特命係
「特命係」の仕事は、地道と言えないことも無いが、ほとんどはほぼシステマティックに行われる。
「今日はここから遡っていってくれ。まあ、大きな危険は無いと思うが」
課長はモニタ画面に映し出された対象者の一人を指さしてそう言った。課長からの指示はそれだけだった。
「ごく普通の民間人のようですね。全対象者は……98人か。場合によってはもっと増えそうだ」
私は相棒のSに振り向いて言った。Sは顔をしかめて見せた。何日かかるか分からないが、このリストの人間に全て直接、話を聞かなければならない。
私とSは「対象者」のリストを携帯端末にダウンロードして外に出た。
車に載ると、ナビゲーションシステムが最も場所の近い対象者から効率的に回れるようリストを提示してくれる。
「対象者の重要度はまだ分からないから、まずは近いところから行こうか」
私は車の運転席に座り、ナビゲーションのモニタに目をやって言った。
「ええ、そうしましょう」
Sも気軽に同意した。
二人は建物を出て車を走らせた。
インターネット上で検索をしたり買い物をしたりすると、のちのち、その時に使ったことばや購入した物品について情報が収集され、それに基づいたお勧め商品やら、まつわる新情報やらが自分宛に提示されて来ることがある。もはや、「紐を付けられない情報は無い」といえる社会になった。ユーザーが望まなければ解消できる紐付けもあるが、一度繋がった紐を完全に断ち切るのは難しい世の中だ。
この点について「お金」も同様に、そのような紐付けが行われ、「流れ」を把握できるシステムが構築された。
世の中の全ての金融システムの数字上の金の流れは元より、紙幣の番号も全てが瞬時に読み取られデータ化されていった。これにより、「どこで入金されたか」「どこで出金されたか」が明確になる。よく映画などで「誘拐犯に払う身代金の番号を控える」という行為が出てくるけれど、もはや番号読み取り機を通して全て短時間に読み取られ、「誘拐事件に関わる身代金」という名目で1億だろうが2億だろうが一括りになってデータ化される。その金の中から一枚でも使い、それが銀行その他の金融機関あるいはオンラインで繋がったシステムを持つ企業の端末を通れば瞬時に通報されるようになったのだ。このとにより、「ある銀行のある支店にあった金がある日どこかへおおよそいくら移動した」という流れを数字や視覚的に把握することが出来る。これは単純な犯罪だけで無く政治家への賄賂などを把握するのにも効果的だった。
そしてそれを管理、監視するため国が作ったのが「財務管理庁」であり、特にその中で犯罪に絡むと思われる対象を調査するのが特命係だった。このシステム、この組織、全てが公には非公表の秘密だった。
今日、彼らが訪ねるのは先日、国政選挙が行われたことに関しての「カネ」についてだった。二人が乗った車には、これに関しての金の流れが車載モニタの地図上に表示されていた。それは、「ある地点を中心に放射状に金が散布された」様な図になっていた。つまりそれは、
「地区の票取り纏め担当者に金を渡して、その担当者がまた個別にいくらかずつ一人一人に渡して歩いた。という感じの図ですね」
「ああ。それを末端から詰めていって、最終的に一番上の「金を撒いた」人間の名前を言ってもらう。それが今回の我々の仕事だね」
「でも、もともと誰が票の買収が行われたとたれ込んできたんでしょう」
「そういうのは、大体「分け前」の問題らしい。買収の依頼をする側が「この金額で何人分」と言うことで票の取り纏めを頼まれた地区の担当者に金を渡す。するとその担当者は、預かった金の中から自分のポケットにピンハネする。そうすると、末端の人間に渡る金が減るわけだけれど、中には票の取り纏めを全然しないで「これで」ともらった金を全部自分で頂いて知らん顔してるヤツもいるらしい。そうすると、「あのウチじゃ一票いくらだったのに、ウチは一銭も無し」なんていうんで、警察にチクったりするんだそうだ」
「その情報が、今回はウチに回ってきたと言うことですか」
「そのようだ。こんなたれ込みはたくさんあって、確たる証拠を警察が掴むのは難しいからね。金が流れたと思われる人物をピンポイントで当たれるのは財務管理庁特命係だけというわけだ」
二人は最初の対象者に会い話を聞いた。この時点ですぐに金をもらって投票したなどと認める人間はまずいない。対象者に事実を提示して、あるいは匂わせて、「弱そうな相手を探す」のだ。そして、何らかの証拠を掴む。
リストの内の数十人を回ったところで、やっと「なんとかなりそうな対象者」に出会った。その男はちょっと質問をしただけで怖じけてしまい、聞いても居ないのに、誰にいくらもらったと告白した。そこからはわりと簡単に行った。おおよそ分かっていた地区の「取り纏め担当者」も分かった。そこまで行くと「議員」に辿り着く可能性が高まる。
「核心に近づきますね」
私は彼が興奮していると思った。議員の逮捕となれば大きな事件になる。そして、今回の事件の証拠を知っているのは今のところ我々二人だけだからだ。当然だろう。
私は寂れた倉庫街に車を入れて道に停めた。
「ちょっと降りてくれ」
「え、なんです?」
「いいから……」
私はSを車の後ろに呼び、トランクを開けた。ナイロンのバッグが二つ入っている。それの片方のファスナーを開けてSに中を見せた。
「なんです?この金」
「この件の調査は今日で終わり……ということだ」
「ええ?そんな、ばかな……この金で事件を忘れろということですか?そう言う事件を暴くための特命係では無いんですか?」
「この調査では、もうすでに「大本の人物」も調査されていることを知っている。今頃は震えているだろう。我々が釘を刺したわけだ」
「そこまでで勘弁してやる、ということですか」
「そう。そして、「人間が作ったシステムだから、人の意思が介在する」と言うことさ。分かるだろ?我々は警察じゃ無い、これ以上の追求はしない。ちなみに、この金はもちろん、システムの追跡リストには載っていないから安心してくれ」
タイトル「特命係」