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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第八章 古より蘇りし呪術的世界
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第五十話 太古からの黒い奔流

「アルベルトさん、屋敷をアリが襲っていました。化石のアリが、現代に蘇っていました」


「屋敷の入り口にも大量にいたよ。だから部屋に直接横づけしようと思い、屋敷をぐるりと回っていたんだ」


 レオナルドは、アルベルトに聞いたアリの話を思い出す。スズメバチの仲間で旺盛な繁殖力を持ち、集団で行動して立ち塞がるものを食い尽くす。

 額に汗が浮かんだ。化石の中にしかいなかったアリ。その巨大アリが、飢えを露わにして周囲を這い回っている。おそらく他の種類の虫たちも、各所で人を襲っているのだろう。


 ジープは、ヘリポートの近くで停車した。レオナルドは助手席で、異様な光景を目の当たりにする。


「なんだこれは」


 その場所には、見たことのない森が出現していた。

 ヘリコプターのランディングギアの辺りからは、蔓状の植物が伸びている。それらは胴体を伝い、メインローターやテールブルームを覆っていた。まるで十年以上経ったように、植物が繁茂している。


「時間の流れが狂っている」


 過去と現代が重なり合っているだけではない。時間の流れそのものも重複しているようだ。


 前方では、やすりをこすり合わせたような不気味な音が響いている。それがなんであるのか理解するのに、しばらく時間がかかった。

 無人の管制小屋から届く明かりで様子が見えた。人の親指ほどもあるアリが、ヘリコプターを覆っている。顎を激しく動かして、機体の塗料を剥がし、金属の胴体を削っていた。たとえ操縦士がいても、このヘリコプターは使えないだろう。


「助けてくれ!」


 少し離れたところで声がした。聞こえた場所を視線で探す。兵士たちを伴った太った男がいた。フランシスコの長男のゴメスだ。ゴメスは両手を必死に振って、体に取りつくアリたちを振り払おうとしている。


 全身の汗腺が開く。おそらくゴメスは、ヘリコプターで脱出しようとしたのだ。そこをアリの大群に襲われた。

 タイミングの差でしかない。襲撃されたのが自分たちでもおかしくなかった。


「逃げろ!」


 レオナルドは大声で叫ぶ。ゴメスたちは、こちらに向かおうとする。アリの群れは、寄せては返す波のように、行きつ戻りつしながら大地を黒く染めていく。


 アリの進行方向にある草が刈り取られた。切断された植物は、栄養源として波の奥へと運ばれていく。

 兵士の一人が振り向き、黒い群れに向けて発砲した。足元のアリが弾け、煙のようなものが上がる。


「ぎゃああ」


 兵士は煙に触れた場所を払おうとして屈んだ。蟻酸がかかったのだ。低くなった兵士の顔目がけて、何匹かのアリが液体を発射した。

 今度は悲鳴にならない声が上がる。兵士は目と喉を押さえて地面に突っ伏す。すぐさまアリが群がり、肉体を覆い尽くした。


 盛り上がりはどんどん小さくなり消滅した。周囲には肉片を持ち、闇へと運び去る無数のアリがいる。

 彼らが餌を運ぶ先、森の闇の中から、黒い盛り上がりが現れた。なんだろうと思い観察すると、無数のアリが、黒いボールのような塊を運んでいた。


 それは祭りの山車のようだった。大きさは二十センチメートルほど。その黒い球体の下辺りに、小さな頭部と足が見えた。

 女王アリだ。異様に膨れ上がった腹部には、何千、何万という卵が入っていることが容易に想像できた。


 兵士の肉片は女王アリへと運ばれ、その口に押し込まれる。頭の反対側からは、押し出されるように白い卵が放出される。その様子は、全ての生き物を栄養にして、新たなアリを製造していく生産工場に見えた。


 アルベルトが足元からライフルを出す。そして狙いを定めて引き金を引いた。

 乾いた音が夜の闇に響く。女王アリの腹が破裂して、中から白い泡のような飛沫が飛び散った。数え切れない数の卵が女王アリのいた周囲に広がる。


 女王アリを倒した。その思いは一瞬で消し飛ぶ。闇から新たな黒い球体が現れる。二個、三個、四個。瞬く間に数十の女王アリが登場した。


 レオナルドはアルベルトの説明を思い出す。アリは種類によっては複数の女王を持つ。そしてスーパーコロニーを形成する。ときに千以上の女王アリに、数百万の働きアリの巨大な群れを作る。


 地面を覆うアリの大群は止まらない。津波が押し寄せるように黒い奔流が迫ってくる。時間の流れが狂っていた。

 卵はわずかな時間で働きアリへと成長する。時間が重なり合い、時の螺旋が絡み合っていた。過去と現在と未来が混交している。レオナルドは恐怖を覚えた。


「走れ!」


 レオナルドはゴメスたちに声をかける。しかし、黒い虫たちの方が早い。アリはゴメスたちの体を這い上がっていく。


 ゴメスと目が合った。悲しそうな目をしていた。そこには傲慢な男はいなかった。ただ、生きたいと願う人間がいた。

 黒い奔流がゴメスたちの体を飲み込む。悲鳴とともに体が食い破られていく。彼らは力尽きて倒れた。そして地面を覆う虫の波の中に沈んでいった。


 呆然とするレオナルドに、アルベルトが声をかける。


「ここは危険だ。別の場所に移動しよう」


 アルベルトはハンドルを回して、車をUターンさせる。車は闇の中を走る。しばらく無言で過ごしたあと、レオナルドは運転席に顔を向けた。


「アルベルトさん。ヘリコプターではなく、車で可能な限り近くまで行き、そこから歩いていくことはできますか?」


 フランシスコとの約束を守らなければならない。死の直前の、島を救ってくれという言葉は、レオナルドの胸に刻み込まれている。


 レオナルドの質問に、アルベルトは考える様子を見せる。ただ逃げ回っているだけでは、早晩手詰まりになる。そのことは彼にも分かっている。


「車には徒歩用の装備は積んでいない。いったん工房に戻り、荷物を用意しよう。それに、今のきみたちの服装は密林向けではない。兵士たちの迷彩服やブーツを手に入れて着替えてもらう。

 ただ、問題がある。どうやって屋敷から出るかだ。門は暴徒に塞がれている。なにか方法が必要だよ」


「それなら、森の中から、外に出る裏道があるわ」


 マリーアが告げる。


 レオナルドは、眼前に広がる森を見た。そこには無数の石像がある。虫の姿をした、素数の螺旋の上に配された呪術の装置が存在する。虫たちは、その石像から湧き出ている。

 大丈夫だろうか。だが危険を冒さなければ道はない。レオナルドはフランシスコの最期を思い出す。彼は周囲の人間を守るために、自身を犠牲にしようとした。


「行こう。その方法で全てを終わらせよう」


 力を込めてレオナルドは言った。

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