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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****サン・シール陸軍士官学校(Saint-Cyr Military Academy)*****
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【卒業旅行②(Graduation trip)】

 私の余計な一言で暗い雰囲気になってしまい、そのまま連合軍墓地に行ったものだから、皆感情の高ぶりを抑えきれずに泣いてしまった。

 そう。

 私たち4人は軍人。

 ここに並ぶ数えきれない十字架は、私達の未来を描いているのかもしれない。

 自分の死、あるいは友の死、どちらかかも知れないし、どちらもかも知れない。

「どうしてドイツ軍のお墓が無いの?」

 泣きながらステラが言った。

「ドイツ軍の人たちは別の所に葬られているわ」

 一番確りしたお姉さん役のメリッサが言うと「人は死んだあとでも、分かり合えないの」と更に泣いて困らせた。

 資料館には入らなかった。

 そこにあるのは建物を建て運営している公益法人や財団の、戦争に対する考え方が展示されているに過ぎない。

 資料館に本当の事実など数パーセントほどしかない。

 いや、戦争そのものにハッキリとした事実なんて存在しないのだ。

 大勢の兵隊が極限状態に置かれたとき、何らかのはずみで極端な集団心理が働くこともあるだろうし、絶え間ない死と隣り合わせのプレシャーから一時的に自分が何をしたか分からない時もあるだろう。

 さらに、相手国を陥れるために事実と全く異なる報道を世界中に広め、都合の悪い事実を隠すために相手国の仕業だとでっち上げる事もある。

 そうした中で“事実”として残るのは、勝利した者にとって都合のいいように“造られた事実”

 ただ戦争をしたいだけの狂った男が居たとしても、勝てば英雄として崇められる。

 その日は車の運転を交代しながら、パリ南西部の都市オルレアンまで行き、街の中心部に近いホテルに泊まった。

“なぜオルレアン……?”

 ノルマンディーからだと、オルレアンよりもパリに行く方が近い。

 と言うことは、彼女たちに特別な目的があって、私をここに連れて来たに違いない。

“目的は、屹度アレ……”

「いやー走った、走った」

「車の中でジッとしていると、も~体がバキバキに固まっちゃうね」

「日頃教練で鍛えられている癖がついちゃっているのね」

「「「ねえ、ナトー。一緒に散歩に行かない!?」」」

“ほら来た”

 ホテルの玄関を出ると先頭を歩くステラが直ぐに左の細い道に入る。

“!?”

 静かで趣のある通りではあるが、誰がどう見ても裏通りであることは確か。

「ステラ、道間違えていない?」

「あれ?確かこっちのはずなんだけど……」

 スマホを見て1本通りを間違えたと言って、レールバスの通りを右に曲がる。

 大通りでは何かお祭りをしているのか、大きな音楽の音が聞こえる。

 そして角を曲がって直ぐに見えて来た色鮮やかな灯り。

「なに?」

 これは知らなかったので思わず声を上げて聞いた。

 目の前にあるのはサント=クロワ大聖堂。

 その大聖堂が大型のプロジェクターのスクリーンとなり、集まった人たちを喜ばせていた。

 当然、プロジェクションマッピングショーには彼女たちのお目当ての“あの人物”も登場していた。

 ショーを見終わり、帰りは大通りを通り、途中のレストランに入って食事をした。

 そして、この通りの終わりにある広場に着いた。

「あっ!誰かの銅像があるよ!」

 今まで我慢していた気持ちが、このステラの台詞によって崩壊して、お腹を抱えて笑った。

「ほーら、やっぱり知っていた。ねえ、いつから知っていたの?」

「ゴメン。だってノルマンディーからオルレアンに向かうってストーリーは地理的に無理が有り過ぎだもの」

「ほーら、だから私はナントに行こうって言ったのに!」

「だぁって、どうしてもノルマンディーに行ってみたかったんだもの」

 ノーラの言葉にメリッサが答えた。

「でも、ナトーも気付いていたのなら言ってくれれば良いじゃない」

「言えないよ。自分からなんて」

 そう。

 ここオルレアンは百年戦争の英雄『ジャンヌ・ダルク』の所縁ゆかりの地。(ジャンヌ・ダルクはイングランド軍に包囲され、落とされる寸前だったここオルレアンを見事に窮地から救い、窮地に立たされていたフランス軍の反撃の立役者になった)

