【新たな出発②(New departure)】
オルレアンからパリに向かう。
特急には乗らず、普通電車に乗った。
LéMATの仲間が待つパリに少しでも早く帰りたい気持ちと、サン・シールで過ごした6カ月間の思い出に浸りたい気持ちが交錯して、今はこの6か月間の事をゆっくり考えていたい気持ちを優先させた。
部隊に戻れば、もう思い出に浸っている時間などないから。
何故人々は学校に行くのか?
コンピューターやスマートフォンなどの情報端末が行き届いた世の中ならば、積極的に通信教育に取り組んだ方が良いのではないかと思っていた。
通信教育なら、学校へ通学する行き帰りの時間が節約されるし、お互いの出会いが無いので虐めや感染症の問題もクリアできる。
校舎と言う建物も、広大な土地の必要もない。
学校を羨ましく思いながらも、学校に通ったことのない私は内心そう思っていた。
しかし、それは違った。
学校がただ単に勉学を習得するだけの所なら、私の考えは有っているが、現実は違った。
仲違いしているメリッサ、ステラ、カーラの3人の中に、急に部外者である私が入ったことで人間関係は良くなった。
メリッサたちは私が入ってきてくれたおかげだと言っていたが、それは違う。
私が入ったところで3人に、現状を良くしたいと言う気持ちが無ければ、何も変わらなかっただろう。
つまり私と言う存在は、ただの切掛けに過ぎない。
だけど、それは何よりも尊い切掛けだったのだ。
家庭という小さな社会から、世の中という大きな社会へ出るために、人々は学校と言うある程度決められた年齢層の集団に揉まれながら来るべき時に必要な“社会性”を身に着けるのだ。
そして、そこで培った人間関係は時間に比例することなく深く繋がっている。
あと数年……いや数十年後に実際に私たち4人が四銃士の様にお互いの絆のために力を合わせる日が訪れる。
私は、その日のために精一杯皆の力になれる様に頑張っておかねばならない。
いつの間にか車内で寝ていた。
「……」
「Un client mignon. Je suis arrivé à Paris(可愛いお客様、パリに到着しましたよ)
「EMMA!(エマ!)」
私を起こしてくれたのは、鉄道乗務員の服を着たDGSE(対外治安総局)のエマ少佐。
リビアで一緒に組んで以来、幾度も一緒に仕事をした俺の大親友。
私は誰も居なくなった車内で、思いっきり抱きついてキスをする。
何度も何度も。
エマもそれに応えて、強く抱きしめてくれる。
もー服なんて脱いじゃいたいほど体の芯から情熱が溢れ出る。
「どうしてわかったの?誰にも伝えていないのに」
「簡単、鉄道の監視カメラシステムにナトちゃんの情報をインプットしておいたから」
「監視していたのね、酷いな!」
「だってDGSEなんだもの」
「ひょっとしてサン・シールも?」
「いや、あそこはセキュリティーが厳しいから無理」
「でも、システムには入ったんでしょう?」
「まさか、レイラが居なくなったのに、そんなこと私一人じゃ出来ないわ」
「ニルス中尉に頼めば、なんてことないよね」
「……ま、まあ」
私はエマをリクライニングにしたシートに押し倒し、上から覆いかぶさるように問い詰める。
「駄目よ。気になるからって、人のプライベートまで覗いちゃ」
「ゴ、ゴメ……」
私は謝ろうとエマが口を突き出すタイミングを狙って、その唇に自分の唇を被せた。
コンコン。
ホームを巡回していた駅員が、咳払いして窓を叩く。
私は振り向かず、エマに当てた唇に夢中のまま、片手でブラインドを降ろした。
「何か変わったことはあった?」
「今まではなかったよ」
「今まで、って?」
エマのプジョーで部隊に向かう。
「だって、ナトちゃんが帰って来るんだもの、何も起こらないはずないでしょ」
「そんなにわたしは問題児ですか?」
「あら、珍しいわね。“わたし”だなんて」
「だって、もう軍曹じゃないんだもの。一番下端の将校なんだから、少佐にはチャンとした言葉を使わなくちゃ」
「一番下の将校?」
「えっ、なに?違うの??だって、合格したって言っていたよ」
エマが連絡してくれたのだろう、車が正門に着くと、そこにはLéMATの皆が出迎えに出てくれていた。
ハンス大尉、ニルス中尉、マーベリック中尉、軍曹になったモンタナ、伍長になったブラーム、トーニとフランソワ兵長に上等兵のジェイソン、ボッシュ、若い1等兵のハバロフ、メントス、キース。
半年ぶりに見る懐かしい顔。
私はエマに促され、その笑顔の輪の中に飛び込んで行った。
 




