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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****謎の女(Mysterious woman )*****
254/301

【ポリーシャ・ホテル①(Polesia Hotel)】

 最後尾の我々“チョッと自信のない組”がペースを上げた事により、追い抜かれそうになったモンタナたち“まあまあの組”がペースを上げ、ついにはブラームたちの“自信のある組”に追いつき、良いペースでハンスの待つエネルゲティック文化会館の手前まで辿り着いた。

「よーし、分隊止まれ!」

 分隊を一旦止めたのは、ハンスからの指示。

「どうしたんです!?」

 一気にエネルゲティック文化会館に入らない事について聞いて来るブラームたちと、荒い息をたて何も言えないモンタナたち。

 ブラームに双眼鏡を渡し、ハンスたちが苦戦している状況を見せる。

 双眼鏡が捕えたのは、ポリーシャ・ホテルの高層階に居る多数の狙撃兵たち。

「狙撃手を集めますか?」

「いや、いい。そのままにして迂回する」

「分かりました」

 迂回するのもハンスの指示。

 ポリーシャ・ホテルに居る敵の守備隊の注意をエネルゲティック文化会館に引き付けておけば、裏側から侵入しやすくなる。

 ハンスたちがそれをやろうとすれば、意図は筒抜けで被害が増えるだけだが、敵に認識されていない私たちなら比較的ハードルは低い。

「さあ行くぞ!」

「もうですか?」

 へばったカールが思わず不平を漏らした。

「馬鹿、速く走っても長く休んだのでは、早く来た意味がない!」

 私の言葉が利いたのか、カールは急に真剣な目をして直ぐに立ち上がると、私の後ろにピタッとついた。

 随分と年上だけど、意外に素直で可愛い奴。

 ブラームを先頭にして廃墟になった共同住宅の中に出来た森の中を進み、プロメテウス劇場の傍で隊を止める。

「斥候に出ますか?」

 人の気配、いや匂いがする。

 微かだけど、これは間違いなく煙草の匂い。

「私が行く。ジェイソン、カール、イライシャは付いて来い」

 4人を連れてプロメテウス劇場に着くと、2手に分かれた。

 ジェイソンとイライシャは劇場の西側にある正面玄関前の森に隠れてホテルとの間を行き来しようとする敵を見張り、カールと私は劇場の中に潜んでいる敵を探す。

 裏口に早速1人居た。

 カールに援護を頼み壁際に近付いて行くが、壁から入り口までの5mは、どうしても姿を見られてしまう。

 私は拳銃以外の装備を外して相手に声を掛けた。

「Я пойду туда с этого момента.Не стреляйте.(今から、そっちに行くから撃つな)」

 両手を広げて姿を見せると、違う戦闘服を着ている見覚えのない私に当然のように銃を向けたが、見張りは撃たなかった。

「Приходите, потому что отныне все уйдут!(これから全員撤退するから、ついて来て)」

「Снятие? Кто ты!(撤退だと。お前は何者だ)」

「Подруга Сергея.(セルゲイの女よ)」

「Полковник?(大佐の)」

「Где другие люди?(他の人は)」

「Я внутри.(中に居ます)」

「Спасибо.Имя? (ありがとう。名前は?)」

「Я Марат, а внутри Николай.(僕はマラート、中に居るのはニコライです)」

「Только два?(2人だけ?)」

「да(はい)」

 男が両手を広げて笑ったので、親切にしてくれたのに悪いとは思いながらも肘で顎を突いて気絶してもらい、カールを呼んだ。

 カールに縛ってもらう前に、この男の装備を装着して前に進む。

「Николай! Выходи пораньше, и все направляются к реке Прип'ять! Не опаздывай!(ニコライ! 早く出て、みんなプリピャチ川に向かっています! 遅れないで‼)」

 奥の方から慌ただしく走ってくる音が近づいて来る。

 おそらく部屋の奥から外に向けて駆けてくるニコライには、私のシルエットしか見えていないはず。

 だからワザとAKMのシルエットを目立たせるように振り上げた。

 横に来たニコライが私の顔を覗き込んで聞いた「Где Марат?(マラートはどこ?)」と。

 だから私はЖду тебя на выходе(出口で君を待っている)と答えた。

「Спасибо(ありがとう)」

 純粋な、その言葉が私の冷たい心を無遠慮に切り裂いて来る。

 堪らなくなった私は、ニコライの肩を掴み自分の方に顔を向けさせて謝ったあと拳銃を突き付けた。

 拳銃を突きつけながら謝るのも変な話だが、そのままマラートの所まで連れて行き、もう一度今度は友達を殴って気絶させてしまった事を謝ってから縛った。

「悲しい建物ですね。見ているだけで涙が出そうです」

 一応部屋の中に爆発物や無線機、他に敵が居ないか調べながら歩いているとカールが声を掛けて来た。

 たしかにここは映画の上映や、コンサートなどに使われる娯楽施設。

 原発の事故で、住民が居なくなり、その役目を強制的に終わらせられた。

「この街で起きた事は、全て人間の所業。しかもホンの一部の人間の好奇心から起きた事です」

「何が言いたい?」

「いや、似ていませんか?この戦いと。この戦いはセルゲイとロシアの一部の政治家の出世欲から始まったのだと思います。それに付き合わされる我々や敵兵には、何のメリットも無い。あるのは犠牲だけ。こんな事で心を痛めても何にもなりゃしません。原発事故から市民を守るために、何人もの軍人や消防隊員たちが命と引き換えに核を封じ込めたように、我々も一刻も早く敵を鎮圧する必要があります。原発事故と違うのは一方的にやられるのではなく、一方的にやらなければならない事。犠牲は仕方の無い事です」

「ありがとう……」

 こうして思いやりのある言葉を掛けられる度に、私はその胸に飛び込んで暖かく包んでもらいたくなる。

 でも、それが許されるのは幼い子供の頃だけ。

 私自身はただ抱かれたいだけなのだけど、大人にとっての抱く意味は違う。

 子供の時に優しさに触れる機会が無かったから仕方ないのかも知れないが、私は男女や恋愛感情を抜きにして、子供の様に甘えてみたい。

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― 新着の感想 ―
[一言]  凄い❗❗  ロシア語がこんなに沢山❗  湖灯樣、凄いですう。( ゜Д゜)  カール、いい事言いますね。  ナトーちゃんに安らぎを与えられるのはヤザしかいないのでは。
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