第十四話「策略と対抗」
「どうだよ調子は……心配ないみたいだな」
試合直前、バッシュの靴紐を結び直し、精神統一を始めていた僕の隣に健斗が座り込む。
「黛先輩のおかげでね。多分、今までで一番いい調子」
手のひらを握っては開き握っては開きを繰り返し、指にかかる負荷を感じ頷く僕に、健斗はカラカラと笑う。
「そいつは頼もしいや。じゃあ、伝言な。ジャンプボールの後すぐに前に投げろってさ」
サムズアップの親指でキャプテンを指す健斗に意味を理解し、僕らは立ち上がってコートに入り込む。
一歩、コートの線を跨いだ瞬間、僕らに一つの緊張が入る。
今日の気温は一桁台であり、ユニフォーム姿では寒さで震えてしまうところが、吐く息とは裏腹に僕の心は熱を帯びている。
コート内でしか分からないこの異様な熱気。
僕はこれを好ましくも思いながら少しの苦手意識も覚えていた。
審判からの笛でメンバー達は中央で整列し、互いに顔を見合う。
僕ら常泉寺高校のスタメンと新庄高校のスタメンの身長差はほぼ無い。
僕は目の前の相手――七番の選手と互いに目を合わせる。身長は僕より低い。というのに、落ち着いた表情と威圧感はさすが二年生と言ったところだろう。負けるつもりはさらさらないが。
「よろしくお願いします!」
熱の入った挨拶を終え、ジャンプボールに参加するメンバー以外はそれぞれの位置にバラける。
大智と相手チームの五番がセンターサークルに残り、僕らは一つ、息を整える。
「「!!」」
審判の手からボールが離れ、上がりきったボールに二人の選手の手が伸びる。宙に浮く身体。二人のうち先に手に触れ見方へとボールを繋いだのは、
「先行は常泉寺だ!」
どこの誰が言ったのか、そんな言葉を耳に垂れ流し、僕は回転するボールを手に収める。摩擦が指先と擦れ合い、止まったボールの感触に一瞬の喜びを感じて前を向く。
視線の先。既に走っている篠宮先輩を見て、僕は速攻のロングパス。篠宮先輩の走力を落とさないように配慮したパスは相手選手の頭上を通り過ぎ、篠宮先輩の手中へ。
そのまま勢いを殺すことなくレイアップシュート。
先制点は僕ら常泉寺高校だ。
「うっしナイスパス!」
「先輩も、ありがとうございます!」
普段は冷静で所謂イケメン枠な篠宮先輩も、いきなり連携が上手く噛み合ったことでハイタッチを要求。僕も達成感と高揚感に自然とニヤつき、快音が体育館内に響く。
「はいお前らディフェンスな。来てるぞ」
パンっとキャプテンが手を叩き、それに気づいて僕らも切り替える。新庄高校はディフェンスに定評のあるチームのため、マンツーマンディフェンスに苦戦するだろう。よって最初のゴールを決め流れをこちら側に持ってくるつもりだったのだが。
「はぁ、嫌になるぜまったく」
健斗がボヤき、ディフェンス体制。新庄高校は毛ほどの動揺も見せることなく、パスを回し始める。
高さにミスマッチがない分、スティール警戒のパスというよりは繋ぐことがメインのパス状態だ。
そうして、ボールは7番。僕の相手に渡る。
「一年? 君。黛は?」
「……一年ですね。お気に召しませんか?」
「……いや、いいね」
7番が不気味な笑みを浮かべ、シュートモーションに入る。それに釣られて僕もシュートをブロックしようと片腕を伸ばし、
「スクリーン!」
大智の声が僕の鼓膜を震わし、僕は背中に走る圧を感じて飛ぶのを半歩躊躇う。
「くっ!」
予想通り、シュートモーションはフェイクであり、7番はスクリーンを利用して侵入。そのままレイアップシュートを決めるつもりだろう。フェイクに一手分の反応が遅れてしまい、僕からでは7番を止めにはいけない。
「あっ!」
大智がヘルプで7番の侵入を止めることを試みるが、7番はCである5番にパス。そのままシュートを決められ同点となった。
「気にすんな。次だ次」
健斗が僕にボールをパスして励ます。
単純なフェイクとピッグアンドロールだったが、流れを取ることが出来なかったのは完全に僕の落ち度だ。
だからこそ、
「健斗」
オフェンス。十数秒間経ち、なかなか切り込めない僕らはボールを回していたが、キャプテンからボールを貰い、健斗を呼んでボールを手渡し。
「んっ!」
すると見せかけて僕は身体を半回転。健斗に渡そうとしていたボールを自分の方に引っ込め、エリアに侵入して7番を抜きさる。
そのままシュートモーション。Cとは身長差でミスマッチのため、遠い位置からのスクープショットだ。
そしてそれを止めにかかるよう、5番が手を伸ばし、
「ナイス!」
空中でボールを手中に戻し、大智へパス。そのまま大智が流れるようにシュートを決め、4-2だ。
「あらら、意外と負けず嫌い?」
シュートをするとみせてCにパス。やり方は違うが根本としては同じ動きをした僕に、7番は試すような物言いで僕を見る。
「先輩の分も、負けられないので」
「……いいねぇ、健気で」
だからこそ、値踏みするような目をした7番に、僕は悪寒がした。
そして数分がたち第1Qは残り一分。
点数では15-18で僕らのチームは三点差を付けられている。
ディフェンスの圧は確かに凄いが、このチームはむしろ連携が得意なようで、パス回しやスクリーンのタイミング等、ちょっとしたところでじわじわと差を広げられている。
しかし、言ってしまえばスリーよりも切り込みやCを使ったインサイドメイン。素早いパス回しは一瞬気を緩めば甘いパスに見えるため、
