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第7講 スゴロクで遊ぼう!

 本日も一日の授業が終わるとすぐに帰宅した。いつものごとく颯夏を連れて。

 ただし、今日はいつもと少しばかり事情が異なる。珍しく、俺から呼んだのだ。颯夏がこれからどうしたいのか、これを聞き出すために。

 設定を変えず、このままファンタジーでいくのか。それとも、一度プロットを白紙に戻して他のジャンルにするのか。一番重要なのは、颯夏が本心ではどう思っているのか、だ。


「よし。じゃ、まあ座れよ」


 いつものように卓袱台を部屋の中央に引っ張り出しながら、俺は颯夏を促す。すると、彼は言われた通りのところに腰を下ろし、気怠そうに口を開いた。


「ねえ。今日は気分が乗らないから、寝ていい?」


 いきなり何を言い出すのやら。せっかく、俺が気を利かせてやってると言うのに。こいつにとっては余計なお世話とでも言うのか? それから、人の部屋で寝ようとするな。


 俺も、卓袱台を挟んで颯夏の向かいに腰を下ろす。


「言っただろ。今後について、二人で話し合おうって」


「うーん……でも、今はそんな気分じゃないんだ」


「じゃあ、いつならいいんだよ?」


「執筆も面倒くさくなってきた。設定考えたり、頭の中でストーリーを妄想するのは好きなんだけどなあ」


 天井を仰ぎながら、颯夏は呟くように言う。その言葉に、俺は愕然とした。本当にこいつ、作家志望なのか……? 前から疑問ではあったけど、まさかこんなにひどいとは。


「あ〜あ、誰か俺の代わりに執筆してくれないかな〜」


 ついに言いやがった。怠惰すぎだろ。すべての創作者を敵に回す発言だ。

 咄嗟に俺は立ち上がり、真剣に颯夏の目を見つめながら言い放った。


「何言ってるんだ! 書くことに楽しみを見出だせない小説家なんか、聞いたことないぞ! 怠慢とか、作家志望者としてあるまじき行為だ!」


「アルマジロ……?」


「…………」


 今、俺の頭の中では大量のハテナマークが生成され、脳内を埋め尽くしていることだろう。

 颯夏は片手で口を押さえながら、笑いを堪えるようにして「ぷぷぷ……アルマジロ……」と繰り返している。なんで「あるまじき行為」から「アルマジロ」が出てくるんだよ。いや、確かに発音的に途中までちょっと似てるけど! でも、意味が全然違うだろうに。


 説得する気力もなくなった俺はまた、座り直した。仕切り直しだ。

 軽く咳払いし、重い口を開く。


「でな……、つまり俺が言いたいのは……」


「師匠、遊ぼう」


「人の話を遮るな!」


 創作云々の前に、礼儀に関わることだろう、これは。

 しかも「遊ぼう」って、話を聞く姿勢すら感じられないし。どうしたもんか。


 内心ひどく嘆息しつつ、考えを巡らしていると、颯夏がこんな提案を持ち出してきた。


「じゃあ。ゲームをして、勝ったら真面目に執筆するよ」


 これはどういうことなのか、すぐにはイメージが湧かなかった。すると、颯夏がさらにこう付け加える。


「俺が用意したゲームをやって、師匠が勝てば俺は真剣に小説を書く。で、俺が勝ったら師匠が腹踊りをする」


「なんでだよ! 嫌だよ、そんな幼稚園児じゃあるまいし。しかもさっきからゲームって、何のゲームだよ」


「スゴロク」


 自信満々の笑みで答える颯夏。


 スゴロク?

 それこそ、そんな幼稚じみた遊びを高校生にもなってやることになるとは思わなかった。というか、「俺が用意した」とか言ってたな。もしや……。


 颯夏は自分のスクールバッグから、ガサゴソと何かを物色し始める。俺の予想が正しければ、厄介極まりないのだけれど。不安を押さえつつ、じっとその様子を見守っていると……。


 颯夏はバッグの中からクリアファイルを出して、そこからさらに折り畳まれたB4くらいの大きさの用紙を取り出した。それを卓袱台の上に広げる。

 残念ながら、俺の予想は的中してしまったようだ。どうやらこれは、颯夏のオリジナルスゴロクらしい。しかも手書きで、手作り感が全面に出ている。


「これを、先にクリアした方が勝ちなんだな?」


 俺が確認を取ると、颯夏は笑顔を維持したままこくんと頷いた。

 こうして、流れのままに俺はやつとスゴロクゲームをすることになった。


 ちなみに、ルールはこんな感じだ。



・サイコロを振り、出た目の数だけ「必ず」進む


・マスに書かれていることには「必ず」従う


・絶対に怒ってはいけない



 三つ目だけ妙に気にかかるが、まあ敢えてスルーしておく。ところで、本当に俺が勝ったら颯夏は真面目に執筆するのか? それだけが心配だ。

 こいつのことだから、負けても「気が変わった」なんて言い出しかねない。そうなったら、俺としても少し強引な手段をとらなきゃならないかもしれない。


「これが駒ね」


 そう言いながら颯夏が自分の筆箱から取り出したのは、鉛筆に被せるキャップ――いわゆる「ペンシルキャップ」と呼ばれるものだった。プラスチック製の円筒型で、上部が丸っこいタイプのそれを、俺も小学生の頃によく愛用していたものだ。そこにゲームのキャラクターなんかが描いてあって、友達と交換したりもしていた。

