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第6講 中二病になりたい!?(その1)

「はぁ……」


 様々な情念から、ため息が漏れる。


「東光くん、ため息つくと幸せが逃げるよ」


 前の席の女子、古代が振り向きざまに声をかけてくる。その目はいささか俺を気遣っているように見えなくもない。


「……なんというか、最近、色々面倒事がありすぎて、ついため息出ちゃうんだよな……」


「大変みたいだね。一度逃した幸せも、吐いた息をまた吸い込めば戻ってくるらしいけど」


「そんな話、聞いたことないよ!?」


 これ、ボケなのか? どこからツッコんだらいいの?


 まあ、俺が一番気を揉んでいることと言えば、言うまでもなく颯夏のことだ。毎日あいつに付き合わなければならないから、精神がいつ壊れてもおかしくない。


 加えて、先程行われたモーニング・テストも散々だった。自分の小説を書くどころか、勉強する時間すらろくに確保できやしない。というか、そのテストの存在自体が未だに理解できない。

 この学校では恒例伝統行事なんだろうけど、いらない慣習であり、排斥されるべき因襲だと俺は思う。勉強させたいなら、定期考査の前に任意で講習会に参加させるとか、面談とかで塾を推奨するとかした方がよっぽど効率的に違いない。


 あと、エンドレス再テストは本気でなくなればいいと思う。不合格の生徒を教室という牢獄の中に閉じ込め、そんな拷問まがいなことをするなど、正気の沙汰とは思えない。今のところ俺は全部一発合格しているが、今日はあまりできていなかった気がしている。もしかしたら、今日初めて居残らされるのでは? という不安。心に思い浮かべただけでも憂鬱だ……。

 入学する以前は、行きたかった学校に合格できてウキウキだったのになぁ。入学式での説明で例のテストの存在を知ると、それまで高揚していた気分が一気に萎縮してしまったものだ。


 そんなことを考えていると、無意識のうちにまた嘆息していたのか、再び古代が前から俺に話しかけてきた。


「東光くん。今日、元気ないね?」


 さっきよりも心配そうな目。これは優しさなのだろうか。


「何でもねえよ」


 彼女の優しさを無碍にするのは心苦しかったが、これ以上は何も考えたくないという気分が先に立ち、短くそう答えてから、一限目の準備にかかった。



 昼休み。教室のほとんどの生徒は購買やら食堂やらに行ってしまい、室内は閑散としている。そして教室のちょうど中央あたりの自席で、冷凍物を自分で詰め込んだパッとしない弁当箱を一人寂しく机の上に広げるというのが、俺の中の毎日の恒例行事だった。

 山田や田中は食堂派なので、一緒に昼飯を食べることはあまりない。ここの高校の食堂は、公立高校のそれとは思えないくらい、結構広いらしい。縁がなくてまだ行ったことないから、伝聞形で言っちゃったけど。


 俺は弁当の入ったエメラルド色の巾着袋を机に置くと、前に座っている古代の後ろ姿が目に入った。いつもは仲のいい女子友達と一緒に食べてるのに、今日は都合が合わないのか、一人のようだった。


「あれ、今日一人?」


「そうなの。いつも一緒の子がね、今日のモニテ、不合格だったから勉強するんだって」


「え? 返却は終礼の時だろ? 現に、俺らのクラスではまだ返ってきてないよな?」


「そうじゃないの。朝に受けたやつ、わからなすぎて全然書けなかったんだって。だから結果見なくても落ちたことだけはわかってるんだって」


 あぁ、なるほどね……。とすると、俺も万一に備えて再テストの勉強をするべきなのかな?

 もしも合格でも無駄にはならないだろうし、後悔を減らせる気もする。


 ……ということを、漠然と考えていると。

 タタタ、と誰かの足音が高らかに廊下から響いてくる。なんだか、嫌な予感しかしない。


 おずおずと振り向いてみると、颯夏が教室に入ってくるところだった。俺は、がっつり彼と目が合ってしまった。

 颯夏はにんまりとしつつ、こちらに歩み寄ってくる。逃げようにも、もう遅かった。颯夏は俺の席の前に立つと、俺の眼前にA4くらいの紙の束をかざしてきた。一角を銀色のクリップで止め、表は白紙だが、目を凝らすと裏面に活字が縦に何行も並んでいるのが透けて見える。

