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第1講 自伝的かつ自虐的なもの

 俺は急いでいた。

 めちゃくちゃに急いでいた。

 そりゃ、まあ、いつも通りの時間に目覚ましが鳴らないと誰だって焦るよな。昨夜は最新話の更新に予想以上に手間取って、寝るのが普段よりかなり遅くなってしまった。それに加えて目覚ましをセットし忘れるという失態。

 我ながら、嫌になる。


 いつもより三十分くらい寝過ごしてしまったようだ。起き抜けに速攻で制服に着替えると、急いで階段を駆け下りる。


 玄関付近には、母親が散らかしたと思われる洋服類が所構わず散乱している。今日も朝帰りだったらしく、俺は内心辟易しつつも、それらを手早く掻き集めてリビングルームのソファーの上に放る。

 朝食を食べる余裕はなさそうなので、コンビニで買えばいいかとそのまま玄関へ直行。と、その前に。


 毎朝の慣習を思い出し、和室に走る。いくら遅刻しそうだとは言え、これをしないわけにはいかない。部屋の一隅にちょこんとある卓の上に、控えめに置かれた位牌と焼香台がある。俺はその前に膝をつき、形ばかりに手を合わせる。


「じゃあな、兄貴。行ってくる」


 位牌の横の写真に語りかけるように言うと、また立ち上がった。

 肩に鞄をかけ、家を飛び出す。そのまま、駅まで突っ走る。


 俺の通う高校は自宅の最寄りから一駅先にある。そこを選んだ理由として、自宅から近いのと、そこそこの人気校だったからだ。レベルも俺にとってはなかなか高く、ライバルもそれなりに多かった。

 が、俺は一般入試で無事に合格を勝ち取った。やはり、あの半年間のブランクは決して無駄ではなかったのだ、と考えると、自分がいいことをしたような気分になる。


 教室は今日も賑やかだった。というわけで、学校にはなんとか間に合った。

 まあ、それはいいのだが。


「お、プロ作家様がお成り遊ばしたぞ!」


「小説家くん、おはよう!」


 今日もまた、微妙な空気の中に俺はいなければならないようだった。


 教室に入るや否や、クラスメイトから注目を浴びるという、ルーチンと化した俺にとっての恒例行事。


 俺は小説家。ウェブ作家兼、プロのライトノベル作家なのである。

 それも不思議なことに、俺は高校に上がってからそのことを一度たりとも他人に口外したりしていない。中学の頃は色々なやつにしかも大々的に宣伝しまくっていたが、高校ではそんなことは一度もしていないのだ。

 なのに、何故かクラス中に広まってしまっている。これは、調査が必要かもしれない。


 それはいいとして、一つだけ気に入らないことがある。小説のことで話しかけてくるやつに限って、本を読まないということだ。「ライトノベル」という名前すら知らなかったようなやつらなのだ。


 いつもの話題は漫画やアニメ(それも漫画原作の!)の話ばかりで、小説のことなど何一つとして話題に出さない。まあ、俺がプロの小説家ってわかったところで読んでないんだろうな、ということは薄々気づいてはいるが。

 それにしたって、いつもいつも漫画の話ばっかりしやがって! 何が、「プロ作家様がお成り遊ばした」だよ!

 若者の読書離れというのは、思ったよりとても深刻のようだ。


 俺は肩を落としつつ、自席に着く。

 はぁ、溜め息が出そう……もう出ちゃってるか。


「東光くん、今日も顔色悪いね」


 前の席の女子が、くるりと身体の向きを九十度変え、俺の顔を覗き込む。


 このクラスで唯一の、俺の中学時代からの同級生、古代(ふるよ)瑠美衣(るびい)


「昨日も夜遅くまで小説、書いてたの?」


「まぁな……しかも、アラームセットするの忘れるし、今日はついてない日らしい」


「あるよね、ついてないな〜って日!」


 古代は、その頬を凹ませながら笑う。俺にとっては笑い事でも何でもないのだが。まあ彼女にも悪気があるわけではなさそうなので、今回はそのエクボに免じて許してやろう。


「それで、どんな話を書いてたの?」


 話を掘り下げる古代の視線が、まっすぐに俺の目を見つめる。気になってるのかな……?


