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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第六章 先住民の生き残り
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第三十七話 復讐者たちの集落

 しばらく進んだところで、ギレルモはハンドルを切った。大きな道から逸れ、細い道に入っていく。


「ここで降りよう」


 ギレルモが車を停め、後続のトラックも停車する。レオナルドは車外に出た。

 肌を焼くような日差しだ。道の先は獣道のようになっている。

 ギレルモは太い枝を一本折り、前方の草木を払いながら森の奥へと向かう。レオナルドと兵士はあとに続いた。


 そこは緑のトンネルだった。歩いていくうちに草の中に石像を見つけた。細い溝に覆われた、虫を模した像である。その上に蝶が留まっている。

 モルフォチョウだ。青色の金属光沢の羽が美しい。生きた宝石と呼ばれるのもうなずける。レオナルドは優美な姿を目で追いながら移動した。


 蝶がくしゃりと潰れる。そして、レオナルドが声を上げる間もなく、いなくなった。どこに消えたのか立ち止まって考える。


「おい、行くぞ」


 ギレルモが声をかけてきた。レオナルドは仕方なく動きだす。

 カメレオンのような爬虫類が、蝶を一瞬のうちに食べたのだろう。しかし脳裏には別の光景が浮かんでいた。

 石像の上を這う無数の虫が、蝶を捕食した。レオナルドはその想像を振り払うように頭を横に振る。


「ここが先住民たちの集落だ」


 足を止めたギレルモが、顎で前を示した。レオナルドは、ぽかんとして集落の様子を見る。

 沼と呼んでよい、虫が湧いている濁った水辺。その端に、ぼろ家と呼んでよい建物が数軒連なっていた。

 人間が暮らす環境としては劣悪すぎる。なぜ、こんなところにいるのかギレルモに尋ねた。


「虐殺で生き残った先住民は、住む場所を奪われた。そして、土地を金で売買する世界に組み込まれた。奴らはそのことを恨み、周りとの接触を断った。だから、誰も利用しない森の奥まで逃げたんだろうな」


 ギレルモは答えながら周囲の気配を探る。


「おい。誰かいるか!」


 声は折り重なる枝葉に吸い込まれる。人の気配はある。無人というわけではないようだ。しかし、先住民は入植者を嫌っている。呼ばれても進んでは出て来ないというわけか。


 ギレルモは、家の中を確かめるように兵士に命じる。建物に入った兵士が、困ったように戻ってきた。


「いるのは老人ばかりです。それも立ち上がれないような者たちです。呼んでも出てこないはずです」


 どういうことだ。狩猟や採集にでも行っているのか。レオナルドはギレルモと視線を交わす。ギレルモは兵士に、老人たちを外に連れ出すようにと言った。

 まるで戦場の捕虜のように老人たちは地面に並べられる。数は十人。彼らは十年ぐらい着続けたような汚れた布をまとっている。

 老人たちを前にして、レオナルドは質問を始めた。


「他の方は、どこに行ったんですか?」


 老人たちは答えない。もしかしたら、こちらの言葉が分からないのかもしれない。


「おい、この中で代表者は誰だ。一番偉い奴だよ」


 ギレルモが銃を突きつけて聞く。誰も口を開かない。ギレルモが恫喝すると、不遜な態度に腹を立てたのか、一人の老人が胸を張り、自分がこの集落の長老だとスペイン語で答えた。


