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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****謎の女(Mysterious woman )*****
263/301

【治療費(Treatment costs)】

 ヤザたちが日本に帰る時もサオリは居なかった。

 レイラに聞いても知らないと心配していたので、ガモーに聞いた。

 ガモーは事情を知っているらしく、私を空港の隅に連れて行き、サオリが私の後始末をしていると教えてくれた。

「私の、後始末!?」

「そうや。あんさんが殺さずに、しかも生かしてもおかなかった兵士の治療をしているんや。そらあもう、とても難ぎな仕事や」

 やっと気が付いた。

 あの非常階段の天辺にいた狙撃兵のことだと言う事を。

 任務遂行のため、動きを止めなければならなかった私が頸椎を損傷させた兵士の事。

 彼は、シェルターを離れるとき、まだ生きていた。

「どこに居る!?」

 教えられないと言うガモーにしつこく聞き、ようやく白状させたが、わいが教えた事は黙っといてくれと言われて病院を教えて貰った。

 ヤザたちを見送った後、直ぐにハンスに休暇を貰い、病院に直行する。

 気が重いと、病院程嫌な場所はない。

 なにしろ周り中、病気やケガでネガティブになっている人たちばかりなのだから。

 受付に聞いてもサオリの事は何も教えて貰えなくて、ロビーでひたすらサオリが通るのを待っていた。

 やがて人も少なくなり、受付も閉まり、ロビーの電気も灯りが落とされた。

 暗くなったロビーで時間だけが過ぎて行く。

 頸椎が損傷すると、必ず麻痺がおこる。

 しかも私は相手の動きを止めるために、第4頸椎を狙った。

 ここを損傷させれば首から下の全ての筋肉の動きは止める事が出来る。

 もちろん呼吸も。

 ところが銃を撃った時、思いがけず鳥たちが上空を目指して飛び立ち、それを見上げたために首の位置がずれてしまい当たったのは第5頸椎。

 ここの損傷は横隔膜を動かす神経が残るので、呼吸は維持できる。

 つまり生き延びる可能性はあると言う事。

 あとは損傷の状態と初期治療次第で生命を維持できずに死ぬか、生きていても肢体を動かす事が出来ないか、一部分だけ動かすことができるかが決まる。

 酷い事をしてしまった……。

 自分の愚かさを恥じて、頭を抱えて蹲っていると、いつの間にか隣の席に誰かが腰掛けた。

「サオリ……」

「心配して来てくれたのね」

「彼は?」

「まだよ。来なさい」

 まだと言うことは、あれからもう2日も経つと言うのに、まだ手術中と言う事なのか?

 サオリに連れられて手術室に向かう。

 廊下の暗い灯り越しに見えるサオリの横顔は、ロクに睡眠も取っていないやつれた顔。

「私はまた手術室に戻るから、ここで見ていなさい」

 ガラス窓越しに手術室を見ると、サオリに変わって大柄な男性が腰をくの字に折って、手術台に向かっている。

 見覚えのある体格。

 “ミランだ!”

 再び手術着に着替えたサオリが、手術室に入り私にウィンクしてミランの傍に寄り何か話している。

 屹度私の事に違いない。

 しばらくして顔を上げたミランが一瞬私の方に向く。

 マスクをして表情は見えないが、昔見たあの優しい目を私に向けてくれた。

 私も、いつまでも落ち込むのは止めて、戦う事にした。

 サオリやミラン、そして大怪我を負わせてしまった手術台にいる兵士と共に、手を合わせて神様にお祈りした。

 繰り返し繰り返し、何度も。

 午前5時、手術が終わり、2人が出て来た。

 この様な原因を作ってしまった私には、2人に掛ける言葉も、被害者に掛ける言葉も見つからない。

「右半身は回復する見込みが高い、そして左半身も。あとは本人の問題だろう」

「あと数回の手術は必要だけど、治る見込みはあるわよ」

「ありがとうございます」

 申し訳なくて頭を下げるしかなかった。

「お礼なら、鳥とこの兵士に言うのね」

「鳥と、兵士に?」

「そうよ。もし鳥が空高く飛ばなくて地平線を横に移動していたら、そしてこの兵士が高く上る鳥を見上げる心を持っていなければ、ナトちゃんの放った銃弾は確実に第5頸椎を砕いてこの人の呼吸を止めていた。でも青い空に登る鳥を見つめる優しさが、この兵士にあったから、首は向きを変えて第4頸椎を霞めただけにとどまったの」

「つまり、この患者さんは、自分の優しさによって自らの命を助けたってこと。それにナトちゃんの針の穴を通す射撃精度が、この偶然をもたらせた。きっと空に舞い上がった鳥は神の化身だったのだろうね」

「ありがとう。お金は頑張って払いますから、どうかこの人に最高の医療サポートをお願いします」

 お金の話などをしたら怒られるかも知れないと思ったが、医療費はタダではない。

 それに完治するには、かなりのリハビリ期間を要するのは素人の私だって分かる。

 屹度サオリもミランもお金のことは何も言わないつもりだろうが、あと何回かの手術も必要だし、手術室を借りる費用やスタッフに支払いお金も多額なのは分かっている。

 つまり善意だけでは高度な治療は受けられない。

「お金のことは心配しないで、アナタが来る少し前にサラが来て100万ドルをこの兵士のために振り込んでくれたから」

「100万ドル‼」


 “だから、あの時お金の話をしたのか……”

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