【ハンスと倉庫で……①(In Hans and the warehouse …… )】
それからの議題はトライデント将軍と事務長、軍事局の官僚とDGSEの間で話は進み、外人部隊だけではなく国軍からも志願兵を募ってウクライナへ派遣する義勇軍を結成することになるのだが、その話し合いの間に暇を持て余したのかイザック准将が会議室から中庭にハンスと私を誘い話し掛けて来た。
「君がハンス大尉か、しかしよくあの初歩的なミスに許可を出してくれたな。おかげで話がトントン拍子に進みそうだよ」
「許可は出しておりません」
「では、中尉は無断で!?」
「いいえ無断ではありませんが、許可に相当する発言をして、それを中尉に利用されてしまいました」
「なんと!君も彼女に“手玉に取られた”のか!?」
笑いだした准将に、慌てて話しかける。
決して私はハンスを手玉に取ってはいないし、ハンスだって、そう簡単に私なんかに手玉に取られるような人じゃない。
だから私は、あの時の正直な気持ちを伝えた。
つまり直ぐには手の届かない遠い所にいる親友の災難に困り果てていたこと、このままエスケープしてウクライナに行こうと思っていたこと。
だけど、そうしなかったのはハンス大尉が私にヒントを与えてくれたから。
「いったい、どのような?」
「大尉は私に“士官である以上、誰にでも分かる的確な状況判断をしろ”と言ってくれました」
「それがヒントになるのか?」
「はい。誰にでも分かる的確な状況判断をすると言う事は、常識的に考えろと言う事ですよね」
「その通り。報告書は読む人間によって理解が異なるようでは困る」
「ですから、この場合飛んでいるヘリコプターはミサイルを避けられない。そしてミサイルが当たれば墜落して堕ちる。と言う2つの事柄が常識として挙げられます」
「確かに、その通り」
「ところがユリア・マリーチカ中尉の行動はどうでしょう?チャフとフレアによりミサイルを1基堕とし、その次は丘に突っ込む体制で搭載していたミサイルを丘に打ち込み残りの2基も片付けました。ここまでは優秀なパイロットとして常識的な行動です」
「確かに、このパイロットは優秀だ。3発の誘導ミサイルから逃げ遂せたパイロットなんて、今まで聞いたことがない」
「ところが遅れて発射された4発目のミサイルがあった。このところでマリーチカ中尉は私たちが考える常識から逸脱した行動をとります」
「それは?」
「燃料の投棄と、機関砲の発射です」
「しかし、燃料の投棄は旅客機でも不時着を想定した場合……なるほど!つまりマリーチカ中尉は燃料を投棄することによりミサイルの爆発と、機関砲を撃つことにより不時着地点を造ったと言う事か!」
「さすがイザック准将。お分かりになるのが速い」
「君を試しに来たはずの私が、ことごとく君に試されている!ハンス大尉、君も大変な部下を持ったものだな」
「なにせ少尉にするために勉強に行かせて、中尉として戻って来る奴ですから」
その返事にイザック准将がハンスの肩を叩いて、大声で笑いだした。
准将は、私達2人を置いて一足先に会議室に戻った。
最近ハンスは私を避けていると思って不快に感じていたが、こうして2人きりにされると逆にしんどい。
“先に話し出した方が負け”
勝手に自分でルールを作る。
ハンスがベンチの背もたれに大きな背中を付けて、両腕を大きく伸ばす。
“空が青いな”
そう言うと思って返す言葉を考えていたのに、ハンスは何も言わずに空を見上げている。
そーっとハンスの顔を横目で見ると、鼻がピクリと動いたので慌てて見ていない振りをする。
ほんの少しだけ見た感じだと、疲れている様子で目を瞑っていた。
無理もない。
久し振りに少しだけ宿直室に来て私と絡んだがために、この様な騒ぎに巻き込まれ、私が出しゃばり過ぎたために自身はまるで道化師の様になってしまったのだから。
でも、決してハンスは道化師じゃない。
私はハンスのおかげで、こういう場を設ける事が出来た。
他の士官なら、あの場に居て私の報告を見ても何も言わなかっただろうし、そもそも報告書なんて見なかったかも知れない。
ハンスだから、事実から逃げようとする私を咎めてくれた。
ハンスだからこそ私はユリアの目的を知る事が出来て、ハンスが居たからこそ会議室で堂々と話をする事が出来た。
そしてハンスが隣に居てくれるからこそ、いまこうしてリラックスして自分を見つめていられる。
ハンスと同じように、ベンチの背もたれに背中を押し付けて空を眺めた。
「空が奇麗だな……」
思わず声に出してしまうくらい、青い空が奇麗だと思った。
「……」
それでもハンスは黙ったまま。
「怒っているのか?」
「……」
「すまない。でも悪気は無かったんだ」
「……」
「寝ているのか?」
返事をしないハンスが気になって体を起こして顔を覗き込むと、また小鼻がピクッと動いたかと思うと、薄っすらと目を空けた。
空の青さにも負けないくらいの美しいブルーの目が、微かに開いた瞼の隙間から私を捉える。
“しまった!”
気付くのとほぼ同時に声を掛けられた。
「俺の勝ちだな」
ハンスの口角が上がり、白い歯が微かに見える。
“罠だった”
ハンスは私が心の中で勝手に決めた“先に話し出した方の負け”を見抜いてワザと黙っていたのだ。




