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第2講 純文学、バーサス、ライトノベル(その1)

「あれ、ほんと驚いたよなぁ」


「なんてやつなんだ?」


 休み時間、俺は俺が名指しで呼ばれるのを聞いた。それも、間近から。

 それから特に何事もなかったが、あの後、しばらくクラスはその話題で持ちきりだった。声の主は誰だったのかとか、まあ、そういったところだ。


 しかしその後、俺にはちょっと困ったことがついて回った。困るというか、現在の俺にとっては生き甲斐ですらある副業に関わる、非常な問題である。

 と、右往左往するうちに、時刻は放課後になっていた。


 高校でも俺は部活に入っていないので、椅子に座り、教室に残って学級の友達二人と駄弁っていた。とは言うものの、二人の話をただ傍聴しているに過ぎないのだが。

 山田と田中が、例の声の主について議論を交わしている。俺としてはもうその話は耳にしたくないというのに、こちらの事情などお構いなしに様々な憶測を立てている。まあ、こいつらが知るはずもないことだから、仕方ないけど。


「あれだったら、女子でもいける声だから、東光のことが好きなんじゃね?」


「いや、弟子入りって言ってたぞ? そうなると、そいつも小説を書いてて、東光に弟子入りしたいってことなんじゃないか?」


 山田の推測に、田中が異論で返す。目の前でそんなディベート的なことをされて、ちょっとばかり居心地が悪い。いつもの癖で残ってるけど、今日は帰ってもいいかな……? こいつらが気づかないうちに……。


「じゃあ、東光に聞いてみようや。何か知ってるかもしんねーし」


 山田が、今ここで帰ろうかと逡巡している俺に視線を向けてくる。もっと早くに踏ん切りをつけて帰ればよかった、と少しばかり後悔。


「えっと……俺も、よく知らなくてさ……」


 話すべきか話さぬでおくべきか、咄嗟の判断がつかない。別に隠すことでもないが、妙に気恥ずかしい気がするんだよなぁ。


「なんだよ〜、お前も知らないの? それじゃ、そいつの正体つかめないじゃん」


 落胆したように、山田が肩をすくめる。


「いや、俺に聞かれてもわかるわけないだろ。第一、ただのいたずらかもしれないし……」


 俺も悟られない程度に、弁明する。


 すると、田中も諦めたようにこう言った。


「まあ、この勝負は当面、おわずけだな」


「何の勝負!?」


 しかも「おわずけ」って言ったぞ、こいつ。「おあずけ」だろ。


 一応、この話題においては今日のところはピリオドがついたらしく、二人はそれから関係のない話をし始めた。

 と、その時。


「師匠! 東光師匠〜!!」


 廊下から、トーンの高い少年声が響くのが聞こえた。


「来た!!」


 俺は反射的に立ち上がっていた。


 机の脇に置いていたスクールバッグを引っつかむと、


「悪い! 俺、先に帰ってるわ!」


 と二人に言い残し、ダッシュで教室を飛び出す。


 廊下を全速力で突っ走り、突き当りの階段を一気に駆け下りる。一階に到達すると、速度を落とすことなく昇降口を目指してさらに猛ダッシュ。


 これで捕まることはないだろう。……そういう算段、のはずだった。


 俺の横を、何かが疾風のごとく擦過した。まさに風を切って俺の身体を通り過ぎたそいつはある程度の距離まで俺を引き離すと、くるっと半回転し、股を開いてブレーキをかけつつ速度を落とす。

 次いで廊下に片手をつき、完全に停止する。そしてバッと顔を上げ、体勢を元に戻した。

 道を塞がれてしまった俺は、止まるしかなかった。俺が呆然と立ち尽くしていると、そいつはゆっくりと俺に歩み寄ってきた。


「……なっ、何だよ?」


「そろそろ、返答もらえると思って待ち伏せてたんだよ。それなのになかなか師匠が現れないから、こっちから迎えにきたよ」


「どこで待ち伏せてたんだよ! しかも何度も言うが、俺はお前の師匠になんかならないからな!」


 そう、こいつが俺の悩みの種の根源――新米にいこめ颯夏さっかである。

 休み時間になる度に俺の教室に来ては俺を外に誘い出し、「小説の弟子にしてほしい」と申し込んできた。無論、何度も断ったが、それでもこいつはしつこく俺に弟子入りを懇願してくるのだ。


