【戦勝記念碑での決闘②(Duel at the Victory Monument)】
とにかく鍛えられた男性相手に接近戦を挑むのは危険だ。
しかもセルゲイは格闘術の教官も務めたほどの人物だから、その切れの良さはプロも顔負け……いや、プロ以上だろう。
もちろん身長差もあるから、リーチも向こうのほうが長いし、質量も大きいので当然破壊力も大きくなる。
私が勝てる要素はスピードとスタミナ。
これを上手く使って、勝負を有利に進めなければならない。
しかしさすがに相手も百戦錬磨。
こちらに様子見をする暇を与えず、速攻で攻めてきた。
右回し蹴りから左後ろ回し蹴り、それに一呼吸おいて放たれる左の裏拳のあとに繰り出される右フック。
一連の流れかと思いきや、不意に放ってくる左右のローキックに左のジャブも効果的に私の目を翻弄する。
どの攻撃も破壊力抜群で当たるわけには行かないし、受けて立とうものなら直様洋服を掴まれてセルゲイのもとに引き寄せられてしまうだろう。
私に出来るのは小刻みにセルゲイの脹脛に牽制のキックを入れて、そのスピードをなんとか食い止めることだけで、ほぼ円になっている記念碑の周りを逃げ回っているに等しい。
中央には四角いモニュメントに星の形が入れられ、その台のある付近だけが四角く一段掘り下げられてある。
私の体は既にこの独特の形状を理解して、無意識に行動できるがセルゲイはどうだろう?
逃げるだけの私には今の所、道を自由に選ぶことが出来る。
セルゲイの攻撃を観察しながら、足の組み換えが難しい地点で段差を降りさせたり、歩幅を変えさせるために段差を登らせたり。
一見圧倒的に有利に見えるセルゲイの攻撃の中から、その綻びを誘い出すことが私の目的。
今まで戦った多くの格闘家を自負する者たちが、皆自身の攻撃に酔いしれてこの罠にかかった。
そして、セルゲイも……。
4周目に差し掛かったとき、私の放った脹脛のキックを受けた後、段差を登る際にセルゲイが少し躓いてバランスを崩して動きが止まる。
“やはり寄る年波には敵わないのか”
飛び込んで勝負を決めるなら格好のチャンス。
だが、なにか違和感があり今回は見送ることにした。
動きを止めたセルゲイが涼しい顔を私に向ける。
「こうやって逃げ回りながら相手の体力を奪い、弱ったところを仕留めるのがオマエのやり方なのか?失望したぞ」
「……」
「確かにオマエの予想したとおり、俺はもう若くはない。逃げるオマエを追いかけながら攻撃を繰り返すのは相当体力を消耗するし、オマエの見立て通りジムで鍛え上げたこの体は脂肪が少なく持久力には難がある。今のオマエの対処方法は確実に俺に勝てる方法だが、それで満足できるのか?差しで勝負する交換条件を出しておきながら、卑怯だとは思わないのか?」
「やめろ!セルゲイの挑発に乗るな‼」
トーニが私を止めようと叫ぶ。
だが、セルゲイの言う通り。
彼は私の企んでいることも、それが自身の弱点を狙っているということも知っているし、このまま続けばどうなることも予想できている。
不利な立場にある私の無理な提案に乗り、サシで勝負することを決めてくれた相手に対して私は失礼な事をしてしまった。
「わかった。オマエの望む戦いに切り替えよう」
「それでこそ、私が見込んだ戦士」
「たあっ!」
気合を入れて渾身の右回し蹴りをテンプル目掛けて入れるが、セルゲイの硬い筋肉がその威力を遮り、尚且私の放った足首を掴もうとする。
そういう手に出てくることは予想済みなので、既に体を捻って左の後ろ回し蹴りで掴みに来たセルゲイの手に蹴りを当てて解いた。
