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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****謎の女(Mysterious woman )*****
182/301

【河の主①(Lord of the river)】

 泣いているうち、いつの間にか眠っていた。

 目が覚めると直ぐ目の前にあったのは、私の頭を抱くように手を掛けたまま寝ているエマの顔。

 私の顔の下のシーツがまだ涙で濡れていた。

 敵の中、神経を尖らせて疲れているだろうに、私が眠りに落ちるまで魔王に連れ去れない様に見守っていてくれたのだ。

「ありがとうエマ」

 ベッドから起き上がる時に、そう言ってエマの唇に自分の唇を軽く合わせると「うん」と言った。

「起きているの?」

 だが、次の言葉には何も応えず寝返りを打った。

 時刻はまだ5時前。

 そっとしておこう。

 スポーツウェア―に着替えた私は“走って来る”と手紙を残し静かに部屋を出た。

 外に出ると、丁度東の空から太陽がのぞき始めていた。

 Red Sun.

 太陽の光を浴びると、勇気が湧いて来る。

 入念にストレッチをしていると、通りかかった自転車が止まり声を掛けられた。

「おはようございますナトーさん。早朝のランニングですか?」

「やあ、ミハエルおはよう」

 朝の挨拶をしてくれたのは、昨夜早番の為に先に退けた運送屋の若者。

 若者と言ってもトーニよりは年上で御年29歳。

 それでも敵10人の中では一番若い。

 早番で新聞配達をして、丁度ホテルに立ち寄ったところだろう。

 ミハエルがホテルの中に消え、そして暫く経って出て来て、私に手を振って西へ向かう通りに消えて行く。

 ストレッチが終わった私は逆に東に向かう。

 走り出して直ぐに、ユーリの運送屋の前を通ると、煙草を咥えたまま背伸びをしていたイヴァンが居た。

「やあナトーさん、おはよう。朝早くからランニングですか」

「はい、おはようございます。イヴァンさんは、これから牛乳配達ですか」

「ああ。余ったら後でホテルに届けるから飲んでくれ」

「ありがとう」

「じゃあ気を付けてな!」

「イヴァンさんも!」

 なんて気のいい人たちなのだろう。

 お互いに見張っているのは薄々気が付いているはずなのに、コソコソと隠れもせず、威圧的な態度も見せず普通に接してくれる。

 本当に敵なのか?

 もしかして、こうして私を攪乱しようとしているのか?

 2つ目の疑問が浮かんだとき、急に自分自身が情けなく小さなものになったように思えた。

 諜報活動をしているのだから、人を疑うのは止むを得ない。

 でも疑う事と、悪く思う事は違う。

 現にエマは相手を探るために、いつも仲良くなる方法を取っているではないか。

 その方が、幸いにも当てが外れた時に都合がいい。

 いや、きっとエマは、相手を信じる方からアプローチしているに違いない。

 それが、人と人の繋がりを持つ。

 たとえ、その人が今は敵であっても……。

 偵察の為のランニングだったのに朝の冷たい空気を心地よく受け、流れる景色と水鳥たちの息吹を感じながら無心で走っていた。

 入り組んだ川沿いから別れ、メドビンの小さな集落の手前を右に曲がり、最後の2.2kmの直線でペースを上げる。

 ここまで既に10000mを走っていて、ホテルまではあと3.5km。

 途中で後ろから自転車とオートバイが追い駆けて来るのが分かったが、彼等は一旦前に出て素性を明かすと直ぐに後ろに下がり、私と同じペースで付いてきた。

 自転車の男は、朝挨拶を交わしたミハエル。

 オートバイの男は、たしかチューホフ。

 2人共、イヴァンの船に乗っていた男。

 直線のラスト300m前からラストスパートを掛けて、それからホテルまでの1.3kmは流して終了した。

「「お疲れ様」」

「お疲れ様です」

 この時はお互いに気持ちよく挨拶を交わしたが、これが後に思いがけない失敗となるとは夢にも思っていなかった。


 ホテルに戻ったのは未だ6時前。

 中に入るとフロントの人に声を掛けられて、瓶に入ったミルクが6本袋に入れて手渡された。

 イヴァンからだ。

 部屋に戻るとエマは未だ眠っていた。

 昨日は大活躍してくれた分、疲れたのだろう。

 貰ったミルクを冷蔵庫に入れて、シャワーを浴びているとエマが起きてバスルームに入って来た。

「おはよー」

 まだ眠そうな顔で、貰ったばかりのミルクを飲んでいた。

「おはよう。そのミルク、昨日のイヴァンが届けてくれたけど、いいの?」

「いいの?って??」

「一応、敵から貰った物だよ」

「あらっ、毒でも入っていたら、私死んじゃう!」

 そう言ったくせに、また口に含み、迫ってきた。

 口を押し付け、いま口に含んだミルクを私の口に移して、舌で押し込む。

 “うっ、ゴクリ”

 成すすべなく、ミルクを飲み込んだ私。

「毒だったら2人とも死んじゃうぞ」

「だって、独りぼっちで死ぬなんて嫌だわ。出来るなら大好きなナトちゃんと、一緒に……」

 エマの手からミルクの瓶を取り上げて私も口に含み、唇を合わせてその中にミルクを流し込む。

 “ゴクリ”

 エマは躊躇ためらわず素直に喉に流し込んだ。

「私だって一緒」

 そう言って、瓶を棚に置き、もう一度エマの唇に自分の唇を当てがった。

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