【卒業旅行①(Graduation trip)】
次の日の土曜日、部隊へ帰る私はメリッサの運転する車に乗った。
一緒に車に乗るのは、ルームメイトのカーラとステラ。
勿論合格の結果を部隊に伝えた時に、部隊からも車を寄こすと言ってくれたが、今はルームメイトとの時間を大切にしたかったので断った。
発端は最後のテストの5日前、観光ガイドブックを見ていたステラの一言「ナトーのためにプチ卒業旅行をしない?」
「あー良いねー、私丁度次の週末何の予定も入っていなくて、どこか行ってみたいと思っていたんだ」
「あーっ!私も!!」
直ぐにメリッサとカーラが同意して、私の予定を聞いてきた。
この時点で、私に予定などない。
合格すれば、月曜日には外人部隊に復帰。
不合格なら、新たな仕事を探すだけ。
「じゃあ、ナトーのプチ卒業旅行にしない?」
「賛成!!」
「いいでしょ、ナトー」
「いいけど、まだ合格したわけではないよ」
「合格するに決まっているでしょ!」
「自信は有るんでしょう?」
「ああ」
「じゃあ決まりね!」
見え見えの三文芝居。
おそらく3人の中では、大分前から決まっていたのだろう。
直ぐに旅行の計画は立てられた。
最初の目的地は『モンサンミッシェル』
もともとモン・トンブ(墓の山)と呼ばれていたこの島に、礼拝堂が建てられたのが708年。
966年には修道院が建てられ、その後増築が繰り返され13世紀には現在の形になった。
途中監獄として使用され荒れ果てた時期もあったが、1865年に再び修道院として復元されカトリックの聖地として多くの巡礼者を集めてきた。
「それにしても駐車場から遠いよね」
「あっ、バスがあるよ」
「軍人でしょ!これも訓練よ」
確かに駐車場からモンサンミッシェルまでは3㎞程あり、馬車やバスも利用できるが、俺達は歩いて行くことにした。
「ちゃんとした道路を整備すれば、もっと人が集まるのにね」
ステラが歩きながら文句を言ったが、実は19世紀にはモンサンミッシェルには陸続きの堤防道が引かれ直通する汽車も走っていた。
それが壊されたのは2009年。
堤防工事の影響で自然な潮の流れが堰き止められたことにより急激な陸地化が進み、この約100年の間に2mもの砂が溜まってしまったのだ。
修道院の内部は、一言でいえば“厳か”
ユリアと一緒に行ったキエフの、ペチェルーシク大修道院の様な煌びやかさは殆どないが質素な趣のある回廊は心が洗われるようで、島の内部は正に城郭都市そのものだった。
モンサンミッシェルの見学を終えた私たちは、徒歩できた道をまた徒歩で戻り、昼食にした。
なんといってもこの地方は魚介類が美味しいと言う事らしく、食いしん坊のカーラが舌平目のムニエル、つぶ貝、牡蠣、生イワシなど沢山頼んで、皆で一緒にワイワイ騒ぎながら一緒に食べた。
食事が終わると、オーバーロード作戦の舞台であるノルマンディーの海岸に行った。
いまも当時のままに残る各種のトーチカには、いたる所に銃弾痕が付いている。
トーチカの中から砂浜を見ていた私たちに、メリッサが質問した。
「ねえ、みんなだったら、どうする?」
「どうするって?」
「ここの守備隊は私たち4人。持っているのはMG42機関銃とMP40が各1丁と自動小銃が2丁あとは数個の手りゅう弾。そして迫りくる敵は1個大隊で、命令はここを死守せよ」
カーラは「命令が“死守”なら、やはり旧日本軍みたいに全員死ぬまで戦うしかないわ」と答えると、ステラが弾切れの後はどうして戦うのかと聞いてきた。
「そ、それはやはり旧日本軍と同じように、銃剣突撃しか……」と歯切れの悪い答え。
ステラは、戦闘初期段階から出来るだけ火力を惜しみなく使い、弾が切れた時点で撤退すると答えた。
「でも命令は“死守しろ”よ」
「弾が無ければ、もう守れないでしょ。その状況で優秀な隊員をみすみす死なせることはないわ。弾さえあればまた戦えるのだもの」と意外に飄々と言ってのけた。
「ナトーは?」
3人が私に注目する。
「私は基本的にはステラの意見と同じ」
「ヤッホー!」
急にステラが喜ぶ。
「ただ違うのは、火力は惜しみなく使うものではなく、有効に使うもの。新兵を10人倒すより、1人の有能な指揮官を倒した方が効果はあるから、機関銃で乱射した後に一定時間間を空けて敵の誰が誰に指示するのか観察して、その序列順の高いほう順に自動小銃で狙撃してゆく」
「機関銃の弾が切れた後は、どうするの?」
「機関銃の弾は切らさない」
「切らさない??」
「隣り合ったトーチカの状況を踏まえ、弾切れになる前にお互いに援護し合いながら撤退する」
「ほーらね」
「なにが?」
「だってステラの作戦だと、最後に残った部隊は味方の支援を受けられなくて助からないもの、ナトーの作戦だと全員助かるでしょ」
「いいや、私の作戦でも全員は助からない」
「まあ、そりゃあ逃げるときに流れ弾に当たる事もあるでしょうから」
「いや、そんなんじゃない。必ず1人犠牲にならなくてはいけないんだ」
「犠牲?」
「そう。敵は1個大隊。いくら逃げる俺たちが援護し合ったとは言え、全力で突進されると結果的には追いつかれて助からないだろう。だから敵を突進させないように1人はMP40と手りゅう弾を使って残らなければならない。そうすることによって、ほんの少しでも時間が稼げ、その時間分だけ味方が安全な場所まで避難できる」
「その役目は誰がするの……?」
「適任者に頼む」
「適任者って、軍曹って言うこと?」
「少し違う。任務を遂行できる能力があって、既に負傷して逃げる事に支障がある者、もしくは…」
「もしくは……?」
「できれば身寄りのないものがいれば一番いい」
「……そ、それって」
「そう。私が適任者だ」