回し蹴りの連続攻撃で隙の出来た私に対してセルゲイが逆襲を仕掛けて来るが、それを私は身を低くしてカンフーの前掃腿を使う事で相手の出足を効果的に払い除けて防いだ。
次は前蹴りで顎を狙う。
当たれば一撃でセルゲイを沈めることができるが、セルゲイはここでも完璧に防御して逆に私の足を掴みに来たので二段蹴りで掴もうとした足を払いのける。
どうやらなかなかカウンターは打たせてくれないらしい。
次は左のローキックで奴のハムストリングを狙うがこれも完璧に防御され、またしても蹴り足を抱え込まれそうになり右のソバットを当てて強引に逃げようとしたが、今度はベルトを掴まれそうになり後掃腿で奴の足を払い除けて離れた。
「なななか、やるな」
「そっちこそ」
「今度は、こっちから行くぞ!」
奴が正拳突きで間合いを詰めて、私の神経が上半身に集中させておいて右のローキックを放ってきた。
まともに食らえばそのまま転倒して寝技に持ち込まれてThe endだが、私はそれを予測していたので奴の右に回り込み“膝裏関節蹴り落とし”と言う空手の技を使って逆に倒すことに成功したが結局寝技に持ち込むことは出来ないで、誘っているセルゲイの手首を蹴るだけに留めて一旦離れることにした。
起き上がる時に手を前に着いた瞬間を狙っていたが、奴はその瞬間の防御が弱くなることを察知していて、器用に体を回転させて手を着かずに起き上がった。
「ナカナカ強かだな」
「格闘技の基本は、相手に仕留める隙を与えないこと。攻撃は敵の見せた一瞬の隙を見逃さない手段に過ぎない」
「さすがだな」
「オマエこそ。今度は、こっちから行くぜ!」
セルゲイが正拳突きを放ちながら接近戦に持ち込もうとする。
しかしそれは正拳時に見せかけた技で、実際は私の手や衣服を掴もうとしている攻撃。
どこか一部分でも掴まれれば、即座に関節技を掛けられてしまう。
私はこの状態から抜け出すために、敢えて奴の懐に潜り込み肘打ちを脇腹に放ったが、奴の膝蹴りを腹に食らう事にもなった。
私の肘打ちは肋骨が途切れたレバーに見事に入り、セルゲイが思わず「ウッ!」っと唸り声をあげた。
奴の放った膝蹴りは、ミゾオチにはヒットしなくて腹筋で防御できたが、食らったとき私の両脚は一瞬中に浮くほど強力なものだった。
一旦動きを止められた私は、捕まえられることを恐れて、奴の腰を押しのけるようにして前に飛び出し、そのまま前転して距離を取る。
案の定飛び出し際に奴の手が私の左の踵に触れたが、その手を払い除けるように右の踵で奴の手を蹴って逃げる事が出来た。
そして奴の振りむき際を狙って膝の裏側を狙って爪先で蹴りを入れる。
ここは、どんなに鍛えようとしても鍛えられない急所。
しかも膝下へ繋がる神経系が密集する箇所。
振り向こうとしたセルゲイの足首が上手く地面を捉えきれずに歪み、そのまま倒れ込む。
私はこの時を狙って奴の顔面に蹴りを入れるが、その足は奴の手に捕えられるが、構わずにもう一方の足を奴の首に絡め頸動脈への絞め技に入る。
「迂闊な奴め!」
セルゲイが首に掛けた私の足を掴む。
たしかにセルゲイの力を考えると、私の取った行動は迂闊かも知れないが、それは違う。
私は逆にセルゲイの手を自ら握り、三角締めの体勢に持ち込む。
「何故だ⁉」
上手く手に力が入らないセルゲイは起き上がって逃れようと試みるが、立ち上がるための足はさっき蹴られた事で麻痺しているから立ち上がる事も出来ない。
奴の手下が慌てて拳銃を拾おうとしたがセルゲイ自身がそれを止め、躊躇している隙にトーニが先に拳銃を取り威嚇した。




