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第五十五話 文明世界への静かなる帰還

 復路はマリーアの感応力が働かなかった。石像はこれまでと違い、呪力を完全に失っていた。


 しばらく歩き続けたが、森に入ったときのジープが見つからない。どうやら往路と異なる帰り方をしてしまったようだ。

 レオナルドたちは南に向かう。そちらに進めば、町か道に行き当たると判断したからだ。


 ほどなく道路にたどり着いた。自分たちが文明世界に戻ってきたことをレオナルドは実感する。


「どこに行く?」


 レオナルドは二人に尋ねる。森の城は危なそうだ。町も暴徒たちで溢れている可能性がある。工場地域も襲撃を受けているようだった。文明世界も呪術世界と同じぐらい危険に満ちている。


「ねえ、レオのおじいさまや、おばあさまの家は?」


 マリーアに言われて祖父母の顔を思い出す。屋敷も町も避けるなら、そこがよさそうだ。レオナルドたちは、西に進路を取った。


 海に面した集落が見えてきた。日は既に中天を過ぎている。強い日差しに照らされて、景色はまばゆいばかりに輝いている。

 ひどく懐かしい気がした。いくつか並んだ家の前を通る。血のにおいがする。ここで殺戮があったのだ。レオナルドは、祖父母の無事を祈った。


 家の前に着き、扉のない入り口から中を覗き込む。


「おじいちゃん、おばあちゃん、いる?」


 返事はない。覚悟を決めて家に上がる。無人だった。血のにおいはない。忠告したとおり、沖に逃げたのかもしれない。

 レオナルドは外に出て、海上に船がないか探した。いくつかの船影が見える。島の漁師たちが使う小さな船だ。祖父が周囲に告げたのだろう。レオナルドは家に戻り、棒と布を持ってきて旗を作り、沖に向けて振った。


 しばらく振り続けていると、船が動きだした。待っていると人の顔が判別できるようになった。

 祖父と祖母がいる。レオナルドは胸をなで下ろす。無事だった。心の底からよかったと思った。船が近くの桟橋に着いた。


「まあ、レオ!」


 祖母が船から降りて大きな声を出した。祖父も陸に上がり、レオナルドの前に立った。


「無事だったようじゃの」


「戻ってきたよ」


「うむ」


 祖父はもうなずいたあと、相好を崩した。


「街や、森の城は、大変なことになっていたようだな」


「うん。そのことはあとで話すよ」


「ところで、そちらのお二方は?」


 祖父はマリーアとアルベルトに視線を向ける。


「こちらはマリーア・イバーラ、フランシスコ・イバーラのお孫さん。こちらはアルベルト・アレチェア、学者さんだよ」


 マリーアとアルベルトは、祖父にお辞儀をした。


「申し遅れましたな。私はウンベルト・フェルナンデス。こちらは妻のエミリアーノになります」


 祖父は二人に挨拶した。そしてレオナルドに向き直った。


「それで、どうしたい? 飯にするか、それとも寝床が必要か? みんな疲れ切った顔をしておる。今にも倒れそうじゃぞ」


 全身が鉛のように重かった。お腹も空いていたが、まずは睡眠を取りたかった。


「今すぐに寝たい」


「うむ、分かった。狭くて雑魚寝になるが、構わんですかな?」


 祖父は、アルベルトとマリーアに尋ねる。


「もちろんです」


 二人も疲労困憊していた。


「では、男二人は奥の部屋、女性は手前の部屋を使いなさい。さあ、家まで行こう。起きたときにすぐに飯を食べられるように、エミリアーノに料理を用意させておくよ」


「ガジョ・ピントでいいかい?」


 祖母が嬉しそうに言う。


「うん、起きたらたっぷり食べるから」


 レオナルドは笑顔で答える。


 家に着いた。レオナルドは奥の部屋に入り、リュックサックを置いた。床に腰を下ろしたところで記憶が途切れる。レオナルドは昨晩からの疲労を癒やすために、泥のように眠った。


 目を覚ますと夜になっていた。レオナルドは寝床を離れて、居間に移動する。祖母とともに、アルベルトとマリーアが料理を囲んでいた。どうやら自分が最後に起きたようだ。


「先にいただいているよ」


 アルベルトが笑顔を見せる。


「レオのおばあちゃんの食事、美味しいね」


 マリーアが満足そうに言った。


 部屋の隅にはテレビがある。レオナルドは、映像に視線を向けた。壊滅状態になった町の様子が映っている。

 ニュースでは、虫の大量発生という報道のされ方をしている。しかし、虫の姿はどこにもない。太古の虫はどこに消えたのか。昨夜の時間の流れは、時の螺旋が元に戻るとともに、再構成されたのかもしれない。


 レオナルドは床に座り、料理に手を伸ばす。胃の壁が貼りつきそうなほどお腹が減っていた。

 まずは腹ごしらえだ。目の前の食べ物を片っ端から口に運んでいく。十分ほど食べ続けたあと、ようやく満腹になった。レオナルドは大きなげっぷをした。


「おじいちゃんは?」


 どこに行ったのかと思い尋ねる。


「近所で何人か死んだからね。葬式の手伝いだよ」


 弛緩した気持ちが一気に引き締まる。今回の騒動で、いったいどれだけの人が亡くなったのか、想像がつかなかった。


 食事が終わったあと外に出た。この数日のことを思い出しながら、星明かりに照らされた海をながめる。

 マリーアがやって来て隣に立った。水を浴びて着替えたのだろう。祖母のシャツを着ていた。


「どうしたのレオ?」


 マリーアは並んで海を見る。


「イバーラさんを助けられなかった。呪術も発動前に止められなかった。僕はなにもできなかった」


 もっと自分に能力があれば上手くやれたのではないか。後悔の念が湧いてくる。


「確かにあなたは、おじいさまの命を救うことはできなかった。でも、魂を救った。そして私を含めて、多くの人を助けてくれた。他の誰でもなく、あなただったからこそ、島民の全滅を回避できたんだと思うわ」


 レオナルドは沈黙する。島にいたのは兄たちではなく自分だ。迷い悩んだ人間だからこそ、この地に来てフランシスコと縁を持った。


 悔しさはある。しかし全力を尽くした。自ら決断して行動した。結果を受け入れるしかない。人生とは、そういうものだろうと思った。

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