【解析結果②(Analysis result)】
「ナトー中尉、入ります!」
扉をノックして中に入ると、中にはある程度予想していたメンバーが揃っていた。
外人部隊のトライデント将軍に、事務長のテシューブの隣には書記を務めているニルス中尉。
EMAT(陸軍参謀本部)のイザック准将。
フランス政府、軍事省と外務省から制服組が2人ずつ。
そしてDGSE(対外治安総局)からはエマ少佐と、2人男性。
ここに来た人たちの目に怒りは無く、むしろ友好的。
ただ部屋の隅に居るハンス大尉だけが、ギラギラした怒りの目で睨めつけていた。
DGSEの2人の男性のうち、若い技術者風の男が周囲から促されて、恐る恐る話し出した。
無理もない。
このメンバーだ。
だが、さすがに技術屋だけあって、話し始めこそ不必要な言葉を繰り返し連発していたが、自らが託された本題に入ると堰を切ったように饒舌になった。
彼は私が依頼した202号機の音声解析をしていた技術者。
外人部隊にはそのような解析をする部門は無いから、当然外部に頼むことになり、その委託先がDGSEと言うこと。
ただしDGSEにこの様を依頼することは簡単ではない。
通常なら、部隊長に許可願を提出して、それが通れば関係者を集めた審議会が開かれる。
審議会が通れば将軍がサインをし、依頼事項は事務長を通して外部に委託される。
通常ここまでに費やす日数は約2週間。
ただし、これには例外がある。
それは航空機事故や海難事故の様に一刻を争うような事態。
この場合、当直ではその近辺に居る最上位の士官の許可を口頭で得るだけでいいが、関係者にはその旨を直ぐにメールで報告しておくことが義務付けられており、書類関係は1日以内に提出すればいい。
つまり今朝の事故では、墜落に関して曖昧な記述を行った私に対してハンスは“墜落”だと言った。
そして反抗する私に対して、墜落で報告書を上げるようにも。
この時点で、当直時の上官の指示を受けたものと判断し、所定の手続きに移った。
では何故ハンスが直接指示しなかったのか。
それは他国の軍用機の墜落などは、適用から外されているから。
いちいち軍用機の墜落迄、この様な緊急対応を取っていたのでは戦争や紛争時には忙しくて堪らない。
だが教育を終えたばかりの新米士官である私は、そのことを忘れて報告してしまったのだ。
当直に入る前、過去の報告書には目を通していたが、この様な間違えは新米士官に付きもだと言う事は分っていたが、あえてそのことを利用させてもらった。
「――つまり、音源を分析した結果、ファイルに記録された爆発音は一般的な携行式地対空ミサイルに使用される高性能炸薬による爆発とは波長が違い、気化したガスによる爆発と考えられます。つまりMi-24から投棄された燃料が追尾して来るミサイルの熱、あるいは機関砲による火花か排出される薬莢の熱のどちらかにより発火し爆発したものではないかと思われます」
「と言うことは、202号機は墜落していない可能性もあると?」
「いや、そこまではこの音源では判断しかねます」
トライデント将軍の質問に対して、DGSEの技術者は言葉を濁したが、おそらくユリアの202号機が空から地面に着いたのは確実だろう。
何故ならユリア自身が、機を操って、そうさせたから。
通信が途絶える直前の超低空進入時に、ユリアはガナーに対して機関砲を発射するように命令した。
機関砲を受けたら森の木々は根こそぎ破壊されるだろうことは、実際にコンゴやアフガニスタンで航空機の機関砲による威力を目の当たりにしているから良く分かる。
しかも202号機が装備しているのはGSh-30-2。
装弾数は250発だが、1分間に3000発の30㎜弾を撃つ能力があるから、それを数秒間に叩き込まれれば、かなり雑ではあるが簡易的な滑走路が出来るくらいにはなっただろう。
“そう。ユリアは堕ちたのではなく、胴体着陸をしたのだ!”
普通の飛行機やヘリなら、そんなところに着陸は出来ないが、空虚重量で9トン近くあるこの攻撃ヘリは機体下部の装甲が厚いから少々の木の幹などに当たったくらいで機体はバラバラにはならない。
しかも垂直落下ではないから、機体上部に載った巨大なエンジンに圧し潰される可能性も低いだろうし、シートベルトの効果も発揮されやすい。
“やはりユリアは生きている!”
「ところでナトー中尉、どうしてウクライナ情勢を調べていたのですか?しかも非番の日まで無線室に籠っていたと聞いたが、本当かね?」
イザック准将に聞かれた時にチラッとエマの顔を見ると、目を合わせなかったので「ウクライナ情勢を伝えるニュースを見て、興味を持ちましたので調べました」と答えてエマに教えてもらったことを伏せた。
どのみち、あのニュースを見れば私の興味はウクライナに傾く。
「どうして興味を持ちましたか?」
「怪電波を出している場所はロシアとベラルーシ、それにウクライナの国境が交わる政治上非常にデリケートで、しかも親ロシア派が多い地域でもあります。首都キエフまでの距離は200㎞と近く、油断のならない場所と言うことと……」
「他にも理由があるのなら言って宜しい」
「ウクライナには親友が居ます。コンゴでの派兵の時に私たちに協力してくれた第14独立ヘリコプター部隊のユリア・マリーチカ中尉です。マリーチカ中尉とはお互いに窮地に陥った際に必ず救出に向かうと約束し、マリーチカ中尉はアフガニスタンで敵の最前線に孤立した私たちの部隊を助けに来てくれました」
「私的な約束を守る機会を狙っていたと言う事だね?」
「いいえ違います」
「深層心理の中にはそういう気持ちも有ったのは確かでしょう。しかしこれは罠です」
「罠!?」
「EMAT(陸軍参謀本部)のイザック准将の前で、何という事を言うのだ!」
DGSEから来た、もう1人の男性に怒鳴られた。
確かに中尉になりたての、しかも外人部隊所属の私が、陸軍の最上級組織であるEMATの准将に意見することになるのだから当たり前だろう。
「面白い、話してみたまえ」
ところがイザック准将は身を乗り出して、話しを続けるように促した。




