【戦勝記念碑での決闘①(Duel at the Victory Monument)】
連れて来られたのは、ウクライナ警察のコヴァレンコ警部。
しかも暴行を受けたらしく、顔中アザだらけ。
「コヴァレンコ警部!」
「どうして、ここに!?」
私たちの声に気が付いた警部が、疲れ切った力を絞り出すように殴られて腫れた目をゆっくりと開けた。
「すみません。ずっとお世話になりっぱなしで、なにか恩返しをしようと思ってやって来たら、このありさまで……」
「いつキエフを出たのですか?」
「ナトーさんたちに、ブレジネフさんの検死報告をしてすぐに陸路で」
「陸路って、国境は封鎖されているのではなかったのですか?」
「私はICPO(国際刑事警察機構)のICも持っていますし、前に話したとおりクリミアには警察学校の同級生もいますから面倒な手続きは必要ありません」
「それで?」
「それで、この老人はお前たちより1日早く、あの廃工場を嗅ぎつけたというわけだ。ただし、直ぐに我々にこうして捕まったがな」
コヴァレンコ警部と私の話にセルゲイが割って入る。
「コヴァレンコ警部をどうするつもりだ!」
「コイツは、最後の切り札だ」
「切り札?」
「そうだ。コイツの命を助ける代わりに、お前には俺の仲間に入ってもらう。どうかな?」
「やめてください!私の命などと引き換えにしては、いけません‼」
「うるせえ!じじいは黙っていろ!」
手下の2人が、コヴァレンコ警部に激しい蹴りを入れる。
「やめろ!」
ガチャリ。
ナトーが拳銃を取り出して、地面に投げる。
「ナトー!」
「トーニ、お前も拳銃を捨てろ」
「でも……」
「すまないが……頼む」
「……わ、わかった」
ガチャリ。
トーにも拳銃を地面に投げた。
「聞き分けの良い子だ」
セルゲイが満足した表情でニヤッと笑う。
「勘違いするな。貴様の軍門に降るわけではない」
「?」
「どんなに麻薬付にされようとも、私は自分より劣る上司の手下にはならない」
「どういう意味だ?」
「麻薬で廃人同然になった私などに、用はないはずだ」
「確かにな」
「差しで勝負しろ。それでお前が勝てば、私はお前のために働いてやる」
「交換条件を出せる立場だと思っているのか!」
手下が私に怒鳴りつけるが、セルゲイがそれを手で制しして自分の持っていた銃を投げる。
「言っておくが、私は私の身長は190cm体重も100kgはある。しかも特殊部隊の教官を務めたこともある。もちろん格闘術もな。それでも戦うと言うのか?」
「ああ」
「手加減はしないぞ」
「私もな」
「ますます気に入った」
セルゲイは手下にも銃を捨てるように言い、手出しもしないように指示した。
あの狂人的なパワーで私を追い詰めたグラコフや、一つの詰めの甘さで勝利を棒に振ったツポレフの上司であるセルゲイの強さは戦う前から感じている。
グラコフは野蛮で本能的な強さがあったが、戦いの中においての落ち着きが無かった。
ツポレフは一瞬の判断力に甘さがあり、私の仕掛けた罠に容易に食いついてしまった。
しかしセルゲイは違う。
話していても手下のように声を荒げることもなく落ち着いているし、常に罠に警戒してしる狼のような用心深さがある。
歳はとっているが、体型はハンスと似ていて常に鍛えていることがその動作でも分かる。
だが、今の戦況を変えるには、これしかない。
若い頃の彼は、私に似ている。
常に最沿線に立ち、仲間のために戦っていた。
しかし、今はどうだろう……。
セルゲイがスーツの上着を脱いでネクタイを外し、ワイシャツも脱いで鍛え上げられた上半身をあらわにする。
くっきりと割れた腹筋の上に隆々と持ち上がった大胸筋に、その上に盛り上がる三角筋に首を支える僧帽筋。
上腕二頭筋から上腕三頭筋の周りは、私の首の太さくらいもある。
そして特筆すべきは前腕筋群の太さ。
これだけあると、かなり手首の力が強いはず。
もちろん握力も。
ウチの隊員の中でも、これ程まで素晴らしい筋肉美を持つものはいない。
怪力のモンタナは適度に脂肪に覆われているし、フランソワもそう。
ハンスは筋肉質の割にスマートだけど、こんなボディービルダーのように細かく筋が割れていることはない。
「どうだ、その気になったか?」
「わ、私はべ、別に、そんな気持ちにはならない‼」
セルゲイの意表を突かれた言葉に、一瞬顔が火照って焦る。
オジサンだけど、確かにこの筋肉美は魅力的。
でも、それだけで抱かれたいとは思わない。
やはり私は、見た目より性格重視。
チラッとトーニを振り向くと、向こうも心配して私を見つめてくれていた。
まるでエマのようなチョコレート色の深い眼差し。
愛されている実感と、守らなければならない無限のパワーが溢れてくる。
「残念だな、折角この筋肉を見せれば戦うことを諦めて、部下になる気が起きると思ったのだが」
“そっちかよ‼”
エッチな方に勘違いしてしまった私は、更に焦った。
「さあ、準備は良いぞ。かかってこい」
セルゲイの目は自信に満ちている。
一旦自分から切り出した以上、私だって負けるわけには行かなし、既に勝算はある。
私の勝算は、彼の体を見た瞬間に湧いてきた。
そして、彼の今の台詞にも。




