【運送屋③(Express company)】
彼等が運送会社の社員である事は分かったが、彼等にとって私たちの職業が何であるかと言うことは尋問と言うものではなく“興味”として極自然に聞かれたので、こちらも自然に応えたがトーニがここでもまた直球で返しそうになりエマと私を焦らせた。
「ほう、情報管理と世界史専攻の学生ですか。ところでトーニ君は?」
「爆発物を扱っています」
「爆発物!?それは軍とか警察の?」
「いいえ、トンネル工事に使う発破です」
「なるほど」
ユーリ達も爆発物と聞いて驚いていたが、包み隠さず爆発物の種類や使用方法に威力などついて熱く語るトーニの言葉に魅せられるように、興味深く話を聞入っていた。
こうして盛り上がった酒宴も、午後11時の閉店と共にお開きになり、私たちは明後日倉庫の見学という貴重な約束を取り付けることに成功した。
「もーっ!あんまりハラハラさせないで頂戴‼」
部屋の前で別れる前、エマがトーニに怒った。
「仕方ねえだろう。俺はこう言うことに慣れていねえんだから、嘘を言った方がボロが出ちまうだろが!」
たしかにトーニの言う通りだと思う。
慣れていないのに、下手に嘘をついてしまうと、自ら墓穴を掘りかねない。
トーニが正直に爆発物の専門家だと言ってくれたおかげで、彼等も話に食いついてきて盛り上がった……いや、嘘をつかなかったことで、彼等の方もそれを感じてお互いに打ち解ける機会になったに違いない。
もちろんトーニは軍人でトンネル工事の作業員ではなく、そのこと自体は嘘に違いない。
けれども話の中心は、発破作業や爆発物の事だったから、この点に関しては何の嘘も無かった。
それにしてもエマは凄い。
あんな短時間で会ったばかりの人達と打ち解ける事が出来るなんて。
当然そこにはお互いの“相手を探る”と言う思惑があったのは確かだが、エマの天真爛漫さにいつの間にかその“探る”と言う部分が霞んでしまっていた。
いわゆる相手のガードが下がったと言う所で、そこを突いてごく自然に運送会社の見学を取り付けることに成功した。
エマはいつも私の事を凄いと褒めてくれるけれど、本当に凄いのはやはりエマの方。
こればかりは何年経とうが、私がマネできるような事ではないし、私が役に立っているのは“戦争やテロ”があると言う場面に限られている。
つまり平和な世の中になれば、私の良い所なんてないも無い……。
トーニと別れ、エマと部屋に入る。
「疲れたぁ~」と、いきなりエマが抱きついてきて、私を抱いたままベッドに倒れ込む。
私が目を瞑ると、優しいキッスをしてくれる……?
ところが、待っているエマの柔らかい唇が、私の唇に重ならない。
どうしたのかと思い、目を開けるとエマのチョコレート色の瞳が私の瞳を捕えて優しく微笑んでいた。
“なに?”
「待っていたの?」
エマのその言葉が耳に届けられた瞬間、まるで全身の血液が逆流するように、心臓と胸、そして顔が熱くなる。
たしかに私は待っていた。
ベッドに重なり合った状態で押し倒された時から、目を瞑ればエマの優しいキッスが私を包み込み、敵と対峙して鋭利な刃物の様に尖っていた心を溶かしてくれると思っていた。
恥ずかしさのあまり手で顔を隠そうとしたとき、エマが私の両手を掴む。
“嫌!”
押さえられた手を強張らせたとき、エマが甘い息を吹きかけるように「甘えん坊さんね」と低く耳元で囁き私を甘美な世界に誘う。
我慢できなくなった私は、押さえられていた手を振りほどくと、慌ててエマの体に巻き付けて自分の体に引き寄せる。
近付いて来る、燃えるように赤く柔らかい二重の葉。
待ちきれない私は、自らも頭を上げ、貪るように吸い付き舌を伸ばす。
直ぐにそれに応えて絡めてくれるエマ。
エマが激しく吸う。
私も。
まるで呼吸をすることも忘れたように、お互いがお互いを貪り合う。
ようやく唇が離れたとき、静かな夜の部屋にはハアハアと言う荒い吐息の中、私たちはいつまでもお互いを見つめ合ったが、もう一度そして今度はゆっくりとエマの体に抱きついた。
「どうしたの」
私の瞳に溜まり始めた涙の香りに気付いたエマが、優しく声を掛けてくれる。
「離れたくない。いつまでも一緒に居たい」
髪を優しく撫でられ、堪えていた涙がとめどなく流れ落ちる。
私は、その優しさに甘えて、いつまでも泣き続けるだけ。
エマは余計な事は何も言わず、ただ「いつまでも一緒よ」と言って私を包み込んでくれていた。