【駅での戦い③(Battle at the station)】
「各部隊の狙撃手は準備に掛かれ!」
準備に忙しい私に近付いて来たハンスが、私に話し掛けて来た。
「相変わらず良い作戦を思いつくな」
「ありがとう」
「ところで、他に何か気付かないか?」
「敵のドローンが見当たらない様だが、何故だ?」
ハンスが待っていましたとばかりにニヤッと笑う。
「実は新兵器がある」
「新兵器?」
「我々は、この地区の全ての通信機器を管理する事に成功した」
「管理と言うと?」
「これはSISCONのガモーさんとレイラさんによる発明なのだが、発信された携帯の電波を一旦データーベースに吞み込み、データーを削除、あるいは加工して送るシステムだ。もちろん加工や削除の必要ないデーターは、そのまま送られる」
「つまり敵のドローンは、それによりIPアドレスを変えられたと言う事なのか?」
「その通り。しかも敵は現在携帯も使えない」
「使えるのは無線機だけってこと?」
その無線は傍受する事が出来る。
「でも、ドローンが使用できなくなったことで、直ぐに疑われはしないか?」
「全て落ちたが、個々に運用していたので、携帯での連絡がつかなくなった今のところ敵に気付かれてはいない」
もし気付かれたとしても、IPアドレスを書き換えられてしまったドローンはもう観賞用にしか使えない。
「これは楽観的な見解かもしれんが、プリピャチ市街地に潜む敵は極少人数のグループに分かれて広範囲に散らばっているから、我々の敷いた情報統制が続いている以上、組織だった行動は出来ないと読んでいる」
確かにハンスの言う通り。
市街に沢山あるアパートや店舗に分散している敵は厄介なことこの上も無いが、お互いの連絡手段が断たれた以上、只の少人数が隠れているだけ。
もちろん相互支援が出来るような位置を取っているだろうが、建物の裏に回った場合それを相手に伝えられない状況になるのでは、分断されている状況には変わりない。
そしてこの場合、ドローンで敵の情報を予め掴む事が出来、個人ごとに通信手段を持つ我々の方が圧倒的に有利になる。
全員の装備が整い、司令部を出ようとする私にハンスが民間人を1人連れて行くように言った。
ここに来た時から気になっていた、40代前半の男。
「誰!?」
「原子力保安委員のブレジネフです」
「チェルノブイリは?」
「パイプの1本1本迄」
「なら付いて来い。ただし身の安全は保障できんが、それでもいいか?」
「上等です」
ハンスからプレゼントされたL96A1を持つ私と、愛用のSAKO TRG-42を取り寄せたカール以外は、支給品のFR F2を装備した。
「ちぇっ、これじゃあ1960年製のドラグノフと変わらねえ」
ウクライナに来てT-5000やAlligator等の、大型長射程狙撃銃に使い慣れたフランソワが文句を言った。
確かにFR F2の有効射程距離はドラグノフと同じ800mで、T-5000やAlligatorの2000mには遠く及ばないが、近い者では距離300~400m程度で戦う事になるから何の支障もない。
HK-416でも充分戦える。
なぜ狙撃手による攻撃にしたかは、精神的なダメージを与えるため。
激しい銃撃戦では恐怖さえも考えることが出来ないが、狙撃兵による攻撃はハンティングされている感覚に陥る。
動きも無いので色々と考えることも出来るが、それが逆効果になり体を動かすことができにくくなってしまう。
そしてT-5000ではない狙撃銃の音は、プリピャチ市街地に潜む敵にも良く聞こえるはずで、仲間が狩られている恐怖心や焦りを植え込む事が出来る。
「使うか?」
フランソワにL96A1を差し出すと、「滅相もねえ、たかだか3~400mなら、これでも充分です」と言っておとなしくなったので持ち場に向かった。
我々の持ち場は駅の南西側。
1軒だけ棟の様な小屋が立っていたので、見つからない様に進む。
決して近付かず、乱戦は行わないのがルール。
先ずこの小屋から片付けよう。
レンガ造りの土台の上、およそ3階建ての高さに外壁をトタンで覆われただけの粗末な小屋だけど、中には狙撃銃を持った見張りが居た。
狙撃兵は厄介なので先に始末させてもらう。
各部隊の狙撃兵に配置の確認を行う。
しばらく立つと全員が配置に着き、敵の狙撃手を優先的に狙いを付けていると報告が入った。
「よし、ではこれより狩りを始める」
パーン。
静かな森に囲まれたプリピャチ一帯に、闘いの合図が鳴った。




