【スイカ割り③(Watermelon split)】
いくらワザととは言え、エマに向かって棒を振り上げる訳にはいかないから、右に90度向きを変えた。
「隊長、そっちじゃありませんぜ、もっとこっちこっちでさあ!」
モンタナの声に、一瞬“もっと正確な座標を伝えろ!”と言いそうになってしまったが、これは“遊び”だと自分に言い聞かす。
それにしても位置が分っているのに、遊ぶのは辛い。
……いや、はたして、そうだろうか?
もし回されていた時に、スイカの位置を替えられていたとしたら。
あり得なくもない。
私を回すためにカール達の出す大声と砂を踏む音、そしてギャラリーの歓声があれば、私に察知されずにスイカを移動させるのは左程難しいことではない。
「右、右!」
「左、左!」
「真直ぐ!」
「チョイ左に平行移動!」
皆が思い思いに声を掛けながら、私をスイカに導く。
そのうち何人かは、嘘を言っている。
スイカが移動していると仮定すると、今の私にはもう正しい位置は掴めない。
桃やメロンの様に独特の甘い匂いを漂わせてくれるのであれば、風向きを頼りに位置を特定する事は容易だが、相手はスイカ。
割れる前のスイカはウリ科の植物だから、基本的には同じウリ科のキュウリと似た匂いがするはず。
匂いを確かめようと集中するが、シャワーを浴びていない男たちの匂いや、ゴミ処理場にもっていっていないムール貝の殻やトラウトの匂いが強過ぎて分からない。
頼りになるのは味方の声と言うことか……。
「右、右!」
「左、左!」
「前、前!」
「違う、後ろ、後ろ!」
皆が口々に勝手な事を言っているが、明らかに嘘を言っている奴は直ぐに分かった。
カールとフランソワとシモーネ、それにエマの4人。
他の者たちは大体、同じ位置に私を導こうとしているが、この4人の指示には一貫性がない。
何故かトーニの声だけが地面近くから聞こえて来るが気になるが、問題なのはその導こうとしている位置。
各自が自分目線で右だの前だのと、教えてくれているが、正確に教えるのであれば“右に何度、前に何m”と数字で表して欲しい。
……いや、これは“遊び”だ。
導かれるまま、進もう。
「もうチョイ右!」
「もう少し前!」
なんだ、やっぱり最初の位置のままだったのか。
誘導されるまま、棒を振り上げた。
「わーっ!やめろ!もう少し右右!」
さっきから気になっていたトーニ声に危機感が漂う。
「そこそこそこ!」
「イケイケ!」
「ダメだって!」
“ふふふっ、誰が嘘を言っているか分かっちゃった♪”
棒を思いっきり振り下ろす。
「ギャーッ‼」
「アーッ‼」
トーニの悲鳴と皆の声。
パコーン。
スイカを食べながら、花火を楽しむ。
「どうして分かった?」
「トーニの声だけ、一際地面に近い所から聞こえていただろう。それに」
「それに?」
「私がクルクル回されているときに、トーニの“痛い”って言う声が聞こえたから」
結局、トーニ以外全員が嘘を言っていて、移動したスイカの隣に寝かされているトーニに私を誘導していた。
もちろんトーニは棒で打たれても良いように、チャンと工事用のヘルメットを被っていた訳だけど、そのために少し籠ってしまった声も違和感があり有効な判断材料になった。
まあヘルメットを被っていなくても、トーニの声でも分かったし、例え口を塞がれていたとしてもその息づかいとか、心の声で分かる自信はあった。
「面白かった?」
「うん。凄く」
エマに聞かれて、嬉しくなって答えた。
最初は正直つまらないかもって思ったけれど、最後の20cm差がとても面白かった。
結局、スイカはトーニと、すり替えられていて、私はそのトーニの頭を目掛けて棒を振り降ろすと見せかけて当たる直前で棒を止めて横に20cm移動させてスイカを叩いて割った。
私を嘘の目標に導いていた皆も、最後は慌ててくれたのが嬉しかった。
だって、いくらヘルメットを被っていても、仲間が打たれるのは嫌でしょう?
もちろん私だって、いくら遊びとはいえ、間違えても仲間は打ちたくなない。




