【ニケ⑩(Winged Victory)】
「敵部隊基地に引き返します」
「了解、メリッサご苦労様」
花火の打ち上げを見て、本拠地から出てきた敵の本体が戻り、隠れていたその所在地と戦力も確定した。
打ち上げ花火が終わったあと、任務を終えたG-LéMATを引き連れてエマが戻ってきて、私たちはカールのキャンピングカーでユーリの倉庫まで戻りチューホフに奥さんと子供を預けた。
「ナターシャ!アンドレ!」
「あなた!」
お互いの無事を喜び、抱き合う家族を見て、みんなしばらく気持ちをホッコリさせていた。
「家族って、良いものね」
「ああ」
エマの言葉に同意する。
「ところでエマ少佐、私たちはハラハラしながら船上で見守っていましたが、いったいこれはどういう事だったのですか?」
「俺たちは、てっきり敵の攻撃に押されて……」
ユーリ達に聞かれたエマは、モンタナたちに応えるようにアイコンタクトを送る。
何と言ってもモンタナたちG-LéMATは、今回の肝となる部分を請け負っていたのだから。
「そう思って頂ければ、一番重要な陽動作戦を担ったかいが有ったというもんでさあ」
「最初はチョット緊張したけどな、後は遊びよ、遊び」
「何も知らずに、後退する我々を追いかけて来る、勇敢な敵の姿に思わず笑っちまいそうになったな」
「それは後になってからだろうが!」
「はじめは本物の弾が飛んで来ていたから、ビクビクものだったぜ」
「なんたって20倍近い敵と向き合っていたんだからな」
モンタナたちの話を聞いていても、いまいち理由が分からないユーリ達に、エマが説明を始めた。
「私たちが運送屋さんに届けたのは、同じタイプの空砲やRPGや手りゅう弾の偽物よ」
「それは予想していましたが、そういう物は訓練でも使うはずですから、はじめは騙せても直ぐ気付かれるのではないですか?」
「偽物と言っても、限りなく本物に近いものよ」
「本物に近いとは?」
「そうね、殺傷能力がないというのは同じだけど、チャンと曳光弾も出るしRPGのロケット噴射も出るのよ」
「まるで映画みたいですね」
「だって映画の技術を応用しているんだもの」
「さすがエマさん!」
「私じゃないわよ、発案者はナトちゃん」
感心して聞いていたユーリ達に、種明かしをしていたエマが私に話しを振ってきた。
「凄いな、ナトーさん貴女は運動神経も良いし度胸もあり、頭もいい」
「いえ、そんなこと。丁度最近映画館でアクション映画を観たばかりでしたから、凄い特殊技術に驚いて、何とかこれを部隊で平和利用できないかと思っていましたから」
「おかげで屯所の仲間たちは、舞台セットを作るのが大変だったってボヤいていましたよ」
「じゃあセットの中に誘い込んで?」
「そうそう」
「俺たちに取り囲まれて、奴さんたち目を真ん丸にして驚いてさ」
「そりゃあそうだろう!いくら撃っても誰も倒れないだから」
「結局200人近くいた敵は、なすすべなく全員降伏」
「そりゃあそうだ。武器は本物でも、弾が偽物だから戦争ごっこにしかならねえ!」
「こうして敵味方含めて、1人の死者も怪我人も出さずにすんだのはナトーのおかげだ」
折角ブラームが言ってくれたのだけど、私はそのブラームに軽く会釈をしてユーリ達の方に向き直って言った。
「いや、協力してくれたユーリたちのおかげだ」と。
「いえ、やはりナトーさんが私たちにチャンと向き合って話をしてくれたからこそです」
「明け方には政府の者たちが来ます。貴方達は実戦には参加していないし、人質を取られ脅さされて敵に補給物資を送っていたとはいえ、敵に協力したという事実は変わりありません。不本意でしょうが、おとなしく従ってください」
「やむを得ません。もっと早く貴女方に合えれば良かった」
それから明け方まで、倉庫で約束だったバーベキューをした。
カールは他の隊員と違って人生経験が豊富だから、こうなる事を予想してか肉や野菜・果物と冷えたビールやワインを大量に用意してきて皆に振る舞った。
「ところで、なぜ私の事を探っていたのです?」
お酒を飲みながら、ユーリに聞いた。
「探っていた?」
「疑っていた。と、言うべきですか?」
「分かりました。折角ナトーさんが正直に私たちと向き合ってくれてこその美酒だ。私も正直に答えましょう。実はね私は昔、陸上の長距離をやっていまして、それで貴女と出会った次の朝ミハエルが貴方のランニングの最後の1000mのタイムを計って私に教えてくれたのです」
「実は僕も大学まで長距離をやっていまして、隊長ほどでは無かったのですが」とミハエルが頭を掻きながら言った。
「ちなみに隊長は、大学時代に1万mでインカレ指定強化選手に選ばれたくらい凄かったんですぜ」
ミハエルの次に、イヴァンがまるで自分の事の様に喜びながら言った。
「それで、何を疑われたのです?私はただ走っていただけですよ」
何故かそこでG-LéMATを含めた皆の笑い声が起きた。
「だって、どこをどう走って来たのか知りませんが、ラストスパートのタイムが女子ユースの世界記録の4秒落ちって、これどう考えても普通じゃないでしょう?しかも貴女に聞いたところ陸上の経験は無いと仰った」
「それで、次の日一緒に走ったのですね」
「そう。丁度私の最も得意な1万mでね」
「で、どうだったんです?」
モンタナたちが、覗き込むように聞いた。
「私の完敗でした。負け惜しみじゃないけれど、ナトーさんのタイムはU20の女子世界記録と並ぶくらいですよ。とても現役を離れた35歳のオジサンでは勝てっこない。本当にドイツの大学に通っていたなら、たとえジョギングをしていていたとしても素質は見抜かれて陸上の世界に引き抜かれます」
「ナトーは何でも我武者羅で、手を抜くことを知らねえからな」
「こういうところでボロが出る」
「ホント、平時のナトちゃんて、そういうところが抜けているのよねぇ~」
「なに言ってるんです。それがナトーさんの堪らねえ魅力なんじゃないですか?」
肩に手を乗せて私を庇ってくれるカール。
「違ぇねえ!」
皆が一斉に同意する。
だが、その肩に掛けられたカールの手が、胸を撫でていることを私は知っている。
「おい、カール。この手はどういうことだ?」
「あっスミマセン。つい忘れものを探す癖が」
「どんな忘れ物だ」
「ナトー隊長のハートを射止めるために放った矢が、どこかこの辺りに外れて刺さっているはずなんですが……あれ、左じゃないとしたら右かな?」
カールの手が胸を触る。
それを見た他のメンバーも、“俺の矢も”と言って寄って集って触りに来た。
「わー止めろー‼」
「ねっ、この作戦を考えて、まるで散歩にでも行くように人質に捕られたチューホフの家族を連れて帰って来るウィングビクトリーのニケとは思えないでしょう」
エマが呆れてユーリ達にいう。
「そうですね。でも皆の言う通り、そこが彼女の魅力なのでしょう」
「……私も、激しく同意するわ」