「いや、あれだ。ふぁ……ファンタジー、的なやつ」


「ふーん。今、人気のジャンルだよね」


「まぁな。俺も最初はそこまで好きじゃなかったけど、みんな書いてるし、人気作も多いし。俺も他の人が書いてるのを読んで、ハマったんだよな」


「でも私、ファンタジーってあんまり知らないんだよね。最近流行りの……異世界ってやつ? よくわからないの。それに、チートとかハーレム? とかもよくわからないし、なんと言うか……よくわからないんだよね」


「よくわからないって言いたいだけだろ! 悲しくなるわ!」


 朝から元気がないというのに、俺にツッコミまでやらせるとは。この女、おそるべし。


「それより、東光くんのファンタジーって、どういうタイプなの?」


 あ、さらに深掘りしてくるのね。

 だが、ここはチャンスと捉えよう。古代はクラスメイトだし、中学時代からの数少ない知り合いでもある。俺の小説を勧めれば、彼女ならもしかすると読んでくれるかもしれない。


 実際、彼女とは中学ではほとんど喋らなかった。クラスも別々だったし、そもそも話す機会すらなかった。

 高校で初めて同じクラスになったのだが、他に中学の頃から知ってる友達もいなかったし、孤独感を緩和するためにも俺から話しかけたのだ。向こうも俺のことを覚えててくれたらしく、それどころか、俺が小説家デビューしたことさえ知っていた。


 ん? ということは……?


「あのぉ……確認なんだけど、俺が作家だってこと、みんなが知ってるのって……」


「あ、あたしが友達に教えたんだ。ダメだった?」


「お前かい!!」


 やっぱり。いや、まあ、確かにそうかな〜っていう予感はしてたけど!


 俺も俺だ。なんであの時、みんなの前で大々的に告知したりしたんだ? タイムマシンでもあれば過去の俺のところに行って、殴ってでも押し止めるのに。


「だけど、東光くんってすごいよね。プロなんでしょ?」


 悪意のない笑顔を向けられて、俺は思わず彼女から目線を外す。これは俺の勝手な妄想かもしれんが、入学早々、仲良くなってるんじゃないのか? 何故、もっと早くに言葉を交わせなかったものか。


 とどのつまりは、俺が小説バカで、勉強も友情もそっちのけで執筆のことしか頭になかったからだろう。

 でももし、俺が小説を書いていなかったら、クラスの仲間とこんな会話をすることもなかったのだろう。そう考えると、少し不思議な気分になる。


 烏滸がましいと思われるかもしれないが、ここは親しくなった記念として、自分の作品だけは推しておこう。これも、マーケティングの一環だと割り切って。


「なぁ、古代」


 あのさ――と言いかけた、その時。


 チャイムが鳴り、同時に担任の教師が教室に入ってきやがった。もうちょっとだったのに!

 時たま、天は俺に対して優しくも厳しくもなるらしい。



 俺は中学一年生の頃、ウェブ小説投稿サービス《小説家になりたい》で作品の投稿を始め、その約二年後、出版社から声がかかって出版の夢が叶った。


 俺の人生の恩人とも言うべきそのサイトは、サービス開始当初は個人運営のそれだったが、利用者が増えるに伴って、約三年前に《チック》という会社に買収されたという。現在、数多くの出版社と提携し、日本最大級の小説投稿サイトになるまで進化を遂げている。

 機能なども充実しており、利用者が多いという点でも納得できる。


 とりあえず、この、ネットに小説を投稿できるシステムが俺の人生を変えてくれた、というのは他でもない事実であった。



 休み時間。俺はさっさと次の授業の支度を済ませ、机に突っ伏していた。いまだ睡魔が抜けきっていないのは、余ほど睡眠時間が取れなかったことに他ならない。


 誰にも構ってほしくない――という時ほど、何故か誰かに話しかけられることが多いもので、この時もまた、俺に話しかけてくる者がいた。


「よう、小説家」


「寝てるフリして、妄想中か?」


 明らかに俺に向けて言っているであろう内容である。他に小説家なんかいないだろうしな。


 渋々顔を上げてみると、目の前に立っていたのは二人の男子生徒である。同じクラスの――山田と田中。

 彼らは、にやにやと悪意たっぷりの笑みで俺を見ていた。……嫌な予感がする。


「何だよ?」


 なるべく顔に出ないように努めつつ、俺は完全に上体を起こし、二人に視線を向ける。


「さっきさ、廊下で誰かがお前のこと、探してたぞ?」


 と、山田。


「誰だ、それ」


 次に、田中が答える。


「多分、隣のクラスのやつじゃないか? なんか、俺らのクラスに小説家がいるって聞いたみたいでさ」


「……?」


 俺が怪訝な顔になっていたからか、田中は片頬を歪ませて苦笑すると、言った。


「まぁ、あんまり気にすることじゃないと思うぞ。多分、どんなやつなのか見てみたいとか、そんなんだろ」


「いきなり有名人だな! で、そんな東光はどんな小説を書いてるんだ?」


 今度は山田がそう言って、興味を持ったような、それでいてただ面白がっているだけのようにも見える顔を、俺に近付けてくる。

 正直、何と返答すればいいのかわからない。こいつも漫画しか読まないからな。マジで何て言うのが正解なの?


