【心配なNatowの体調②(Anxious Natow physical condition)】
このまま戦いの世界にナトーを置いておけば、彼女はどんどん追い詰められてゆくに違いない。
翌日の午前中に、今回の戦闘に参加した主な者を呼び出して、個別に状況報告を受けたエマは書類に目を通しながらそう強く感じていた。
ドラグノフ狙撃銃を持った青年が、無害な只のサバイバルゲームプレイヤーであることを証明するために、戦場であるにも関わらず無謀にもその身を晒した。
いつものナトーなら、それが囮であり、他に狙撃兵が隠れていることに気が付かないわけがない。
もっとも彼女は気付いていたから、発射された銃弾を避けることが出来たのだが370mの距離から狙われたのであればホンの一瞬気付くのに遅れただけで命取りになる。
カールの証言によると、ナトーも頭を狙われたから避けることが出来たと言ってい様に、ボディーを狙わていたならもうこの世にはいなかったかも知れない。
更にトーニの証言では、喫煙中の敵2名に対してエアガンと弾を抜いたワルサーP-22で立ち向かったナトー。
しかも弾の入っていない拳銃で、反撃するかしないかを相手に選ばせた。
もし相手に反撃する意志があれば、ナトーは助からない。
見ていてハラハラするような無茶な事は良くするけれど、こんな全くなんの意味もない”肝だめし”的な事をするのはナトーらしくない。
それに気になるのは、彼女が任務中に失神に似た状況に陥ったこと。
たとえ爆風で飛ばれたとしても、真っ先に起き上がるのはナトーだと、これはトーニだけではなくG-LéMATのメンバー全員の認識だった。
投げられても飛ばされても、直ぐに弾かれる様に戻ってくるのがナトー。
消して弱音を吐かない。
そんなナトーが、昨夜は私の前で崩れるように泣いていた。
失神と、無謀な行動。
この2つの影には、戦場でハンスの兄を射殺してしまったことと、その弟であるハンスにプロポーズされたことが大きな要因であることは間違いない。
“ストレス”
極度のストレスが、彼女に自暴自棄的な行動をさせ、プレッシャーに押しつぶされるように失神してしまう。
SEX中に失神してしまう女性もいる。
たいていの場合はイカされすぎて、もっと気持ちいい時間を長く求める気持ちと、幾度となく押し寄せてくる激しい快感の波が辛くてもう止めて欲しい気持ちに強いストレスを感じて起こる事が多い。
SEX中に女が失神することは、男にとって一種の誇りと感じるらしく、1度失神した女は何度も激しく攻められて何度も失神を繰り返すようになる。
身体構造上、男性に比べて精神的に強いストレスを感じやすい女にとって、失神は癖になりやすい。
もし、失神が癖になれば、戦場に出て生きて戻ってくる事は敵わないだろう。
「ところでハンス、ユリアの件本当に良いのか?僕は良い戦力になると思うんだけど」
国防省から戻ってきたニルスが、デスクに付く前に名残惜しそうに言った。
「特殊部隊でもない者を前線には出せん。しかもその者がウクライナ軍人となれば、敵にとってはリトル・グリーンメンと同じ。万が一捕虜になれば、テロに関与しないはずのウクライナ兵が多数混じっていることにされてしまう」
「捕虜になったとしてもユリア1人だよ。チョッと大袈裟じゃない?」
「馬鹿、アイツは士官だぞ。普通、士官が居れば下士官や兵も居ると思うのが、一般人的な考えだから、奴らにとっては折角静まった、分離独立派や新ロシア派を刺激するには、もってこいのプロパガンダになる」
「そうか……でも、ここの基地から遠隔でならどう?ここには僕たちのために食事を作るウクライナ兵も居れば、陣地を守るためのウクライナ部隊も常駐しているし、お互いの士官同士の行き来も多いだろ。万一ユリアが捕虜になったとしても、プロパガンダ的には何の価値もないんじゃないの?」
「現場でプロポを使ってドローンを操るのであれば、最悪通信電波を乗っ取られても、ドローンが敵の手に渡っただけで済む。前線部隊にとっては痛手だが、予め乗っ取られたときの対応策を持っていればなんとかなるだろう。だが、ここから遠隔で行うとなると、基地の情報通信網自体が危険にさらされる。遠隔操作については、もっと熟考してからでないと無理だ」
「そうかぁ……」
ハンスとニルスの話を聞いていて、ハンスも一定の理解を示してくれているのは分かる。
言葉には出さないけれど、ドローンの活用は喉から手が出るくらい欲しいに違いない。
しかし幾ら有効性があって便利でも、迂闊に手を出すと思わぬ落とし穴がある。
前線で直接部下の指揮を執る小隊長の立場なら、まだ自分の裁量でなんとか出来る自信があれば使用しても構わないのかも知れない。
だけどハンスはもう小隊長ではない。
司令として前線には出ず基地に居て、現場から報告される内容を判断し作戦を成功に導くため、そして戦地に送り出した隊員達を無事に戻って来させるために状況に応じた指示を与えるのが仕事。
言わば“ナトーなら大丈夫”は通用しない。
“ナトーなら……”
考えを巡らせているうちに、あることを思いついた。
何故、今まで気が付かなかったのだろう。
そして何故……。
「……ハンス少佐、私に考えがあります」
慌てて席を立ち、ハンスのデスクに向かった。