 この新米というやつの夢は小説家になることで、俺が小説家だと知ったことで、俺への弟子入りを決意したらしい。つまり、田中の憶測はわりかし当たっていたのだ。


 紅茶色の髪は前髪が少し長めで、クリッとした大きい目は少年らしい顔立ちを助長させるのに一役も二役も買っている。身長はあまり高くなく、俺より十センチ以上低いんじゃないかと思うくらいだ。ちなみに俺は175センチくらいなので、160くらいだろうか。

 成長途中の、あどけなさを残した少年という印象。おそらく、中学生だと言っても誰も疑わないだろう。


「ねえ、いいでしょう? 弟子にしてよ」


 新米はすり寄るように、その顔を俺の眼前にまで持ってくると、上目遣いでこちらを見つめてくる。


「嫌だよ。俺も暇じゃないんだ」


「じゃあ、今日だけ! 東光先生の家に行ってみたい!」


「なんでそうなんの!?」


 マジで何なんだよ、こいつは。言ってることがイマイチよくわからん。やっぱり、この高校を選んだのがいけなかったのか? 受ける前は、憧れの学校だったのに!


「俺も小説家志望として、先人からインスピレーションを受けたいんだ。東光先生が今日、家に連れて行ってくれるなら、弟子入りは諦めるから! お願い!」


 パチン! という触りのよい音を響かせて、少年は眼前で手を合わせる。


「いや、何度頼まれても無理だ」


「そこをなんとかお願いしますよ! 先生! 俺を家に連れて行ってください、お願い申し上げ存じ奉ります!」


「丁寧な言い方しても無理なもんは無理! しかもいつの時代だよ!」


 考えてもみてほしい。今日、初めて会ったやつを家に呼ぶやつがどのくらいいるだろうか。俺はある程度仲良くなったやつしか、家には呼ばないことにしている。警戒心が強いとか、そういう問題ではなく、常識として、だ。


 新米は目をうるうると潤ませ、俺を見上げている。泣き寝入り作戦とは、姑息な手を使ってきやがる。


「いや、いいか、あのな……」


 言いかけると、新米はすっと俺から身体を離し、


「じゃあ、いいや。東光師匠が恥ずかしがる過去のエピソードをみんなに教えてやろうかな」


「はひ?」


「師匠って中学の時、みんなの前で腹踊りやったり、授業中や集会の最中に突然、『フィーバー!』とか、『ここが異世界か』とか、『魔性スキル100、攻撃スキル90か。うむ、まだまだだな……』とか言ったりしてたんでしょう?」


「なんで知ってるんだ!」


 確かに、俺は一時期、小説と現実との区別がつかなかったことがある。つかなかったというより、小説に熱中しすぎて、授業中なんかに頭の中で考えていたセリフなどを無意識にボソッとこぼしてしまう……なんてことがよくあった。腹踊りはしてないけどな!

 それにしても、マジでなんでこいつが知ってんの? 中学は違うはずなのに。嫌な予感しかしない。


「……誰から聞いた?」


「東光師匠の前の席の女の子だよ」


「あの女ァ――――!!」


 まさかこいつ、古代にも近づいていたのか? あいつもあいつで、また余計なことを喋ってくれたものだ。口が軽いってレベルじゃねーぞ。しかも、妙な盛り方してるし。これは一度、はっきり言ってやる必要があるかもしれない。

 ……ん? 待てよ、ということは……?


「その話、もう広まっちゃってるのか?」


「ううん、その人から聞いただけだよ。でも俺の申し入れを師匠が拒み続けるっていうなら、言い触らしてもいいよって話してある」


「ただの脅迫じゃねえか!」


 …………。

 仕方ない。それでもうこいつと関わらなくて済むのなら。


「……わかった。でもな、今日だけだからな?」


 俺が最後まで言い終わらないうちに、新米はパーッと顔を明るませた。単純なやつだ。心が汚れているのか、純粋なのかよくわからない。まあ、前者の方が可能性的には高いような気もするけど。

 ということで、今日はまだまだ長くなりそうだ。

【用語解説】

・新米颯夏:本作の主人公。偏見が強い。名前はダジャレ。

・わりかし:「わりと」の少し砕けた言い方。たぶん方言。

・はひ?:「はい?」と同義。

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