマでは役に立ちそうに無いと思い、ハンスに頼んだ。

 汗だくのニルスとブラームが、警察車両から担架を持ってきたので、皆でナトーとトーニを移し替えることにした。

「良いわね、行くよ!いち、にの、さん‼」

 サオリの合図で担架の上にナトーを乗せて台の上まで運ぶ。

「フランソワ!綺麗に拭いたんだろうな!」

「舐めんじゃねえ!テメーに言われなくたってピッカピカに磨き上げてやったぜ!それよりもそこの段差でつまづくんじゃねえぞ!」

「あたりめーよ!」

 ナトーとトーニを運ぶモンタナたちと、2人分の手術台を拭いていたフランソワたちが言い争うように声を掛け合う。

 しかし決して言い争っているわけではなく、お互いに声を掛け合っていなければまともに立っていられない状態なのだ。

 そしてもうひとり。

「エマ!気持ちはわかるけれど、泣いてばかりいてもナトちゃんは戻ってこない。貴女もサン・シール出身なら医学的な知識も勉強しているでしょう。だったら輸血を手伝って」

「輸血!?でも血液型が……」

「大丈夫、ナトちゃんはO型だから、緊急時は全ての血液が使える」

「「「私達も手伝います」」」

「「僕たちも!」」

 ナトーの負傷を知って、頂上まで駆けつけてくれたメリッサ、カーラ、ステラ。

 それにヴィクトルとシモンのサン・シール現役組が医療の手伝いを申し出てくれた。

「じゃあ、メリッサとカーラはトーニの傷口の消毒をお願いするわ。消毒の後は止血して包帯を巻いて、ユリアのヘリに乗せて病院よ」

「分かりました」

「ステラは、エマと輸血の手伝い。ヴィクトルとシモンは街の病院まで行って、これから書く物をもらってきて頂戴」

「分かりました」

 サオリは直ぐに手帳に必要な薬品などを記入すると、それを破ってヴィクトルたちに渡した。

「先ずはO型の人集合‼」

 エマも気を取り戻して、テキパキと輸血の準備を始めていた。

「さあ、こっちも始めるわよ!メントス君、機材の消毒を」

「はい」

 メントスに頼んだあとサオリはビニールの簡易手術着を着て、ヘアーキャップを被り、手術用のグローブを装着した。

「麻酔だけで行くわよ」

「心臓を止めないんですか!?」

「人工心肺を持っていないから、止めれば脳にダメージを与えてしまうわ。それに血液は取り放題でしょ」

 サオリがニッコリ微笑んで、緊張感を解してくれた。

 エマさんの周りには隊員たちが行列を作っている。

 確かにこれなら取り放題だ。

「ではオペに入るわよ」

「はい」

「メス」

「はい」

 サオリさんにメスを渡すと、ピンポイントで心臓から出ている大動脈を狙って開胸する。

 ナトーさんが大量に出血しているのは、僕も予想していたが手際が素晴らしい。

「リトラクター(開創器※:患部を見やすくするように広げる器具)」

「は、はい」

 広げられた中でナトーさんの心臓が力強く動いていた。

 こちら側が開いたことで染み出してきた血液をコットンで拭き取っていたが、サオリさんはこの状態でも中の様子が分かるらしくピンセットを要求してきた。

「ルーツェ」

「はい」

 慌てずに(実際は慌てたのだけど)正確に渡すと、直ぐにピンセットで銃弾を取り出した。

「カテーテル」

「はい」

 傷ついて破れた動脈の両側にカテーテルを入れてバイパスを作る。

「メーヨー」

「サテンスキー(血管鉗子)は使わないのですか」

「血流を絞りたくない」

「分かりました」

 手術に取り掛かる前、サオリさんは“血液は取り放題”だと言った。

 でもそれは僕や仲間たちの気を和らげるための言葉だと思っていたが、本当にありったけの血を使ってまでナトーさんの血流量を落とさない方針だったのだ。

 肺にはダメージは無いが、大動脈から大量に漏れ出している分だけ送り出す量は減っている。

 つまり脳は酸欠状態。

 どのくらいの酸欠なのか分からないけれど、サテンスキーを使わないと言うことは危険な状態なのだろう。

 パチン。

 と、こんな事を考えているうちにサオリさんはもう血管の縫合を終えて、コットンで血液を丁寧に拭き取りクリーニング液で消毒したあと皮膚の縫合に入っていた。

 ヴィクトルとシモンの2人が戻ってきて、手術後に使う点滴や手術台を消毒するための液体などを持ってきた。

「成功ですか‼」

 嬉しくて思わず声に出した。

「分からない。あとはナトちゃん次第……」

 外科手術は成功した。

 あとは隊長次第とは、いったい……。

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― 新着の感想 ―
[一言]  凄い❗❗  湖灯様は医学の知識まで勉強されたんですね。  驚きです。  サオリ必死でしたね。  でも、背筋が寒いです。  やっと追い付きました。  明日が待ち遠しいです。  あ~、泣いて…
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