【偶然に出会う確率③(Probability of meeting by chance)】
「これからどうする?」
「リビアの時の様に即応部隊が居る訳ではないから、なるべくお互いに離れない方が良いだろう」
「じゃあ釣りね」
「男釣りか?」
「アンタねぇ!」
揶揄ったトーニに、珍しくエマが噛みついたので慌てて仲裁に入る。
とりあえず近くのフィッシングショップで3人分のロッド(釣り竿)とリールを揃え、ルアーは幾つもの種類がケースに入ったセットものにした。
釣り道具を揃え、早速川に行く。
「ところで、コレ沢山あるけれど、どれがいいんだ?」
「えっ!?まさかアンタ、ルアーフィッシング初めてじゃないでしょうね」
「初めてだけど、なんで?」
トーニの実家はローマの北西にある地中海沿いの町サンタ・マリネッラ。
しかも家の直ぐ目の前には、地中海の絶景が広がると何度か聞いたことがある。
「でも釣りは、子供の頃からしていただろう?」
「うんにゃ、していない」
「どうして?普通男の子なら釣りぐらいするでしょう!?」
エマが呆れて聞くと「特に自分で釣らなくても、近所の人が釣った魚を沢山持って来てくれるから」と言った。
「それは食料の為でしょう!遊びの釣りはしないの?」
「遊びの釣り?魚の命を奪ってしまうのに?」
「リリースすればいいのよ!」
「つまり傷つけるだけで命は奪わないって言う、偽善行為か?」
“傷つけるだけで命は奪わない……偽善行為……”
トーニの言葉が心臓をエグル。
ザリバンでの戦い以降、私は敵を殺さない方法を出来るだけとってきた。
しかし怪我をする以上、日常的な生活に支障は出るはず。
中には以前の様に体の自由が利かず、気が滅入ってしまい自殺した人も出て居るかも知れない。
トーニが言う通り、私が行ってきたことは、単なる偽善行為なのかも知れない。
「なっ、なに言っているのよ!チャンとした技術があればリリースされた魚が死んだり傷ついたりすることなんて殆どないわよ!そりゃあボーっとしてルアーを飲み込ませてしまっては、魚も傷つくでしょうけれど、それをさせないようにするのがレジャーやスポーツとしてのフィッシングよ!」
「そ、そりゃあそうだ。きゅ、急所を外しさえすれば傷だって直ぐに癒える。要は、相手を傷付けないように意識する事が肝心だ。お、俺としたことが迂闊だった。すまねえ」
私の考えていることに気付いたエマがトーニに言うと、トーニも直ぐに気付いて気を使ってくれた。
「すまない私の為に」
「ナトーのため?なに言ってんだ?魚の為だろう。なあ、エマ」
「そうそう。魚のため。さあ、とりあえず川で魚を釣りましょう」
いつもながら優しい友を持って、私は幸せだ。
結局、3人とも魚を釣る事は出来なかった。
やはり、それなりのテクニックと経験が無ければ、出会う確率は低いと言うことなのだろう。
道具を洗って部屋に戻り、もう一度軽くシャワーを浴びてから食堂に向かう。
「いい、私たちはパリから来た従兄同士と言う設定よ」
ブリュネット(栗毛)のエマに、黒髪のトーニ、そしてアッシュブロンドとトーニは呼んでくれるけれどアルビノの私では、どう見ても従兄は似合わない。
「親戚よりも職場の仲間の方が良いんじゃねえか?」
トーニの言う通りだと私も思ったが、エマに強く否定された。
「駄目よ。職場の仲間だと必ず上下関係や恋愛関係があるはずで、初対面の相手は先ずその関係を確かめる必要があるわ。でも従兄同士なら、そう言った事は何も気にすることは無い。それぞれ結婚した親の関係で済むはずよ」
「じゃあ俺の父ちゃんはイタリアの黒髪の母ちゃんと結婚した」
「私のパパは、3人兄弟の長男で地元のママと結婚して、3番目の弟はイラク人女性と結婚してナトちゃんが生まれた。いいわね」
こうして即席の従兄が完成して、私たちは食堂に向かった。
食堂に入ると宿泊客の他に、あの3人の姿も食堂の端に見えたが他に4人居て、彼らは4人掛けのテーブルを2つ繋いで食事をしていた。
直ぐにあの3人が私たちに気付き、仲間たちも振り向いた。
エマの作戦通り、彼らに強烈なインパクトを与えたようだ。
エマが見ている彼等に手を振ると、向こうもニコニコしながら手を振り、エマが私の耳元で小さな声で「成功ね」と呟く。
「腹減ったぁ、何を食べようか?」
楽しそうに料理を選んでいるトーニのメニューを取り上げて、エマがボーイに注文を始めた。
「おい、俺にも選ばせろ!」
「駄目よ、今日は私の活躍が一番大きいんだから、私が選ぶのよ!」
「えっ!?エマの活躍って、いったい何したんだ?」
「ナトちゃんのセクシーショットを、あいつらに見せつけたのよ」
「なっ、ナトーのセクシーショット‼?」
驚いて声を上げたトーニの口を押え、“嘘だ!”と嘘をついてしまった。
純真なトーニの前では、いつまでもトーニの思う様な私でいたいから、あのような破廉恥な格好を彼らに見られたなんて思われたくない。
それに、そんな事を知れば、トーニは彼らを敵視してしまうだろう。