 鷹揚な手付きで、颯夏はその紙の束を裏返す。予想通り、それは小説だった。


「師匠に言われたから、冒頭だけ書いてきたんだよ」


 はやく読んで感想聞かせてよ、という激情論を瞳いっぱいに溜めたような視線が、俺を捕らえる。これは読むしか……ないようだな……。


 俺は少しばかり辟易しつつも、颯夏からそれを受け取るとざっくり目を通すことにした。横から、気になったように古代がぬっと顔を出してきたが、俺は気にせず数枚に渡る颯夏の新作(タイトル未定)の冒頭の文章を読む。


「……どうだった? ちゃんと、俺なりにネット小説の読者を意識してみたんだ」


 まだ物語を追っている途中であるからわからないが、颯夏は自信満々に身を反らさんばかりの声で言う。


 一応、最後まで読み終えたので、俺は顔を上げる。そこには案の定、颯夏の自信に満ちた顔があった。謙遜云々言ってたのは何だったのか。やっぱりこいつ、自信あるんじゃないか?

 その時、少しの逡巡が俺を苛む。これ、正直な感想を言うべきだろうか。強気に振る舞ってるけど、実はガラスのハートの持ち主だったりしないだろうか。

 ……いや。それでも、正直に話すべきだろう。俺は師匠として、こいつを成長させなければならないのだから。


「あの、申し訳ないんだけどさ……これじゃ、上げても続き読んでもらえないわ」


「……え?」


 颯夏は大仰に目を丸くする。先程とは打って変わって、憮然とした表情へと変わる。それを見て、言わなきゃよかったかな、なんて若干後悔もしたが、もう後には引けない。

 俺は続けて、率直な感想を述べる。


「ファンタジーって、特にネットだとテンポのよさとか、入り込みやすさとか、そういうのが求められるんだ。いや、文章自体は悪くないと思うよ? だけどほら、主人公がファンタジー世界に取り込まれるまでに何ページも使ってるだろ? あと、ネットの読者を意識してみたって言ってたけど、それにしては、文章の形式がまだ硬い気がするんだよなぁ……」


「なんでだよ! だいぶ崩したのに! ネットに溢れる小説の下手くそな文章をワザワザ真似したんだよ? それなのに、まだ硬いとか!」


 言い方がちょっと気になったけど、そこはひとまず無視しておく。


「……いや。まあ、もっとコミカルに、内容にもよるけど、お前の小説ってちょっとギャグっぽいじゃん? だから、世界観と文体がマッチしてないかなって……」


「私は面白いと思ったよ。颯夏くんの小説」


 今まで無言で状況を傍観していた古代が、いきなり口を挟んできた。フォローしたつもりだったのだろうが、颯夏には逆効果だったらしい。


「話の面白さとか、今はどうでもいいよ! 師匠の目が節穴だったことと、ネット読者が何を考えてるかわからないことがムカつくの!」


 こっちのせいにされた!? しかも、よくわからんキレ方されたし。


「いや、待て。俺は正直な意見を言っただけであって、別に節穴とかそういうのは論点じゃない気が……」


 わたわたと慌てふためく俺を、颯夏は逆上したように睨みつけながら、


「もういいよ! 読者の考えてること、わかんないよ! 異世界なんか……大っ嫌いだー!!」


 と、大声で吐き散らしたかと思うと、俺の顔面に拳をぶち込んできた。

 思いがけずグーパンチで殴られた俺は、踏ん張ることもできずになされるがまま、後ろ向きに倒れて椅子から転落した。その隙に颯夏が、紙の束を俺の手から奪い取り、素早く教室から走り去っていくのが椅子から転げ落ちる間際に見えた。


 我に返ると、俺は机と椅子のちょうど間の床に、仰向けになって倒れていた。上から古代が机越しに顔を覗かせ、


「東光くん、大丈夫?」


 と、心配そうに声をかけてきた。


「うん……なんとか……」


 俺は彼女と目を合わせながら返事をすると、身体を起こす。そしてそこで初めて、教室中のやつらからの視線に気づく。注目を浴び、居た堪れない気持ちに陥る。

 なんとか平静を装いつつ、椅子を引いてそこへ腰かけた。


 古代は終始心配そうにこちらを見ていたが、俺はすべてを誤魔化すべく、何事もなかったかのように食事に取りかかるのであった。

【用語解説】

・文章の形式がまだ硬い:ほんとに言われたことです。だいぶラノベ風にしたのにショックでした。もともとが硬すぎるのかもしれないですね。

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