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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第三章 島の富豪の呪術的過去
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第二十二話 孤独な王様と狂信する崇拝者

 屋敷の前には、一台の大型SUVと二台のトラックが停まっている。トラックの一台は兵士を乗せたもの、もう一台はギレルモが運転するものだ。

 ギレルモがハンドルを握るトラックの助手席には、カルロスが座っている。荷台には、完成したバギーラ・キプリンギやその装備、各種機材やコンピュータなどを満載している。


「久し振りのお屋敷の外だから楽しみだわ」


 マリーアが嬉しそうに声を上げた。SUVの二列目の座席にはフランシスコとマリーア、三列目にはアルベルトとレオナルドが乗り込んでいる。


「行くぞ」


 フランシスコがトランシーバーで命令した。


 まずは兵士を乗せたトラックが動きだす。次にギレルモが運転するトラックが門へと向かう。最後にフランシスコを乗せた車が出発した。


 車はゆっくりと走り、庭を横切っていく。庭には武器を携えた兵士たちがいる。兵士は、レオナルドやアルベルトのように、島外から雇った人間だ。

 島の人間は信用していないのだろう。島民のために尽力しながら、島民のことを疑っている。フランシスコの行動は矛盾しているように思えた。


 兵士たちの立つ場所を通り過ぎ、車は門に近づいた。白い壁のあいだにあるアーチ型の門を抜け、屋敷の外に出る。

 レオナルドは振り返る。これだけ中で暮らしていながら、外側から森の城を見るのは、まだ二度目だ。レオナルドは門の上に視線を移す。謎の模様が目に入った。


 左から順番に『◎◎◎◎○○○』と記号が並んでいる。

 そういえば来る途中にも目撃して、不思議に思った。そのときは数字かなと考えた。この模様は、なんの意味があるのだろう。


「イバーラさん。門の模様は、なにかいわれがあるのですか?」


 マリーアと話していたフランシスコは、レオナルドに顔を向けた。


「あれは、島の先住民が使っていた紋様の一つだよ。数字の二二二二一一一を表している。時の螺旋を司るクモと関係するそうだ。昔から島で見かけるものだよ。だから、お守り代わりに、門のアーチの上に掘り込ませた。

 そういえば、模様が示す数字は、ディエゴの日記にも書いてあったな」


「数字の意味は?」


 フランシスコは肩をすくめる。


「分からんよ。なにせ日記だからな。他人に説明するために書いたものではない。ただ、リベーラ島の呪術の本質だと書いてあった」


 数字が呪術の本質なのか。しかし、数字をどう弄り回しても、意味を見出すことはできない。


 車は門から遠ざかり森に入る。火山へは町の近くを通っていく。島の中央部や北部には人が住んでいない。そのため東の屋敷から、西の火山を直接結ぶ道はない。

 下り坂をしばらく進んだところで、視界が開けた。前方に青い海と工場地帯の様子が見えてきた。


 車内にはラジオの音が流れている。チャンネルはリベーラ島の地方局だ。アナウンサーが今日のニュースを読み上げていく。

 森に入って行方不明になった親子が、白骨死体で見つかった。新しい研究施設の建設が始まった。いくつかの記事のあと、アナウンサーはデモの話題に移った。


 デモの主導者ペドロ・ラメーラの名前が出てくる。デモによる負傷者の数と、破壊された店の名前が読み上げられた。

 森の城に来る前よりも、さらに過激になっている。女性や子供が暴動に巻き込まれて怪我をしたそうだ。痛ましいことだとレオナルドは思った。


「ラジオを消してくれないか」


 フランシスコは運転手に告げる。島民の怒りの矛先は、フランシスコに向いている。放送を聴いて胸にこたえたのかもしれない。


 ラジオの音がなくなった車内は静まり返った。重苦しい空気が人々のあいだに漂う。

 しばらく走ったところで、フランシスコがトランシーバーで指示を出した。少し休もう。外の空気を吸いたい。フランシスコはそう伝えた。


 トラックとSUVの車列が停まった。扉を開け、乗車していた人間たちは外に出る。

 足元は地面がむき出しの荒れ道だ。道の下は傾斜した森になっており、その先にリベーラ島の南側の景色が大きく広がっている。家々の屋根が光を反射して、無数のビーズのように輝いている。


「島が騒いでいる」


 フランシスコは、車椅子の上で言った。


「島に住む者たちは、島の未来を左右する能力を託されてはいない」


 その声には、悪意も善意もなかった。


「レオくん」


「なんですか」


「人は、ときにギフトを与えられる。それを受け取った人間が、どういった振る舞いをするべきか分かるかね?」


 レオナルドは兄たちを思い浮かべる。父の望みどおり、医者と弁護士になった二人。彼らは人を助ける仕事をしている。


「他人のために使わなければならないと思います」


「そうだ。ギフトは個人に与えられたものではない。人は、誰かにもらった贈り物を、他人のために役立てないといけない。


 人は様々な能力を授かる。それは大きかったり小さかったりする。能力を私利私欲のために使う者もいる。そして他人のために使う者もいる。人は自分の力を他人のために活用することで、精神的な貴族になるのだ。