「――しまっ!」
キャプテンがボールをスティールし、速攻を仕掛けた。しかし、新庄高校は戻りのスピードも速く、キャプテンはインサイドに侵入できずに立ち止まって僕らを待つ。
そうして全員の居場所が確立し、残り数秒。
パスコースを減らすよりも抜かれないためのディフェンス。スリーは最悪捨ててもいいという選択だろう。
堅実だ。実際キャプテンはスリーの精度はあまり良くない。
だがしかし、
「ほいっと」
無理やりスリーを決めようとせず、手早いパスを健斗に回す。健斗はSGにしては身長がある為、相手にスティールもされにくく、一歩キャプテンに近づいてボールを貰う。
残り二秒。ドライブで点を決めに来ると予想したのか相手ディフェンスは少し下がり気味に動き、
「遠いぜ?」
健斗が垂直にジャンプ。反応の遅れた相手は片足を無理やり踏みとどまりブロックに手を伸ばすが、
「はやっ――!?」
健斗が得意なのはモーションの速さから打つスリー。跳んだと同時に放るシュートは当然ブロックしづらく何より、
「入ったー!!」
――あのフォームから決まるシュートは相手に精神的ダメージを与える。
第1Q終了。18-18の同点だ。
しかし、土壇場で追い付く方が当然精神的にも、観客的にも有利なのは当然で、流れはこちら側にある。
そうだと言うのに、
「予想以上だな。相手」
汗を拭い、キャプテンがそう呟く。それもそうだろう。三年生主体の頃はこちら側の方が有利だったのだが、二年生主体となってからはメキメキと頭角を現している。
「こいつはちと危ういかもな。初戦からかなりレベルの高いところに当たっちまった」
先生が頷き、ボードを取り出す。赤と青のマグネット五つずつはそれぞれのメンバーを現しているようで、番号が振られている。
「ポイントは外と中のコンビネーション。とにかく八代や東堂を五番につかせて不利なマッチアップにするつもりだろう。うちと似たプレイで防御よりだな。これからは三科。お前のスリーで点差を離していけ」
「うす」
ドリンクに手を伸ばし、健斗は頷く。
相手チームについての研究はまだまだ不確定だが、一年生の十三番は身長も高くはなく、レベルでは一回り劣っているように思える。
不安なのはPGの彼だ。静かすぎて不気味なくらいに。
「……なぁ若月。それぞれ点数ってどーなってる?」
篠宮先輩がマネージャーの若月結弦先輩に浮かない表情でそう尋ねる。
「ええと……景が五点。陽介が四点。大智くんが四点で健斗くんが三点。康幸くんが二点ね」
配分を伝えられ、篠宮先輩は僕の方を見る。
「八代。俺にパスしづらいとかあったか?」
そう伝えられ、僕は一瞬言葉に詰まる。確かに、僕がパスを回すのに頻度としては篠宮先輩が一番少ない。簡単に言えば、パスコースがないのだ。
「正直ありました。けど、どうかしたんですか?」
篠宮先輩の面持ちは、相手のディフェンスが上手いから、という理由ではなく別の何かがある様子で、僕含め全員に対して目を向ける。
「……アイソレーションで俺にボール渡してくれませんか」
「四番か?」
「はい、あいつは最低限パスコースを封じるだけで、積極的にディフェンスに来てません。多分、観察してます」
篠宮先輩の提案に、なにか心当たりがあるのか。先生の問いに篠宮先輩はハッキリと答える。
篠宮先輩の予感は的中しており、向こう――新庄高校スタメンの中で、4番と7番は互いに考えを共有しあう。
「いいね、あの一年生ズ。特にPGの彼」
7番は常泉寺高校スタメンを眺め、まるで舌なめずりをするかのようにそう話す。
「お前はちょっと怠けすぎだろ。もっと抑えれるシーンはあったはずだぞ」
「えぇ、遊ちゃんがそれ言う?」
遊ちゃんと呼ばれた4番は「それもそうだな」と笑い、スタメン全員に向けて語りかける。
「多分、向こうの5番が俺とワンオンワンを仕掛けに来る。第2Qは点を決められていい、とにかく疲れさせろ。勝負は第3Qの後半からだ。追い上げるぞ」
「はい!」
「それと、観察は任せたぞ」
「了解〜」
4番の言葉に、7番が髪をかきあげニヤリと笑う。
新庄高校バスケ部は、依然として表情に曇りはない。そして彼らの予想通り、常泉寺高校は第3Qから苦戦を強いられることとなる。
*レイアップシュート
ボールをリングの上に置くように放つシュートです。ボールを持ち、三歩歩かないように跳んでシュートを打ちます。
*スティール
英単語の盗むの意味を持ち、相手のドリブル中にボールを奪ったり、パスを回すときに手を伸ばしてカットしたりすることを言います。
*スクリーン
基本的にはオフェンスの一人がディフェンスの死角に壁のように立つことで、ディフェンスを邪魔し、オフェンスに有利な状況を作ることを言います。
*スクープショット
リングから離れた位置で打つレイアップシュートをイメージしてくださると。スクープは掬うの意味で下からすくい上げるように打ちます。
*アイソレーション
ワンオンワンを作りやすいよう、一人のプレーヤーが広くコートを使えるようにする戦術です。
個人技のように見えますが、チームとの連携が不可欠なので個人的にはチーム戦術として扱っています。
このように、今後バスケ用語や軽音用語はどんどんと出てきますので、お手数をお掛けしますがよろしくお願いします。