 今通って来た大通りは『ジャンヌ・ダルク通り』で、このマルトロワ広場にある馬上の銅像こそ『ジャンヌ・ダルクの像』

 まさか、人に言われる前から“私の事ジャンヌ・ダルクに似ていると思っているの?”なんて恥ずかしくて言えるわけがない。

 特に私の場合は、そう言う“お茶目”な事が平気で言えるようには育っていない。

「でも、そっちこそ。私が気付いていることに気付きながら、ここまで引っ張ったじゃないか」

「我慢比べだったのね」

「でも私、初めてナトーに勝った気分よ。ナカナカの演技だったでしょ!」

 私が噴き出して笑う切掛けを作ったステラが得意そうに笑う。

「ああ、完璧に私の負けだ。そのまま気付かない振りをしたまま、この旅行を終わらせようとしていたのに」

「酷~い!」

「だって!」

「うーん。天才ナトー君は、意外に人見知りで恥ずかしがり屋さんなんだね」

 ステラが私の方を抱いて男言葉で言うのが可笑しくて、皆で笑った。

 ライトアップされていた『ジャンヌ・ダルクの像』の前で、皆で記念写真を撮り、それからホテルのバーで夜遅くまでお酒を呑んで夜遅くまで話をした。

 これまでの楽しかったことから、これから先の事。

 カーラは、後方支援の補給部隊に入り、ゆくゆくは軍楽隊に入る事が目標。

 ステラは、通信連隊で電子戦を担当するのが目標。

 そしてメリッサは、情報旅団の後継であるCOM RENS(情報コマンド)で、ゆくゆくはDGSE(対外治安総局)のエージェントになる事が目標だと教えてくれた。

「ナトーは?」

 3人に聞かれて、分からないと答えた。

 イザック准将にEMAT(統合作戦本部)に来ないかと誘われたときもそうだったように、今は目の前にある外人部隊の仲間の事で頭がいっぱいだった。

 特にEMATに行きたくないと言う理由もなかったが、今移動して私が居なくなってからLéMATの誰かが戦死したら一生後悔すると思った。

「じゃあ、約束しようか!」

 急にステラが言った。

「約束?」

「そう、将来別々の部隊に配属になっても、必ず友達の窮地を見捨てないこと」

「でも、部隊を個人で動かすことは出来ないよ」

「それに、個人で行くにしても、急に部隊を抜ける事も……」

「いくら私でも、そんなこと分かっています」

「じゃあ、どうするの?」

「そういう気持ちを持ち続けるの」

「それだけ」

「そうよ、今日が無理なら明日。明日が無理なら明後日。明後日が無理なら1週間後。1週間後が無理なら……兎に角必ず行くの! だったら出来るでしょ」

「つまり、例えば私が敵地に取り残されたとき、必ず待っていれば誰かが助けに来てくれると言うわけか」

「あっ、そういうことか!」

「誰も来ないと思ったら、頑張れないけれど、必ず誰かが助けに来てくれると思えば気持ちも違ってくるよね」

「じゃあ約束しよう!」

 みんなで約束をした。

 私はこの時、ユリアの事を思い出していた。

 ウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊202号機パイロット、ユリア・マリーチカ中尉。

 彼女と初めて会ったのはコンゴでのこと。

 ユリアは俺達のために、偵察をしてくれて、捕虜になった司令部要員を助けに行くときもヘリで近くまで輸送してくれた。

 そして戦死した戦友の家族に会いにベラルーシ迄行った帰りに会ったとき、ユリアは私に約束を持ち掛けて来た。

 それはお互いのどちらかが窮地に陥った時、必ず助けに行くと言う約束。

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