【弱い者いじめ③(Bullying the weak)】
「そうだ。先に撃たれたんだから、お返ししないと……だから、先に1発撃っても良いよね?」
私はそう言って一旦トーニに目を向けてから、銃を構え、狙いを定める。
カチッ、カチッ、カチッ!
忙しなく男がトリガーを引くが、いずれも不発。
「私が先に撃つと言ったのに、先に撃とうとしちゃ駄目じゃないか。不発だったけれど3発撃ったのはカウントしておくぞ。あー、それと不発の原因は弾倉が緩いのかも。チャンと確認してからトグルを一旦引かないと撃てないぞ。ではお先に」
男に銃を向けて引き金を引く。
パンッ!
音がして暫く経つと、リーダーの男のズボンから水が滴り落ちて来た。
恐怖による“失禁”。
実を言うと私は撃っていなくて、撃つ真似だけしてみせた。
他の誰も撃ってはいない。
私の目の合図に気付いたトーニが、手を打っただけのこと。
そして奴の拳銃が弾を打ち出せなかったのは、奴が私の胸倉を掴んで1発目を撃ったとき時に拳銃を持ち上げた手で一瞬だけマガジンリリースボタンを押してブローバック後に給弾出来ない様に弾を離しておいたから。
勿論奴の手を離すときには緩んだマガジンを、掌で再び押し込んでおいたから奴には分からない。
つまりリーダーには、こういうふうに“お仕置き”をすることを最初から決めていたのだ。
男は失禁によりできた水たまりを隠す様に、力なくその場にしゃがみ込んでしまった。
「おい、警官。仕事だぜ!」
全てのネオナチが倒れた頃合いを見て、カールが遠巻きに見ていただけの警官を呼ぶ。
「いいか、俺達は銃を向けられた。しかも奴等は予め犯罪に使用する目的で銃を隠し持ってきて、一般人を相手に抵抗すれば射殺すると言っていたから銃の不法所持と殺人未遂、まあそれに何の根拠もなく教会に押し入って人を殴り、物を壊したとあれば住居不法侵入や暴行、器物破損罪も提要されるわな。それにお前らの職務怠慢も加わる。いくら嘘をついても無駄だぜ、このビデオが全てお見通しだからな」
珍しくカールが警官に辛辣に当たる。
無理もない。
彼はポーランド人だから、ナチスなど好きになれる訳もない。
それを遠巻きに見過ごしていた警官も、カールが言う通り“職務怠慢”以外のないものでもない。
「大丈夫ですか?」
倒れている40代の女性に声を掛けた。
ネオナチの男たちに蹴られたのか、エンジのロングスカートの何カ所かが汚れている。
「はい、有り難うございます……」
女の人が言い籠る。
「どうしまいした?」
「いえ……私たちを助けた事で、部隊に戻った貴女が、隊長さんに怒られるのではないかと思いまして」
「怒られないと思いますが、どうしてそう思うのです?」
「だって……」
「?」
「貴方たちはこの国から、ロシア人を排除するために来たのではないのですか?」
「!?」
衝撃的な言葉だった。
たしかに私たちのターゲットはいつもロシア人だ。
テロリストも、リトル・グリーンメンも。
ただし、ロシア人を排除しに来たわけではない。
しかし、彼女たち善良なロシア人が、その事で肩身の狭い思いを強いられていることなど考えも及ばなかった。
私たちが捕えれば捕えるだけ、ニュースに上がる名前はロシア人。
これでは、毎日のニュースを見ているだけで“ロシア人”イコール“悪い者”と言う図式が自然に出来てしまう。
決してネオナチの様に、偏った考え方をしていなくとも、そう思わない方がおかしい。
“なんてことだ……”
自分のしてきた事に愕然とする。
なにがEMAT(陸軍参謀本部)の狙っている優秀な隊員だ……なにが戦略の神アテナだ……。
私は子供の頃から何も変わっちゃいない『グリムリーパー(死神)』のまま。
両親が死んだのも、義母のハイファが死んだのも、その弟で叔父にあたるバラクが死んだのも全て私のせい。
「大丈夫ですか?」
「あっ、すみません少し気が抜けてしまった」
「顔色が悪いわ。貴女、チャンと休んでいる?お仕事が大変なのは分かるけど、自分の体も大切にしないと」
「あっ、はい。ありがとう」
女性が離れて行き、入れ替わりに救急車が来た。
「おーい!こっちこっち! そっちは、どうするって!?こいつらは犯人だから後で良い。先ずは、こいつらに乱暴された被害者の方が先だ」
カールが救急車を誘導して、被害に遭った女性や子供たちを救急車に案内する。
トーニは教会の中から乱暴に運び出された物を片付けている。
私も何かしなくては。
止まっている場合ではない。
慌てて体を起こし、トーニ―を手伝って教会から運び出された物を運び入れた。
特別大きな教会ではない。
どこの街にもある何の変哲もない小さな教会。
それでも一旦足を踏み入れると、その中は厳かな雰囲気に包まれていた。
何か強烈な光を浴びて立ち止まると、何かガラスのようなものが直接日の光を浴びて反射していた。
その強い光の元になっているは、壁の上部にあるステンドグラスの一部が割れていて、そこから埃まみれの部屋に光の筋を引いている。
私は何故か、その筋になった光に反射して強い光を放っているモノの正体が知りたくて、いつの間にか光に導かれるように歩き出していた。
コトン、コトン、コトン。
何台もの救急車やパトカーが来て賑やかなはずなのに、いまの私には自分の足音だけが聞こえる。
光を反射していたモノは、ガラスのケース。
「これは……」




