【謎の女③(who is she?)】
「黒のマイバッハは偽造ナンバーだったわ」
翌日の朝、ウクライナ警察とフランス大使館で調査をしていたエマが戻って来て教えてくれた。
“何故、朝帰り??”
エマの艶々の肌と張りの良い声で、何をしてきたのかは直ぐに分かったが、それはプライベートな事なので黙っていた。
「ナトちゃんが教えてくれた女の特徴と、似顔絵をもとにDGSEで捜査を始めたほか、イギリスのMI6(エムアイシックス=秘密情報部)やドイツのMAD(マッズ=軍事保安局)アメリカのCIA(アメリカ中央情報局)は勿論、ヨーロッパや中東各国の諜報機関に要請を掛けておいたわ」
「凄いわね」
「要請をかけても、パイプが無かったら、こっちの情報をただバラ撒くだけになるぞ」
読んでいた書類を片付け終わり珈琲カップを手に取った、ハンスが渋そうな顔で言った。
「大丈夫、パイプは確りあるはずです。もっとも先方がパイプカットしていなければの話ですが。ウフッ♡」
エマが凄く楽しそうに私に笑顔を向けて部屋から出て行く向こうで、ハンスが咽て飲みかけた珈琲を吹き出してしまい、私は慌ててハンカチを持って拭きに行った。
ハンスのズボンに掛かった珈琲を拭きとってあげて、指令室を出るとエマが待っていた。
「チャンと中まで拭いてあげた?あら、着替えていると言う事は、もしかして白いの掛けられちゃった?」
「ハンスはそんな事は、しない!だいいち仕事中だ」
「折角、いいシチュエーションを作ってあげたのに。それにしては時間が掛かったわね。……でも、なんで着替えたの?」
「休暇を取るように言われた」
「そうね。今まで休暇も取らずに働きづめだったものね」
「休暇はチャンと取っていた。だけど屯所から出ないでいたから、事件の際に出動していただけだ」
「それは、休暇ではなくて待機と言うのよ」
「分かっている」
「と、言うことは、追い出されたのね」
「そう言うこと。外に出ろってさ」
そこまで言った途端、急にエマが下腹を抑えて苦しみ出した。
「ど、どうしたエマ!」
「イタタタタ」
「生理痛か?」
「わかんない、流産かも」
「流産!??早く病院に行かなくっちゃ……」
「わかった。ハンスに許可を貰って来る!」
慌ててさっきまで居た指令室に飛び込んで、エマが大変だと言う事を告げると「連れて行ってやれ」と、車のキーを投げて渡された。
直ぐに車に乗り込み、エマの元へ行く。
エマはまだ、お腹を押さえてしゃがんだまんま。
「大丈夫!?早く乗って」
自力では難しいだろうから、抱きかかえるようにして後ろ座席に寝かせて車を出発させようとすると、軍服のままは嫌だから着替えを取って来てと駄々をこねられた。
軍服のままホテルには入れるくせに、病院は嫌だと言うエマが可愛いと思い、言うことを聞いてあげる。
エマが用意させたのは、デニムのショートパンツに、ディオールのロゴ入りシャツ、クリスチャン・ルブダンのベージュのメッシュ網ショートブーツと、靴と同色のイブサンローランのショルダーバック。
病院に行くのに、こんなにオシャレして行く必要あるのかと、ふと思ってしまうのは私だけ?
車に戻って運転しながら、その事を言うと
「そうかなあ、別に知らない人と会うのなら、お互いさまで誰も気にしちゃいないだろう?」
「そう、それ!ナトちゃんのそう言うところが駄目なのよ。女の子はどんなに歳をとっても、どんなに貧しくても、人前に出るときオシャレは欠かさないものよ!アンタみたいに軍服がびしょ濡れだからって、人に借りた服を着たまま外出できる神経が分からない」と怒られた。
たしかに、そう言われたら、そうかも知れない。
今私が来ているのはトーニに借りた綿パンに、シャツ。
さすがにブラとショーツだけは、近くの雑貨屋で新しいものを買って身に着けているが、そうか!外出するときにトーニに一言ことわっておくべきだったのか。
「違うよ」
考えていたことを口に出してもいないのに、後部座席のエマがタイミングよく言った。
「何故?」
ルームミラー越しに目があった。
「戦闘中の心は何一つ読めないけれど、休日の気の抜けたナトちゃんの心の中は、しゃべらなくても手に取るように分かるわ」
「そんなに!?」
「そう、そんなに。まるで子供みたいにね」
ふう……なんとなくサロンで良く揶揄われる訳が分かったような気がする。
「ところで、病院は何所で診てもらうの?総合病院?それとも産婦人科?」
病院を聞くと、何故かエマが驚いた顔を見せた。
何かと思って聞くと、病気はフェイク(偽=仮病)だと言われた。
私が驚くと、本物の銃を持った敵と玩具の銃を持った一般人を一瞬で見分けられるのに、なんでこんな簡単なフェイクを見破れないのかと更に驚き返されてしまう。
たしかに休日の私は気が抜けているに違いない。




