【嵐の後②(After the storm)】
結局壁が抜けていたために私の服は全部びしょ濡れだったので、窓が割れただけの被害に収まっていたエマの服を借りることにした。
エマのブラはアンダーが大きすぎて合わなかったので、伸縮性のあるヨガウェアーを着て、その上から白のカッターシャツを着た。
「あら、まるで彼氏の家にお泊りした朝みたいね」
「だってエマのほうが、背は高いから当たりまでしょっ」
身長181cmのエマのシャツは、176cmの私にとってはワンサイズ大きい。
身長188cmのハンスのシャツなら、更にもうワンサイズ大きくなるんだなと密かに想像しているところでエマに笑われた。
「ナトちゃんたら上から着る派なのね。子供みたい」
「どうせ子供ですよーだ!」
アカンベーをして下も着替える。
さすがに親友と言っても、パンツだけは共有したくなかったのでエマに了解を取りスパッツを直に履き、その上からショートカーゴパンツを履き、靴は自分のスニーカーが濡れていなかったのでそのまま履いた。
男性陣は宿舎の窓ガラスが割れた程度だったので、皆着替えて既に後片付けの作業を始めていた。
遅ればせながら私も作業に入ると、カールがヒュ~っと口笛を鳴らし「生足ぃ~」と喜んでいた。
昼前にはガラス屋や水道工事業者、電気業者に地元の大工さんが来てくれて壊れたものを直すために力を貸してくれた。
作業合間に私はクリーニング店に電話をして、濡れた衣服を全てクリーニングに出した。
夕方には割れたガラス窓の修理は終わったものの、水道や電気の復旧はまだだったので給水車から男子寮と女子寮の配管に直接繋げて水が出るようにしてくれた。
食堂が壊れていたので、夕食は壊れた建物の木々を集めて火を付けて、それでお湯を沸かしてレーションを温めて食べた。
「火が小さいけれど、まるでコレージュ(※1)の時に行った“山の学習(※2)”みたい」
(※1コレージュ=フランスの学校制度で日本の中学にあたり、基本11歳から15歳までの4年間の義務教育期間)
(※2山の学習=自然豊かな山に入り、調理学習や、キャンプ ファイヤーなどを楽しみながら集団生活の学習を行う)
「最後の晩に行われるキャンプ ファイヤーが良いのよねえ」
「キャンプ ファイヤー?」
懐かしそうな表情をするエマには、なにかこのキャンプ ファイヤーで良い思い出があったのだろう。
私だって図書館にある百科事典で読んだから言葉の意味は知っているが、それが大人になっても楽しい思い出になるものとは思えない。
ボーイスカウトなどでは「営火」と言われ、野営の際に火を炊いてコミュニケーションゲームなどをして友情を育むためのもので、祭事などで火を焚く行事とは異なるが結局ただの野営ではないか。
「エマ、ナトーはコレージュには行っていねえんだから、そんなふうに1人で思い出に浸ってニヤニヤしていても何も伝わらねえぞ」
「トーニの言うとおりだ。屹度ナトーの頭の中じゃあ、図書館の百科事典を読んで得た知識だけがグルグルと周って、いるだけで俺たちのような思い出はねえんだよ」
「そう言やあブラーム、お前はキャンプ ファイヤーの経験はあるのか?」
「一応はあるけれど、親戚中をたらい回しにされていた俺には、そうそう良い思い出は無いな」
「そうか……」
「じゃあ、どう?ナトー隊長と、ブラーム兵長のために今夜は、あの頃に戻ってキャンプ ファイヤーを楽しんでは」
「おー!カール。おまえ意外に頭がいいな」
「元医者だからな」(←元医者かどうかは不明。確実なのは元金庫破りだった事)
「だが、昨夜敵の攻撃があったばかりで、ここで大きな篝火を焚くのは危険じゃないか?」
マーベリックが将校らしい意見を出し、キャンプ ファイヤーの是非はハンス司令に委ねられることとなった。
ハンスは「10分待て」と言って、難しい顔で無線機を取り、あちこちとやり取りをしていた。
私達全員が、そのままレーションを食べながら、耳を立てて事の成り行きを注意深く観察している。
「了解、では20時から21時の間だけ頼む。協力感謝する」
ハンスの声に、クククッと嬉しさを堪え切れずに漏れ出る笑い声が聞こえた。
「いいか、これから30分後の1時間だけレーシ中佐を中心とするウクライナ軍と、スタンレー中尉のSEALs1個小隊、それにアメリカ軍のMQ-1 プレデター2機が基地周辺を徹底的に警戒に当たるから、今度会う機会があったら感謝の言葉を添えて挨拶しろよ」
「やったー!!」
この言葉が終わるのを待ちきれなかったようにハンスが言い終わった直後、まるで子供のような完成が一斉に上がり、即座に主要な役割が決まる。
先ずキャンプ ファイヤーの司会進行役を務めるエールマスターにはトーニ兵長が決まり、火の管理をするファイヤーキーパーにはマーベリック中尉、そして点火の儀式を担うファイヤーチーフにはハンス司令が決まった。
更にトーニの発案でファイヤーチーフともうひとり、点火の儀式に火の女神を加えることに成り、その役を私が任されることになった。
その名はギリシャ神話に登場する炉の女神ヘスティア。
「戦略の神アテナの次は、ヘスティアなのね。彼って、どんだけ夢を追っているんだか」
「なんで?」
「だって、アテナもヘスティアも処女神よ。ナトちゃんは、もう処女じゃないのにねっ」
「エッ!?エッ!エッ??」
「えっ!?違うの?」
「知らない!」




