【謎の女①(who is she?)】
「ところで、何故敵の攻撃を事前に察知した?まさか勘ではないだろう」
次の日、地下司令部に呼ばれて、ハンスに事情を聞かれた。
何を思ったのか、他の者はシャットアウトして2人きり。
でもハンスの真剣さに押されて、邪推な感情の芽は伸びてこないからドキドキもしない。
これは事実をありのままに述べ、それを元に検証する査問委員会なのだ。
「ある女がヒントをくれた」
「女?それは一体誰だ」
「分からない」
「どこであった」
「昨日の教会」
「あの事件現場になった教会か?」
「そうだ」
ハンスは腕組みをして少しの間考えた後、携帯を取り出してエマを呼んだ。
まるで待っていたかのように、直ぐにエマが入って来た。
「あら、そっちから呼び出すだなんて、お邪魔じゃないの?それとも新しいプレイ?」
「くだらん冗談は止せ」
「真剣ね……で、何の用?」
エマが、つまらなそうに私とハンスの間に座る。
「女がいた」
「誰に?」
「誰にじゃない。その発想は封印しろ」
「……了解」
エマが私を横目で見て、舌を出して戯けてみせる。
屹度今までの一連の冗談は、私の緊張を和らげるつもりでしてくれたことなのだろうが、私は緊張などしていない。
「で、教会にいた女から、どんなヒントをもらった」
「先ず彼女は喪服を着て現れた」
「教会だから喪服を着ていても不思議はないだろう」
「私も、そう思っていたが、何か違和感を覚えた」
「違和感?具体的には、どういうことだ?」
「履いている靴が、白のクリスチャンルブタンだった」
「まあ、お葬式なら普通、白は履かないわよね。ましてクリスチャンルブタンだと、靴底が赤色で派手だし」
「しかし、女は葬式ではなくて、礼拝に訪れたんだろう?この後に何処かによることも考えれば……ひょっとして色の組み合わせか!?」
「そう。喪服の黒と靴の白、そして靴底の赤を並べるとドイツ帝国の国旗になる」
「ドイツ帝国と言えば、第2次世界対戦でナチスが愛用した旗印ね。国防軍のヘルメットには斜めにカットされた、この模様が付いていたわ」
実は、そのときはそこには気付かなくて、ただ喪服が何故かナチスの軍服に思えただけ。
しかし、そう思ったのは……いや、そう思わせさのは彼女が私に、そう思わせる色の演出だったのではないだろうか?
「じゃあ、ネオナチの一味なのか?」
「わからないけれど、違うと思う」
「何故?」
「彼女はリラの香水を付けていたし、帰る時マリア像にリラの花を添えていた」
「リラって、ライラックのことか。何故それが関係ある?」
腕組みをして渋い顔をするハンスに、閃いてスッキリした顔のエマが答える。
「リラの花言葉は“思い出”“友情”“恋の芽生え”“初恋”“青春の喜び”“無邪気”と、良い事ずくめだからよ。ネオナチの一味は、スパイ容疑であの教会を襲ったのだから、そんな良い花は送らないわ」
「それは花言葉を知っている。と言う仮定に基づくものだろう?」
「まあ、それは、そうだけど」
たしかにハンスの言う通り、エマの言ったことは仮定に基づくものだが、今回敵の攻撃を察知できたのも全てはこの仮定が元になっている。
「彼女のメッセージは花言葉に隠されていたと思います」
「どういう事だ」
「どういうこと?」
2人が驚いた顔で私を見た。
「私が帰る時、車のワイパーにシャクナゲが挿してあった」
「シャクナゲ!?」
「そう。 そしてシャクナゲの花言葉は“威厳”“荘厳”“危険”などですが、英語圏では“危険”“用心”“注意する”と言われています。そのシャクナゲがワイパーに挿してあったと言うことは、雨に関係するものだと私は思いました。そして当日は珍しく低く厚い雲に覆われていました」
「つまり無人偵察機の目が雲と雨により塞がれている時が危険だと?」
「そういうことです」
「しかし何故、女はそれをナトーに伝えた?」
「分かりません」
「なるほど、それで私を呼んだ訳ね」
そう。
エマはDGSE(対外治安総局=フランスの政府機関で諸外国の政治的・軍事的な諜報活動を行う組織)
「そのとおり。ナトー、その女の車やナンバーは覚えているな」
「はい」
「あと、その女性の特徴も詳しく教えて頂戴。何かの事件で引っかかるかも」
「わかった」
 




