【解析結果①(Analysis result)】
昼休みも模擬市街戦場に留まり昼食を食べた。
市街の安全な場所を探して、そこでレーション(戦闘糧食)を食べて休憩する訓練。
モンタナが最初にランチの場所に選んだのは、農機具を入れた木で出来た納屋の中。
ここなら敵からは見られないだろうと思って選んだのだろうが、敵から見えないだけでなく自分たちも敵を見る事は出来ない。外を見るにはドアの隙間を空けておくか、西向きにある2つの窓から外を見張る必要がある。
納屋の窓の目的は明り取りと換気。
外を眺める目的ではない。
だから納屋の窓から外を見ると言うのは、周りから見て直ぐに不自然に映る。
納屋の戸が少し開いている事も危うい。
少し開いていると言う状態は、外から誰かが入り、戸を閉め忘れていることとなり“誰かが中に居る”と想像しやすい。
少し開けて見張るより、この場合全開にした方が良いだろう。
「じゃあここで」
モンタナがリュックを降ろそうとしたので「駄目だ」と伝えた。
結局この納屋からでは2方向しか視界が効かず、しかも簡単な木造建築なので万が一にも敵の襲撃を受けた場合、銃弾を防ぐ遮蔽物がない。
次に選んだのは高い建物の屋上。
「ここならいいでしょう。出入口さえ見張って置けば大丈夫ですし、こうして屋上の真ん中に寝転がっていれば誰にも見られないし、光合成の効果でリラックス気分も満点でさあ」
モンタナたち4人は自信満々。
「帰りはどうする?」
「帰りは階段を……」
フランソワが言いかけて止めた。
トーニを除く3人が気まずい顔をした。
「なんか、いけねえのか?」
「呑気に高い所に上ったのはいいが、下に降りるルートは1つしかない。だから敵からしてみれば何も自分たちが不利になる屋上に上って戦う必要はなく。有利になる階段の踊り場や出入り口を固めればいいと言う事だ」
「でも、見つからなきゃあ」
「軍服を着て銃を持った奴が4人も建物に入って行ったんだ。この規模の村でも誰かが必ず気が付くはず。市民は全員が味方ではない」
建物と建物の間の狭い空間、コンクリートで出来た外階段の踊り場、教会の裏、工事用の車が並んだ陰、体育館の裏……4人が選んだ場所は、どこも危険が多過ぎてナカナカ昼食にならない。
「結局住民が居るような場所では見張りを置いても、安心して飯を食う事は出来ないってことか……」
ブラームは食事を諦めるように言った。
「腹減ったぁ~」
モンタナが座り込み、フランソワが時計を見て「もう2時が来る」と言った。
「なるほど、分かったぜ。皆付いて来い、メシにするぜ!」
急にトーニが走り出し、皆が後を追い駆けて行く。
たどり着いたのは、さっき駄目出しした工事用の車が並んだ陰になる場所。
「お前バカか?ここはさっき中尉に駄目出しされた場所だぞ」
「車が動けば丸見えになってしまう」
「さっきは、なっ」
トーニは、そう言うと大型トラックの車の下に潜り込む。
「だから、それでも車が動くときに簡単に……」
フランソワが言いかけた言葉を止めたとき、ザザッと重い鉄を引きずる音がした。
「マンホール!」
「さぁ、中に入ってゆっくり昼食にしようぜ」
トーニは自慢げに私の顔を見たので、コクリと頷いてやる。
「ヤッホー!やっと昼食にありつけるぜ!」
「こんな人の住んでいない下水道にも鼠は居るんだな」
「そりゃあ居るだろうぜ、ミミズやクモだって居るし、イタチの骨だってあるぜ」
「たしかに、ここは敵にみつからねえし、たとえ見つかったとしても逃げ道は幾らでもある。だけど、これだけは言える。“ランチには向いていねえ!”」
「まあ、そう言うなよ。衛生的には他所の下水道よりズットいいぜ。なんせ生モノが流れていねえからな」
「ところでトーニ。よく気が付いたな」
「ああ、戦史で習ったことを思い出した。スターリングラードでドイツ軍に包囲されたソ連兵が、圧倒的に不利な装備にも拘わらず下水道を巧妙に使う事で、地上に居るドイツ軍を翻弄した話をな」
「食べながら聞いてくれ。各都市には必ずこの様な地下道がある。今日は訓練で昼休憩だから明かりも点けているし会話も自由だが、これが戦地の場合は明かりも会話も厳禁だ。万が一下水道戦になった場合は早く暗さに慣れたもの、早く敵の気配を察知したものが当然有利になる」
「でも、出るときの安全はどうやって確認するんです。マンホールを空けるまで外の確認が出来ませんが」
「その場合はマンホールの側面や、マンホール自体に耳を付けて音で判断する。もし判断がつかない場合は、入ったマンホールから出るのが良いだろう。ではこれから下水道から出る訓練をする」
順番に、ひとつひとつのマンホールに耳を当てて外を確認する。
なるべく大通りのマンホールを避ける。
大通りに面した下水道が、必ずしも広いわけではない。
道路を拡張した場合は、地下の下水道が小さいままの場合もある。
何個目かの下水道を確認していた時に、丁度マンホールに耳を当てていたトーニが電話のベルが鳴っていると言った。
「そんなバカな、無人の模擬演習場だぜ」とブラームが笑うが、確かにここは無人だが、本部の建物から離れているので電話は設置してある。
トーニに代わってマンホールに耳を当てると、確かに微かな音だが電話の音がした。
何かの呼び出しだ。
「出るぞ!」
マンホールの蓋を開け、電話の鳴っている建物に入る。
「もしもし、ナトー中尉ですが……」
「用がある、直ぐに戻って来い」
まるで湧き出て来る怒りが噴出さないように、巨大な岩で閉じている様な、押し殺した低い声。
電話の相手はハンス。
 




