【サラ①(Sarah・Bradshaw)】
一旦ボートで、ここに来る前に車を置いてきたピリアフカに向かい、そこから車で部隊に向かう。
ボートの運転はカール。
「今回の作戦は、見事な集大成でしたね」
「集大成?」
「ナトー隊長が目指していた平和的な戦闘の。ユーリ達運送屋のメンバーを含めて、200人近い敵をただの1人も傷つけることなく法の裁きに委ねることが出たのですから、集大成と言ってもいいでしょう」
「ありがとう、皆のおかげだ。だが」
次は違うと言いかけて、止めた。
嫌な事は、ギリギリまで言わない方が良いし、それまでに回避できる場合もある。
珍しくカールは、言いかけた言葉を止めた私に、聞き返してこないで行く先をジッと見つめて笑っていた。
元凄腕のアサシンのくせに、エッチで、場を和ませるのが上手いカール。
相変わらず不思議な奴。
「さあ、着きましたよ」
小型ボート用の桟橋が一杯という訳では無かったが、カールは操船が怪しいからと言って、少し高い桟橋にボートを横付けした。
“なるほど、そういうことか……”
意図は分かったが、あえて知らない素振りでボートを降りる。
言葉的には“降りる”になるが、桟橋が高いので実際には“桟橋に登る”が正しい。
当然、船頭は桟橋に上がるお客の補助をする。
カールも然り。
登ろうとする私のお尻に手を当てて上に押し出す。
ありがとうと言いながら、カールを睨むと彼は「すみません」と謝って笑った。
「最初から、そのつもりだったくせに」
「モンタナ軍曹的に言えば“冥途の土産でさあ”となりますね」
「知っているのか?」
「最後の決戦ですから、皆覚悟しています」
「そうか……」
「じゃあ、待っていますよ。すぐ戻って来て下さい」
「ああ、ありがとう」
倉庫に帰るボートをしばらく見ていた。
“皆覚悟している”
私が隠していても、皆知っている。
次の戦いは地獄になるかもしてないという事を。
それだけ心が、ひとつになっているという事か。
悲しいけれど、ふと笑いが込み上げてきた。
車に向かう途中、大聖堂に立ち寄った。
意味はない。
ただ、なんとなく。
大聖堂と名は付けられているが、中はどこにでもある静かな田舎の教会。
神頼みは性に合わないが仲間の無事を願ってお祈りをささげていると微かに空気が動くのを感じたが、最後までお祈りを続けてから席を立とうとすると、聞き覚えのある冷たい声が投げつけられた。
「敬虔なキリスト教徒ね。でもリビアの時はイスラム教徒の振りをしていたわ」
「私は神を信じるが、神はひとつではないとも思っている。神はその土地土地で宿り、その人々の心に宿る。だからキリスト教もイスラム教も私は受け入れる」
「まあ。哲学者みたい」
話し掛けて来たのは、サラ。
私の姉を名乗る謎の女。
音も立てずに入って来て、今は私の返事を茶化す様に音を立てずに手を叩く振りをする。
「1人か?」
「ええ。あの子を連れて来ると、隙あれば貴女を殺そうとするから、まともに話が出来ないもの」
あの子とは、クラウディーのこと。
私がイラクでグリムリーパーと呼ばれていた頃、私を狙って多国籍軍が放った砲撃に巻き込んでしまい死なせてしまった少女の姉。
「何の用だ」
「何の用だとは御挨拶ね。お姉さんが折角会いに来てあげたのに。お礼のひとつくらい言っても口が減るものでもないでしょう?」
「……」
「いいわね貴女。キャンプファイヤーにスイカ割り、良い仲間に囲まれて楽しそう。こんな戦場なのに、まるで学生みたいに夏を満喫できるなんて羨ましいわ。それにお友達も沢山集まって」
「見ていたのか」
「いつも見ているわよ。だって大切な妹なんですもの」
「見ていたなら、なぜ邪魔をしない。セルゲイを裏切るつもりか」
「邪魔?ひょっとして貴女、私に邪魔をしてもらいたいの?」
「いや……そういう訳ではない」
「セルゲイを裏切る?ナトー、貴女は勘違いをしているわ」
「勘違い」
「私にとってセルゲイは単なるお客さんの1人。そして私はウクライナがどうなろうと、セルゲイがどうなろうと知った事じゃない。単なる武器商人よ」
「しかしリビアを再び戦場にしようとし、コンゴに動乱を起こそうとした」
「それは前の管理者でのこと」
「前の管理者?」
「そう、自ら積極的に戦争やテロに介入して売り上げを伸ばそうと目論んでいた、前の管理者。いけ好かない野郎だったけれど、会社の上下関係はナカナカ崩せない。それを貴女が崩してくれた」
「私が崩した?」
「そうよ、貴女にことごとく計画を潰された彼は、責任を取って自殺した。さすが“死に値する者には死を与える神”『グリムリーパー』ね」
「何故その言葉を!」
これは戦場で私が人を殺せなくなったのではないかと心配したヤザが、コッソリ狙撃銃を持ち込んだときに私が言った言葉。




