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「僕=君」の公式  作者: 蓮ノ葉
高校一年生~あかねさす日の下で~編
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第一話「独白と後悔」

 朝、残暑という言葉が似合うほどに、九月に入っても続く熱量には大勢の人間が参るだろう。天気予報によると、今日は昼から雨が降るようで、湿気も相まって気分は最悪だ。

 窓の奥から見える景色はどんよりとしていて、そんなものを視覚に入れたくないという拒絶反応が、僕の視覚の能力を大幅に下げてくる。

 その代わりなのだろうか。僕は、聞きたくもないあのテレビから漏れ出るニュースに耳が揺さぶられるほど、聴覚が発達したようだった。


 九月十七日、日曜日、k県t市で高校に在学していた茅野有紗(カヤノ・アリサ)さん(17)がトラックに跳ねられ意識不明の重体。その後病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。現場付近の証言によると、茅野有紗さんは自ら赤信号を無視して車道に飛び出したとされ、警察は自殺の可能性を考慮して捜査を進めると表明しています。


「はい。ありがとうございました。まずは茅野有紗さん。また、その遺族の方々にお悔やみ申し上げます。最近若者の自殺が多くな――」


 無機質で感情のない音が消える。映像だけは流れ続けるが、それを意識することも無い。

 蕁麻疹が出た腕を掻きむしる。血が出た。けれど痛みは感じない。

 溜まる苛立ちや鬱憤の代弁者となった腕は僕に何度も傷つけられており、傷つけることでしか安寧を保てない自分すら嫌になる。


「思ってもないだろうに。きっと誰も気づかないんだ。みんな、みんな」


 僕はおもむろに、テレビの電源を切った。




 平凡な生活とはいったい何を指すのだろう。

 世間一般の意見では暖かな食事、衣服、住居。いわゆる衣食住の整った生活は当然のこととして、義務教育を終えると高校、大学へと進み、ゆくゆくは結婚して子供が生まれ孫が生まれ、暖かな気持ちで最期の眠りにつく。

 これだけでも随分と図々しく、浅ましい考え方だと評されそうだが、今のお国というものはトップから最下層まで脳内が麻痺しているようで、それを当然の享受であるとし、それ以下のものは迫害されるべきだという暗黙のおぞましいルールの上に成り立っているらしい。


 当然この僕――八代康幸(ヤシロ・ヤスユキ)もそのレールの上を回る人間の一人であり、あろうことか僕は高校生になって初めてできた彼女と、そのまま当然のように同じ大学に進み、結婚し、子供に恵まれ、しわの数が百を超えるその時まで一生を誓い合う存在になれると信じていた。


 いや、正確には信じていたかっただけなのだと思う。それだけで、どこか胸の奥底にあるような不安や恐怖を誤魔化せていたから。

 僕と僕の彼女である茅野有紗は、お互いにこのレール上から脱線してしまった。僕らの関係は少しおかしくて、少し退屈で、そしてどこにでもある、けどきっとどこにでもあってはいけない、そんな話なんだと思う。


 今から話すのは、僕らの周りで起こった、そんなありふれた悲しいお話。

 いやなら戻って……そう、じゃあ、話そうか。




 有紗は、よく笑う子だった。派手目のギャルというわけでもなければ、隅で本を読む文学少女というわけでもなく、勉強も真面目には取り組んでいるが成績は中の上くらい。菓子作りが得意で、休み時間にはよく同クラスでも他クラスでも関係なく友達に振る舞ったりしている。

 絵にかいたような理想の女の子が、茅野有紗その人だった。

 今にして思えば、僕はこの時点で異変に気付けばよかったんだと思う。彼女はあまりにも理想的すぎた。まるで、生まれてから死ぬ最期のときまでの膨大な選択肢を、僕と付き合ったこと、そして死を遂げてしまったこと以外の全てにおいて、最適解を選んでいるようにも思えた。


 それが全て、見掛け倒しだとも気づかないままに。


 ――常泉寺高校にて。


 高校一年生の冬、文化祭や体育祭といった行事を実際に体験し、一人の高校生であることを自覚してくるのがこの時期だ。

 小学生中学生の頃はどこかのねじが外れていたのだろうか。雪の降る日になればテンションは最高潮に達し、雪で濡れることなど厭わないで一日中外を駆け回ったものだ。

 それが今やどうだろう。

 自転車は凍結のせいで不安定だし、寒さに耐えきれず防寒具は完備。僕はいつの間にか、冬というものが嫌いになっていたらしい。

 ただ、あの日だけは、僕の生涯の中で忘れられないものになるのは、間違いない。


 午前授業が終わり、昼食に入る時間。高校三年生の先輩は受験勉強の総仕上げとして仮病で塾に通ってるようで、下校する先輩はかなり少ない。

 体育館でバスケの練習をしようと外に出た僕は、偶然なのだが、いつものように三科健斗(ミシナ・ケント)とばったり出くわした。


「ボールは?」


「下駄箱の上。ついでにとって。お前のとこにあるから」


 なぜ健斗の下駄箱ではなく僕の下駄箱の上にあるのかは追及せず、僕は言われた通り見つけたボールをとった。少しだけ空気の抜けたボールとは、もう半年以上の付き合いになる。風に晒され続けたのだろう冷えたボールを指圧で確認し、空気を入れてから扱おうと思った。


「昨日空気入れなかったの?」


「裕大に言ってくれよ。昨日あいつが片付け役だったろ? あ、そうかお前委員会で来てないんだ」


「来年に向けてーってなんか急に呼び出されてね。そっか、裕大だったね。当番」


 瀬尾裕大(セオ・ユウダイ)が片付けの当番なら納得だ。僕と裕大は隣のクラスだが、健斗とは四つもクラスが離れている。僕の下駄箱の上にボールがあったのも僕に任せたかったからなんだろう。

 面倒くさがり屋だけどどこか憎めないのが裕大だ。健斗もしょうがないよなとジェスチャーしてくる。


「体育館に行く前に、部室行くか。ほかのやつらはまだ飯食ってるだろ」


「そうだね。あとで裕大はこってり絞っとこうか」


「違いない」


 僕の軽口と首を絞め落とすジェスチャーに、健斗は楽しそうに頷く。多分、本当に首は絞めるのだろう。手加減はもちろんして。イタズラやふざけることが好きな健斗は、こういう話になると途端に上機嫌になるものだ。裕大との絡みは何度も見た光景で、裕大以外は特に物申す様子もない。

 寒空の下、僕らは震える拳を突き合わせる。裕大には悪いが、今日も健斗の道楽に付き合ってもらおう。互いに顔を見合わせ笑い、僕らは部室へ向かった。

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