 私はギフトを与えられた。その力は、島を未来に導く強さを持っていた。私は貴族の務めを果たしたいのだよ。自分が力を授けられたことに感謝して、後世の人たちになにかを残して死んでいきたいのだ」


 フランシスコの話をレオナルドは無言で聞いた。

 この老富豪には、欲望はないのかもしれない。富は、事業を推進するための力として保持している。私兵を雇っているのは、島の未来を定めるまで、自分の命を維持するためではないか。


 自分は誰かのために力を使えているのか。ただ、現実から逃げ回っているだけなのではないのか。


「しかし、政治は難しいな」


 フランシスコは、町を見下ろしながら微笑する。


「ゲーム理論は知っているかね?」


「ええ」


「囚人のジレンマは?」


 レオナルドはうなずく。


 二人が協調すれば互いに小さな損失をこうむる。一方が裏切れば、片方が利益、片方が大きな損失となる。二人が同時に裏切れば、中程度の損失が待っている。そうした状況で、人が陥るジレンマのことだ。


「政治とは、囚人のジレンマの二人に、協調させる行為だ。個人にとっては最適解ではなくても、集団にとっての最適解を選択する意思決定だ。

 そのことにより、個人は最大の利益を得られない。損をしたと感じる人間が多く出る。しかし誰かがおこなわなければ集団は衰退する。


 私はリベーラ島の経済を、世界の上位数パーセントの水準まで引き上げたい。そのために工業を興し、今は先端産業を推進している。だが、格差が生じて不満が渦巻いている。政治は難しいよ」


 フランシスコは眼下をながめながら言った。


 レオナルドは、フランシスコに好意を持つ。そして彼の考えに共感した。

 フランシスコが成功したのは、能力を得たからだけではない。彼は、この島になくてはならない人物だ。


「イバーラさんは、若い頃は各地を転々としていたんですよね。なぜ島に戻り、開発を始めたのですか。故郷を捨てるという選択肢もあったのではないですか?」


 フランシスコは、町の中心にある港に目を向け、表情を引き締めた。


「私が四十二歳のときのことだったよ。私は七年に一度、突然の眠りに就く。その時期は仕事を休んで、島への帰省に当てていた。それはちょうど三回目のときだった。


 その頃私は、既に多くの財産を持っていた。世間では富豪と呼ばれ、私自身も自信と満足を得ていた。

 リベーラ島に戻った私は、広場近くのレストランで食事をしていた。金はあったから、島外から食材を運ばせ、豪勢な料理を並べていた。何人かの知人を招き、酒を振る舞って騒いでいたんだ。


 レストランに扉はなく、広場の様子が見渡せた。そこに人々の集団がやって来た。年配の男や屈強な男に囲まれて、十数人の少女たちが歩いていた。

 なんだろうと思った。一団は港に向かい、船に乗り込んだ。私は興味を持ち、同席した島の人間に、彼女たちのことを尋ねた。

 売られていく女の子たちですよ。その言葉を聞いたときに衝撃を受けた。自分はなにをやっているんだと強く思った。


 私が子供だった頃、島は貧しかったが人々は笑顔で暮らしていた。人買いがやって来て、少女を連れて行くことはなかった。

 私が呪術を受けて二十一年の歳月が流れるあいだに、島の外の世界が大きく変わった。工業化や都市化が進み、島の中と外の経済格差は拡大した。そして島の住人は、生活のために娘を売らざるを得なくなったのだ。

 私は、そのことを知らなかった自身の無知を恥じた。


 そして、その日を境に、島で生活を始めたのだよ。私が稼いだ全ての富を注ぎ込み、島を変えようとした。

 それから四半世紀以上が経ち、島はどん底の貧しさから脱した。だがいまだ目的を達成したとは言いがたい。私が死んだあとも人々の生活は続く。死後の礎を残して死ななければならない。私は立ち止まるわけにはいかないのだ」


 フランシスコの顔は活力に満ちている。この富豪の人生は、まだこれからなのだとレオナルドは思った。


 気がつくと、いつの間にかギレルモが、フランシスコの近くに立っていた。彼は尊敬の眼差しをフランシスコに向けている。

 ギレルモは、フランシスコによって引き上げられた人間だ。そして、フランシスコの仕事を手伝うことに喜びを見出している。フランシスコは、ギレルモに顔を向けて苦笑する。


「おまえは、私を敬いすぎだ」


「私にとってイバーラさまは、神に等しい存在です」


 それだけの能力と精神を、この老人は持っている。


「私は、ただの人なのにな」


 フランシスコは嘆息する。彼がなぜレオナルドに、これほどまで自分のことを話すのか分かった気がした。利害関係のない客人だからだ。この島で彼は、憎悪か崇拝の対象のいずれかだ。悪魔か神か。人として見る人間は、わずかしかいないのだろう。


「行こう、先住民たちの聖地へ。私たちの遥か昔に、島に君臨していた人々の遺産を、確かめに行こうではないか!」


 フランシスコは明るい顔で周囲に言った。一行は大きな声で返事をして、再び車に乗り込んだ。

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