「あんたら何者だ?」


「俺の名はギレルモだ。イバーラさまの屋敷から来た」


 長老は、なるほどといった顔をする。


「以前も、フランシスコ・イバーラの手の者が訪れたことがある。なんの用だ? わしらの家を漁っても、金目のものはないぞ」


 嘲笑する口調で言う。


「これで全員か?」


「虐殺されたからのう」


 老人は卑屈な笑い声を上げる。しかし、全員であるはずがない。足腰の立たない者ばかりでは生活ができない。歩き回れる者たちは、全て出払っていると考えるべきだろう。


「あんたの名は?」


「チマリだ」


「チマリさん。ディエゴさんのことは知っていますか? 当時の話を聞きたくて来たんです」


 レオナルドは、会話に割って入る。チマリは、値踏みするようにレオナルドとギレルモを見上げた。


「なにを聞きたいんじゃ?」


「イシキリゼミの呪術についてです」


 チマリの顔色が変わる。なにか知っている人間の反応だ。


「いったいなにが起きるんですか?」


「わしゃあ、なにも知らんよ」


 ギレルモが銃を出して、チマリのこめかみに銃口を突きつけた。


「なにを隠している。知っていることを全て話せ」


 ギレルモは引き金に指をかける。しかしチマリは、銃に対して恐れを見せなかった。相手の意志が固いと分かったのだろう。ギレルモが銃を引き、レオナルドに向き直る。


「おいっ、家の中を調べろ。こいつら、石のように黙り続けるつもりだ」


 レオナルドはうなずき、沼地の近くの手近な家に入る。

 部屋は狭く、驚くほど荷物が少ない。文明に毒されていないために電化製品がない。それだけで、これほどまでに簡素になるのかと驚いた。

 室内には小さな棚があり、生活用具が載っていた。レオナルドは引き出しを開ける。セミの人形があった。島の祭りで使う木彫りのものだ。他にはめぼしいものはない。


 次の家も覗いてみるが新しい発見はない。端から探しても無駄かもしれない。

 周囲を見渡すと、一番奥の家だけが新しく、他のものよりもわずかに大きかった。入り口には装飾があり、支配者の居館といった風格を持っている。

 レオナルドは奥へと進み、扉のない入り口を抜けた。


 小さな小屋ほどの空間には本棚があった。この場所には少なくとも、文字を読める者が住んでいる。それどころではなく、高度な教養を持った人間が暮らしている。

 本棚には娯楽的読み物はなく専門書しかない。一瞬、ディエゴの家ではないかと思ったが、首を横に振る。この家は、ここ数年で作ったような真新しさだ。

 ディエゴは十年前に死んでいる。彼が暮らしていた場所ではない。それに棚には最近出版された本もある。


 部屋の隅にかごがあった。見覚えがある。このかごを持って、現金を得ている人物をレオナルドは知っている。

 本を買うには金が必要だ。町に頻繁に出て金を稼がなければならない。一人の男の存在が浮かび上がる。

 テオートル。彼は先住民と白人の混血のようだった。彼はディエゴの息子ではないか。それならば高い教養があることもうなずける。


 本棚だけでなく普通の棚もある。袋がいくつかあり、中を確かめると石の板が出てきた。

 板には虫の姿が鮮やかに浮かんでいる。化石だ。小袋もあり、そちらには小さな石が入っている。呪術に使う化石の破片だろう。


 室内を見渡してレオナルドは考える。この家は最も広く、手をかけて作られている。テオートルが持っていた威厳を思い出す。

 彼は集落の王ではないのか。もしテオートルが指導者的立場の人間ならば、彼を含めて動ける者が誰もいないのはなぜか。彼らは今どこにいるのか。

 レオナルドは、ぶつぶつとつぶやきながら表に出る。そして、ギレルモたちがいる場所に戻り、チマリの前に立った。


「チマリさん。テオートルさんたちはどこにいるんですか? 彼はディエゴさんの血を引いており、この集落で王に相当する人ですよね」


 テオートルの名前を出すと、チマリは殺意の混じった目をレオナルドに向けた。


「おまえ、どこまで知っているんだ?」


「イシキリゼミの呪術は、素数と入れ子構造が関係している。それは時間を操るものに違いありません。

 テオートルさんが、ディエゴさんの血を引いているのならば、呪術の詳細も受け継いでいるんじゃないんですか?」


 チマリがぼろ布のような衣の下から、鋭く削った枝を取り出した。その切っ先を気合いの声とともにレオナルドに向けて突き出す。

 全身の汗腺が一気に開く。体が硬直して避けられなかった。


 銃声が響く。ギレルモが引き金を引き、チマリの腕を撃ち抜いた。チマリが悲鳴とともに地面に転がる。


「大丈夫かレオナルド!」


「うん」


「てめえ、なにを隠していやがるんだ。知っていることを全て話せ!」


 ギレルモがチマリに怒鳴る。チマリは血が垂れる腕を押さえながら、汗の浮かんだ顔を上げた。


「島に住む人間が、みんな死ぬんだよ」


「いったいなにが起きるんだ?」


 ギレルモは銃を向けてチマリにすごむ。


「世界の境界が曖昧になり、時の螺旋が隣接する」


 自分たちが推測したとおりだ。レオナルドは膝を突き、チマリを正面から見る。


「イシキリゼミの周期で三桁目になった年に、島を滅ぼす呪術が発動する。そうですよね。詳細を教えて欲しいんです」


「いいだろう、教えてやろう。大虐殺のあと生き残った者たちは、島に災いをもたらすために大掛かりな呪術を用意した。復讐のためにな。わしらは、手元に残っていた聖地の化石を飲むことで、自らに呪術をかけた」


「ちょっと待ってください。入植者たちではなく、あなたたちに?」


 チマリはレオナルドの無知を嘲笑う。


「そうだ。しかし、それでは生贄の数が足らなかった。わしらは虐殺されて数が少なかった。四十九年後にまで生存している人間が、どれほどいるのか分からなかった。

 そこで儀式が終わったあと、ディエゴが町に出て道行く人に声をかけた。わしらは無視しても、ディエゴの話なら聞く者がいる。そして呪術の対象者を増やしたんだよ」


「そしてイバーラさんが石を飲んだ」


「けっこうな人数が受け入れたそうだ。その時期、島は異様な興奮に包まれていた。普通ならやらないことでも、試みる雰囲気があった。

 呪術は四十九年を経て、今まさに発動しようとしている。もうすぐ、島は周囲から隔離されて、違う時の流れと交わる。もう止めることはできない。

 おまえたちは事実を知っても、どうすることもできないんだよ!」


「馬鹿を言うな。そんなことがあってたまるか!」


 呪術を否定しているギレルモは、大声を出す。チマリがまるで勝者のように高笑いを上げた。ギレルモの目には、激しい怒りが浮かんでいる。今にも撃ち殺しそうだ。


「どうすれば、呪術は解けるんだ?」


「信じていないようだが解き方は聞くんだな。おまえは、わしらが憎む、島の入植者の子孫だ。知っていたとしても、誰が教えてやるものか! 絶望に打ちひしがれて死ぬがいい!」


 ギレルモがチマリの顔面を殴った。チマリは宙に浮いたあと、地面に落下して白目を剥いた。ギレルモは肩で息をする。そして呼吸を整えて兵士に顔を向けた。


「こいつらを全員、屋敷に連行する。縛って連れて行け」


「ちょっと待った。いくらなんでもそれは!」


 レオナルドは叫ぶ。


「黙れ!」


 ギレルモの気迫に圧倒された。兵士たちは事前に話を聞いていたのだろう。老人たちに銃を突きつけ、縄で縛り始めた。

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