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鐘楼の白い鳩が飛ぶとき (When the white dove in the bell tower flies)  作者: 湖灯
*****サン・シール陸軍士官学校(Saint-Cyr Military Academy)*****
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【統合参謀本部から来たスカウトとルームメイト④(Scouts and roommates from the Joint Chiefs of Staff)】

 私は残された3ヵ月を大いに遊び、そして大いに勉強した。

 そして6ヵ月最後のテストが終わった日、約束通りイザック准将は現れた。

「やあ、ナトーさん。こんにちは」

「閣下、わざわざお越しいただき申し訳ありません」

 初めて会った時と違い、私はキチンと立って敬礼した。

「3ヵ月で見間違えるようになりましたね」

「ありがとうございます」

「まあ掛けたまえ」

 准将がベンチに座るように促し、私は准将が座るのを待って「失礼します」と、一言ことわってから隣に腰かけた。

「試験の結果は、もう聞いていますか?」

「まだです」

「落ちたと思いますか?」

「いいえ」

「では受かったと?」

「はい」

「自身があるようですが、その根拠はなんですか?」

「イザック准将は、落第生などワザワザ迎えに来ません」

 一言間をおいて准将は軽く笑った。

「さすがだ。確かにその通り。もしかして今私がした一連の質問の意味も?」

「はい」

「聞かせてくれたまえ」

「では、失礼します」と言って、俺は答えた。

 軍隊での受け応えは常にYESかNO。

 曖昧あいまいな返事や、質問を質問で返すことなど許されない。

 だから、この場合「受かったと思います」や「受かったのですか?」は、正しい回答ではない。

 いつどんな質問をされてもキチンと答えることが出来るように、予め頭の中で整理しておいて、自信をもって答えなければならない。

 そして上官に対しては常に敬意を払う。

 そして最後の質問。

 まだ発表も見ていないのに合格したと答えた根拠を尋ねられた時、一般人であれば「一所懸命やりました」とか「頑張りました」と言うところかも知れないが、人の生死が関わってくる軍人であれば“一所懸命”や“頑張る”のは、当たり前のことなので、質問に対する回答にはならない。

 つまり胸を張って「頑張りました!」という行為は、日頃気を抜いて過ごしていると言うことになってしまう。

 だから私は、准将が迎えに来たことを理由として挙げたのだと答えた。

 准将はまた笑った。

 今度は、さっきと違って、いかにも愉快そうに。

 しかも目に涙まで浮かべて。

 ひとしきり笑った後、准将は私に聞いてきた。

「答えを聞こうか」と。

 私は躊躇ためらわず、但し一呼吸だけ間をおいてから答えた。

「私を外人部隊に戻らせて下さい」と。

 イザック准将は、駄目だとも言わなかったし、落胆もしなかった。

 ただ「そうか……」とだけ言い俯いた。

 しばらくお互いの沈黙が続き、准将が私に最後の質問をした。

「なぜ、外人部隊の残ると断らなかった?」

「サン・シールに来て色々な事を学びました。組織のことも。准将がその気になれば、私の答えなど待つ必要もないことも」

「確かに……」

「大変失礼なのですが、私からも最後に質問させてもらっていいですか?」

「どうぞ」

「准将は一体何で今日ここに、いらっしゃったのですか?」

 准将の顔が一瞬戸惑うのが見えた。

「約束だから」

「私の返事を知っていたのに?」

「おいおい、どうして私が君の答えを知っていると言うのかね。君の答えは君の心の中にあるというのに」

「確かに私は答えを誰にも言っていません。それを事前に誰かに言うことは折角推薦して頂いた准将に失礼に当たるからです」

「なのに何故?」

「EMAT(陸軍参謀本部)の組織の中には人に関する情報収集を司るものもありましたよね。たしかSDH(人的資源管理課)」

「アッ……」

 イザック准将が思わず小さな声を上げた。

 やはり誰かに俺のことを見張らせていた。

 情報を分析して作戦を立てる参謀本部なら、俺の、いや俺たちの状況を見れば大凡の答えは分るはず。

「ナトー君、今は分隊付き将校だから仲間の為に部隊を守りたい気持ちが強いことは私も認めて引き下がります。だけど君は直ぐに小隊長中隊長を駆け抜けて、もっと多くの人の命を守らなければならない立場になるだろう。その時にもし私の事を覚えていてくれたら、もしもっと大勢の人の命を助けたいと思ったら、そのときは是非訪ねてきて欲しい。私は、いや私たちは、その日が来るまでずっと君の事を待ち続けよう」

「ありがとうございます!」

 私が感謝をこめて敬礼すると、准将は「ひとつだけ願いを聞いてくれるか?」と言った。

「はい」と返事を返した途端、イザック准将が私をハグした。

 目を丸くして戸惑う俺。

 准将は私の体から離れるとニッコリ笑った。

「ナトー君、大切な友達にも宜しく伝えてくれ。今日は、本当に来て良かった」

 准将も私も気が付いていた。

 それはメリッサたちが校舎の陰に隠れていることを。

 悪意はない。

 心配してくれているのだ。

「集合!」

 私は大きく声を上げた。

 彼女たちが一斉に駆けて来る。

「整列!」

 3人がイザック准将を正面にして、私の横に一列に並ぶ。

「イザック准将に、敬礼!」

 ザッと言う切れのいい音と共に皆の敬礼が揃う。

「みんな、よくやったな。これからも皆で支え合い、この国を守ってくれ。じゃあまた会おう中尉」

 准将はそう言って敬礼を返すと、背を向けて歩き出した。

 私がことわる事を知りながら約束通り来てくれた准将。

 私は敬意をこめて、その後姿が消えてもなお敬礼していた。

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