 シャーペンを使うようになってからは鉛筆を使うことがほとんどなくなり、それに追随するようにキャップも行方不明で、どこに行ったのか今では判然としない。


 シャーペンの時代に、颯夏はまだ使ってるのか? それとも、持っているだけか?


 俺はあまりの懐かしさにあの頃を思い出し、颯夏が出したものから一つを摘んで自分の眼前に近づけると、電灯の明かりにかざしてみた。

 色が剥げている部分の方が多く、何のキャラなのか判別できないが、おそらく以前は可愛いもしくはかっこいいイラストが描かれていたのだろう。


 感動している俺を他所に、颯夏は続けて、


「これがサイコロだよ」


 俺は意識を彼の手元に向けると、緑色の六角形の鉛筆が握られていた。まだあまり使用していないのか、やや長がめ。それはいいとして、サイコロが見当たらない。


「どこにサイコロがあるんだよ」


「これ」


 颯夏は鉛筆を、ぐっと俺の目の前に突きつけるように示す。そこで、ようやくはっとした。

 鉛筆の先に、一面ずつ数字が書き込まれている。なるほど、六角形だからちゃんとサイコロとして使えるのか。回しながら確認してみると、確かに1〜6までの数字が書いてあった。


 これで、準備が整ったようだ。


「じゃあ、先攻後攻はじゃんけんで決めるね」


 気持ちノリノリの動きで、颯夏が片手を差し出してきたので、俺もそれに倣った。


 じゃんけんの結果、颯夏が先攻になった。


 颯夏がサイコロ(鉛筆)を振ると、まずは「3」が出た。彼は適当な駒(鉛筆のキャップ)を取り、スタートから数えて三つ目のマスに置く。何も書いていないところだったので、そのまま俺のターンに移る。

 俺も、颯夏と同じようにサイコロを振った。「2」が出たので、駒を二つ進める。進んだ先のマス目には何か書いてあった。


『2進む』


 その指示通りに、俺はさらに二つ進める。そこで、颯夏が口を挟んだ。


「あ、師匠。ルールの2つ目、マスに書かれてあることには『必ず』従うってあったでしょ?」


「いや、そうしたけど……」


「ほら、ここに、『3もどる』って書いてあるでしょ?」


 颯夏は、俺の止まったマス目を指差す。彼の言うように、よく見てみるとそこには確かに「3もどる」と記されていた。


「マスに書かれてあることは、移動した後もすべて有効なんだよ。基本的に、何も書いてないところか『休み』のところしか止まれないからね」


「そうなのか?」


 まさかそんなルールだったとは。俺は駒を三つ戻す。そこに、わずかに違和感が訪れる。


「……ん?」


 結果から言うと、俺はスタートから一つだけ進んだところにいるのだ。向かい側から笑いを堪えるような声が聞こえるので目を向けると、案の定、颯夏がまた口を押さえながら笑っている。


「……くくく……2進んで3戻る〜……」


「だったら、進む意味ないだろ! なんでわざわざ前進させてから戻すんだよ! 普通に一歩進むって書いとけ!」


「アルマジロ!」


「アルマジロじゃねーよ!」


 初っ端から出鼻をくじかれたみたいだ。ここが最初のトラップなんだろうか。というかこのスゴロク、いくつトラップがあるんだ?

 妙な不安を覚え、俺はスゴロク全体をざっくり見渡した。ほとんど「スタートにもどる」や「◯回休み」、「進む」「もどる」だけで構成されている。まるで小学生が作ったような。絶対、やってて楽しくないだろ、これ……。しかも、よく見たら「100回休み」とか、鬼畜なことも書いてあるし。


「あ、ちなみにリタイアは自由だからね。4つ目のルール」


「うるせえ、早くサイコロ振れよ!」


 放棄するのも癪なので思わず急かしてしまったが、やはりやめておけばよかったと少し後悔してしまう。


 とは言うものの、それからは特にトラップらしいものには引っかからず、三分の一くらいのところまでは来られた。颯夏よりもややリードしている。思ったよりも苦戦なく、どうにかトラップをかいくぐっている。このまま行けば、何事もなくゴールできるはず。


