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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第八章 古より蘇りし呪術的世界
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第四十九話 約束された慈悲の一撃

 ジィィィィィィィィィ。


 音に緊張しながら、レオナルドはフランシスコを観察する。顔にも複数の盛り上がりが浮かんでいた。

 おそらく服の下の胴体も、同じ状態になっているのだろう。手足から羽化したセミは、威嚇するように羽を震わせている。

 拳銃で対処していたら切りがない。なにか使えるものはないか。レオナルドは素早く周囲を見渡したあと、窓の端にあるカーテンに手をかけ、思いっきり引っ張った。


 レオナルドは、分厚い生地のカーテンを、フランシスコの体に巻きつける。布の下では、複数のセミたちが低い音を鳴らしている。これでセミの動きを封じられる。音もある程度防げる。


「イバーラさん」


 まだ意識があるか分からなかったが声をかける。


「レオくんか」


 苦しそうに顔を動かしてフランシスコは答えた。


「ギレルモは大丈夫かね」


「今、マリーアに医者を呼んでもらっています」


「レオくん、約束を果たしてくれないか」


 フランシスコは、決意の目をレオナルドに向ける。


 レオナルドは凍りつく。フランシスコの体から飛び立つセミは、人を傷つける。そのセミもろとも自分を殺して欲しいということだ。

 放っておいてもフランシスコは助からない。それならば、彼の魂を満足させるために、慈悲の一撃を見舞うべきだ。


 しかし、レオナルドは銃口を向けられなかった。理性では分かっていても、感情が拒絶する。

 フランシスコと関わったのは、人生の中でわずかな時間にすぎない。しかし、強い印象と影響をレオナルドに与えた。その相手を自分の手で葬ることに、レオナルドは躊躇する。


 目の前の顔の盛り上がりが蠢き始めた。今にも顔面からセミが這い出ようとしている。時間がない。どうすればよいのか。


「どんな才能や能力がある人間もいずれ死ぬ。私は自分の人生を歩んだ。悔いはないよ。よい旅だった」


 歪んだ顔を動かして、フランシスコは笑みを作る。


「レオくん、私を撃ちたまえ。そして呪術を止める方法を探して島を救ってくれ!」


 フランシスコが叫ぶ。おそらく彼が口にする最後の言葉だろう。レオナルドは拳銃を構え、今にも皮膚を破ろうとしているセミに、銃口を突きつけた。

 フランシスコが満足げな顔をする。レオナルドは、目に涙を浮かべて引き金を引く。

 乾いた音が室内に響いた。這い出ようとしたセミに穴が空き、フランシスコの頭が強く揺さぶられた。


 意思を失ったフランシスコの体が傾き、電動車椅子が動きだす。部屋の中央へと向かった車椅子は、途中でフランシスコの死体を落下させた。


 体を覆っていたカーテンがはだける。服は裂けており、胴体の部分からセミが現れた。空気に触れたばかりのセミは、まだ色づいておらず半透明だ。手足の場所にいたセミたちが、周囲を震わせる重低音を鳴らし始める。


 セミを全て倒さなければ。音圧に耐えながら銃を構えて近づく。狙いを定めて引き金を引く。一発、二発、セミを木っ端微塵にする。

 しかし、全てを殺し終える前に弾が尽きた。全身の血の気が引く。素手で戦えばギレルモのようになる。


 そのとき、廊下の先から悲鳴が聞こえた。銃を乱射する音が響く。視線を向けると、兵士たちの姿が見えた。

 彼らは足元を撃っている。床は小さな黒いもので覆われていた。それは壁や天井にも這い上がっていた。


 人の親指ほどの大きなアリが、群れを成して進軍している。壁の絵画や壁紙が崩れていく。

 黒い大群に触れた兵士が倒れた。靴を食い破られて、足を噛まれたのだ。短い悲鳴のあと、全身が隠れた。

 巨大アリたちは兵士を乗り越えてやって来る。破壊の波が屋敷の廊下を伝ってくる。建物の各所で叫び声がした。廊下だけでなく、侵入された部屋もあるのだろう。


 窓を開け放つ音が聞こえた。マリーアが窓の前に立っている。


「逃げましょう」


「しかし」


「セミの羽化は呼び水よ。悪霊を現実世界に呼び込むための切っ掛けにすぎないわ。あれが本命。森の石像の近くで見たでしょう。他にも多数の虫が現れているはずよ」


 レオナルドは、もう一度廊下の先を見る。圧倒的な数が押し寄せてきている。駄目だ。戦って勝てる相手ではない。


「ギレルモ!」


 レオナルドは、対立している相手に肩を貸そうとする。


「おまえの手は借りん。おまえはイバーラさまを殺した!」


 叩きつけるような怒声に身をすくめる。ギレルモは、口吻でえぐられた右目を押さえて、左目でレオナルドをにらんだ。


「ギレルモなんか置いていきましょう」


 屋外に出たマリーアが叫ぶ。わずかに迷ったあと、レオナルドは窓へと駆け、窓枠を乗り越えた。


 上空では巨大なトンボが舞っていた。遠方では数メートルあるムカデが這っている。近くにはまだ虫がいなかったが、囲まれるのは時間の問題だ。どちらに逃げるか迷っていると、車のヘッドライトの明かりが見えた。


「レオくん、マリーア、早く乗るんだ!」


 ジープが近づいてきて二人の前に止まる。アルベルトだ。レオナルドたちが乗り込むと、アルベルトはアクセルを踏んだ。


「陥没穴に行く準備は終えた。ダイナマイトも取ってきた。あとはヘリコプターだけだ。イバーラ氏は?」


「亡くなりました」


「そうか」


 アルベルトは沈痛な顔をする。


「それにしても、ヘリコプターをどうしましょうか?」


 レオナルドはアルベルトに尋ねる。


「ヘリポートの場所は分かる。しかし僕は操縦できない。レオくんは?」


「僕もできないです」


「管制小屋に、パイロットが常駐しているはずよ」


 マリーアの声に、レオナルドとアルベルトは目を輝かせる。


「よし。望みはまだ残されている」


 アルベルトはつぶやき、車を走らせた。

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