「いやまあ……色々と」


 言葉を濁してみたが、予想通り納得しないようだった。


「それだけじゃわからないじゃん。あ、わかった。純文学とか?」


「いや、純文学じゃないよ。……ら。ライトノベル、ってやつ」


「ライトノベル? 何だそりゃ、聞いたことないぞ」


「名前ぐらい知らないか?」


「全然」


 予めわかってはいたけど、本当に本を読まないんだな、こいつ。ちょっと心配になってきた。


「もっと本読めよ。そうじゃなきゃ、就職の時とか、困るぞ」


「えっ、なんでだ?」


 俺の注意喚起すらどこ吹く風といった感じで、山田はきょとんとした視線を向けてくるばかりだ。それとなく示唆したつもりだったんだけど。まあ俺の経験上、本を読まないやつは新聞も読まないから、就活の時にせいぜい苦労するがいいさ。


 しかも、山田はまるで読書嫌いを誇示するような堂々とした口振りで、こんなことまで言い出すのだった。


「なんか小説って、堅苦しいイメージがあるから嫌なんだよな。例えばほら、『〇〇しませう』みたいなやつ!」


「いつの時代だよ!」


 もはや純文学ですらないぞ。古典文学だから、それ。


 どうにか、ラノベの魅力をわかってもらいたい。しかし、どうやって説明するのが正解なのだろうか。


 というか、ここまで読書を嫌いになるのには、どんな理由があるのか?


「なあ、山田。なんでそんなに本を読まないんだ?」


「うーん、字ばっかりだったら読む気が失せるんだよ」


「でもさ、小学校の時、読書感想文とかあっただろ? どうやって切り抜けてたんだ?」


「あ、それね。パラパラってページめくって、大体の粗筋を把握するだろ? 要は、大まかな話さえわかれば、あとは流れで適当に書けるんだよ!」


 逆にすごいスキルだぞ、それ! そうまでして、読みたくなったのかよ。


 と、不意に。


「田中はどうだった?」


 先程からずっと黙っている田中に、山田が視線を投げる。


「俺はちゃんと読んでたけど、自発的に読むことはないかな」


 淡々と答える田中。一見クールに思えるが、言ってること完全に小学生レベルだからな?


 二人の会話に、もはやツッコミを入れる気力も失くす俺。

 やはり、友達は選べということなのか? いや、そうしたら俺は高校でも本当に一人になってしまうかもしれない。……難しいところだ。


 彼らの他愛もない話(かなりオブラートに包んでいる)も一段落つき、次の授業を知らせるチャイムが間もなく鳴ろうかという時。自分の席に帰ろうとした田中が、不意に立ち止まった。


「……何か、聞こえないか?」


 その一言に、山田も反応したように返す。


「あ、確かに。声みたいなの!」


 最初、俺にはよくわからなかったが、神経を耳に集中させてみると……。


 ……聞こえる。どこからか、遠くで子供の騒ぐような声が。


 同じ教室にいた生徒たちも、何人かはそれに気づいたらしく、互いに囁き合っている。俺も気になり、立ち上がると窓際へ行って窓を開ける。声は、上の方から聞こえてくる気がした。


 大窓下の小窓から頭を突き出してみると、例の声は思った通り真上から響いてきた。一年生の教室はすべて三階にあるので、その上、つまり屋上からということは明確だ。


 声だけでは男か女か判断できない、中性的な声色だった。俺はその内容を聞き取ろうと、耳を澄ます。

 そうすると、その声の主が発した言葉を聞いて、俺は絶句した。


 そりゃ、これで驚かないやつがいたら俺は、悪く言えば神経を疑うし、よく言えば尊敬するだろう。

 声の主が、大声ではっきりと、こんなことを叫んでいたのだから。


「希求具申! 俺は、小説家・東光才人に弟子入りを申し込む! 東光才人は、どこだぁ――――!!」

【用語解説】

・自伝的かつ自虐的なもの:「もし私のクラスに小説家がいたら私含めクラスメイトはどう見えていたのか」ということを、今回は考えて書きました。小説家の視点から。

・古代瑠美衣:本作のヒロイン的立ち位置のキャラクター。名前はダジャレ。

・~しませう:『~しましょう』の昔の表記。読みは同じ。

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