 俺はサイコロを振る。出た目の分だけ駒を進めると、


『ゴールのまえ』


 と、書かれてあった。


 これ、滅茶苦茶ラッキーなんじゃないか? 一気にゴールの前まで進めれば、あと一振りでゴールできてしまう。

 俺は意気揚々と、駒をゴールの一つ前のマス目に置く。すると、颯夏またが口を挟む。


「師匠。ゴールの一歩手前にも何か書いてあるよ」


 その言葉によって、またしても不安がよぎる。というか、今回はゴール前とあって、かなりヤバそうな嫌な感じである。

 おずおずと、ゆっくりと駒を持ち上げてその文字を確かめる。まあ、案の定の結果だった。


『スタートにもどる』


「なんでだよ!」


 思わず、叫んでいた。いや、これが正常の反応だろう。「ゴールの前」=「スタートに戻る」なんて鬼畜というか、悪辣な所業に相違ない。

 3つ目のルール「絶対に怒ってはいけない」というやつがやっとわかった瞬間でもあった。こりゃ、誰だって怒るわな。


 一方、颯夏はさっきから「けけけけ、ひひひ……」という、男の娘とは到底思われない笑い方をしているが、もはやツッコむ気力もない。


「何がおかしい?」


「おかしいから」


「答えになってねーよ!」


 ……って、結局ツッコんでしまっているな、俺。なんか、職業病になりつつある。怖い。


 俺がげんなりとしている前で、いそいそと颯夏はサイコロを振った。俺は振り出しに戻ったわけだから、もうどうにでもなれという気持ちでそれを眺める。しかし、颯夏も「スタートにもどる」のトラップを踏んだらしい。これ、今日中に終わるのか?


 こんなことを繰り返しているうち、俺は「3」が出たらゴールというところまで戻ってくることができた。かれこれ、三十分はやっているような気がするのだが、未だにどちらもゴールできていない。颯夏は思いのほか楽しんでるようだけど……。


 俺のターンになり、「3」以上が出るように祈りつつ、サイコロを振る。「4」が出た。


「来た! 終了だ!」


 だが、颯夏は余裕の表情で言った。


「違うよ。出た目の数だけ『必ず』進む、ってあったじゃない」


「……いや、進んだじゃないか」


「出た目の数だけ、ってことは余った目の数だけゴールから離れなくちゃ」


「そんなルール、聞いたことねえよ!」


 しかも、進んでないし。戻ってるし。「必ず」が強調されていたのって、そういうことだったのか……。


 ため息をつきながら、俺は駒を一旦ゴールさせてから一つ手前に引き戻す。

 ……ん? 一つ手前って確か……。


『スタートにもどる』


「うわあぁぁぁぁ!!」


 ついに発狂。ゴールできる未来が見えない。しかし、ここまで来たからにはやめるわけにはいかないという気持ちもある。どうしよう、引き下がれないじゃないか。


 颯夏はニヤニヤしながら、サイコロを振る。だが、鉛筆が静止した瞬間、颯夏の顔がどこか蒼白になったように見えた。


「……ん、どうした?」


「師匠……」


 颯夏はそう呟いたかと思うと、ペコリとこちらに頭を下げながら告げた。


「……参りました」


 ? どういうことだ?

 気になって、颯夏の駒を出目数の通りに動かしてみた。「2進む」というところに止まった。二つ進んだら、「2もどる」というところに止まった。


 2進んで、2戻る……か。

 うん、終わらないな。まさしく無限ループ。そうすると、こいつは自分で仕掛けた罠に自ら嵌ったというわけか。残念な結末に、つい失笑してしまう。


 しかし結果的に、俺は勝利した。

 初めはしょんぼりしていた颯夏は、バッグからパソコンを出すと卓袱台の上に置き、それを開いた。どうやら、約束は守ってくれるようだ。


 結局、大筋は変えずにプロットを少しだけ変更して、テンポの良さを意識するという方向性にすると決まった。

「師匠が添削してくれるなら……」と颯夏は、プロットをもとに冒頭部分を書き直していった。俺も勿論、教示する側として颯夏の隣で付き添う。


 結果、改稿前よりはだいぶ改善されたし、俺がアドバイスできることと言えば、会話の流れくらいだった。そして、彼の文章を見ていて思ったことがある。


 やる気を出せば、ちゃんとできるのに。

【用語解説】

・アルマジロ:哺乳綱異節上目被甲目に属する、アルマジロ科の動物。

・絶対に怒ってはいけないスゴロク:小学校五年くらいの時に、前の席の女子が私の机にスゴロクを書いてきて、それが鬼畜な内容でした。今回、それを思い出して書きました。

・ペンシルキャップ:小学生の時、よく使っていました。

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