【教会と、そこに居た女②(The church and the woman there)】
白いハイヒールは靴底が赤いのクリスチャン・ルブダン。
エマのお気に入りのブランドと一緒だから直ぐわかった。
そこから白いストッキングに包まれた細く美しい脚が、フワッと広がった黒色の膝丈のスカートの中に吸い込まれて行く。
広がったスカートの裾は、括れを強調するためだったように腰のところで急に細くなる。
胸のラインは左程目立たないが、フロントラインを強調するように大きめの銀ボタンが4つ。
このボタンはスカートのポケットにも左右2つずつと、袖には少し小さいものが4つずつ付いて黒一辺倒の地味な喪服に洒落たアクセントを付けている。
肩のラインはキリッとしていて、喪服には珍しく襟が立っている。
顔は女優さん。
スタイルは、まるでファッションショーで活躍するモデルさんの様。
マオカラースーツに似ているが襟の立ち方はもっと鋭敏で、まるでナチスの親衛隊上級将校の様な印象を与えるのは、この女性の本性が攻撃的な一面を隠し持っているからなのではないだろうか。
頭の後ろで一旦まとめられた純金の長い髪が、黒い喪服の襟飾りの様に綺麗な模様を描く。
色の白い顔に赤い口紅が映え、ツンと高く尖った鼻先が人を寄せ付けないような高慢な印象を与える。
大きな2つの目は、両方ともアクアマリンのようなブルー。
身長は170㎝弱といったところで、年の頃は20代半ば。
人を寄せ付けない印象以外は、どことなくユリアに似ている気がする。
喪服の女はドアを開けると一旦立ち止まっていたものの直ぐにカツカツと、まるで軍靴のような足音をさせて近付いて来て一瞬敵なのかと思ったが、イエス様の前の席に座りお祈りを始めた。
この人と一緒に居たいと、ふと思ったが、作業の為に汚れた服を着た私とでは合わないと思い、外で作業の続きをするために女の横を通りドアに向かった。
「待って!」
通り過ぎた時にリラ(ライラック)の香りと共に、声を掛けられた気がして立ち止まり女を見た。
どこかで見た様な後ろ姿は、振り向かず、お祈りを続けている。
“気のせいか……”
初対面の女性に声を掛けられる理由もない。
何故か後ろ髪を引かれる様な思いを感じながら、外に出てしまった。
教会の外に出た途端、太陽の光が眩しくて押し戻されそうになる。
あまりの眩しさに、教会の中を振り返ると、あのマリア像が「行け」と言う様に暗い中でクッキリと浮かび上がっていた。
その傍らで喪服の女はまだお祈りを続けていて、私はマリア様に促されるように外に出て作業に戻った。
作業に戻って暫く経った頃、あの喪服の女性が教会から出てくるのが見えた。
気になって盗み見る私とは違い、相手は私などまるで居ないかのように脇目もふらず車に向かってゆく。
車は黒のマイバッハ。
若いのに、凄い金持ちだ。
花壇の花を整え、直した柵にペンキを塗り、散らかっていたものを全部片づけ終わる頃には怪我をした神父を乗せた奥さんの車が帰って来た。
「まあっ!見違えるように綺麗になったわねえ!」
「ああ。まるで昨日の事など、無かったみたいだ」
荒らされた庭が、すっかり綺麗になったのを夫婦共々、とても喜んでくれた。
「それでは私は、このへんで失礼します」
「あら大変!夕食を一緒に食べましょうと思って、お買い物をしてきましたのに。質素かも分かりませんが美味しいお料理を用意しますので、是非召し上がって帰って下さいな。あらやだ、お約束がありますの?」
「いえ……特に……」
まさか今更、基地司令官から、夕方には戻るように言われたなどとは言えず。
かと言って、気の利いた嘘も思い浮かばない。
「家内も私も楽しみにしておりますので、遠慮なさらずに是非」
結局、断る理由も見つからないまま、夕食を御馳走になる事になった。
家に連絡をしておくと言って携帯でハンスにその旨を伝えると“気を付けて帰って来い”と、呆気なく承諾してもらい少し気が抜けた。
衣服に着いた泥を落とし、教会の中に入るとまたリラの香りがした。
「まあ素敵!リラの花。これも貴女が!?」
見ると、祭壇の隣にあったマリア像の所に、紫色のリラの花が鮮やかに飾られていた。
「いえ」
「誰でしょう?」
屹度、あの女に違いない。
喪服を着た若い女性が礼拝に訪れた事を伝えたが、奥さんも神父も知らない人だった。
料理ができるまで、マリア像の傍に居た。
ハイファに似ている、そしてあの女にも。
あの女は一体誰!?
胸騒ぎがするほど危険な香りがする反面、ふかふかの毛布の様に優しく温かい。
そんな不思議な女性。
決してもう会う事などないと思いながら、なんとなく会わなくても今まで共に歩いて来た様な気がしてならない。
「who are you……」
リラの花に飾られたマリア様に、そっと聞いてみた。




