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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第一章 南海の孤島リベーラ
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第二話 島の広場と首吊り人形

 木々のざわめきが聞こえる。鳥や獣や虫の声が、耳に届く。周囲は音が溢れている。都会とは異なる騒々しさ。

 においも違う。植物や土のにおい。空気を満たす湿気。レオナルドは、リベーラ島の緑に覆われた道を歩いていく。


 島は西に火山があり、そこから東に高地が続いている。島の形はほぼ円形で、南に港があり、町が広がっている。レオナルドは、南西にある祖父の家から、東を目指している。


 町に着いた。レオナルドは中央広場に向かう。町の作りは、ヨーロッパの地方都市を思わせる。

 港に面した広場の北端に教会があり、時を告げる鐘楼が天へと伸びている。広場の地面は石畳で、周囲の建物は石造りだ。


 レオナルドは広場に入り、周りを見渡す。開けた場所は、祭りの人出で賑わっている。無数の屋台が立ち並び、そのあいだを縫うように、虫のお面を被った男女が歩いている。

 セミの抜け殻で作った首飾りをかけている者も多い。そこかしこで人々が楽器を奏で、歌を歌い、音楽に合わせて踊っている。広場は祭りのリズムに包まれていた。


 待ち合わせと言っていたが、これだけの人がいる場所で、無事に会えるのか。それ以前に、約束の時間に本当に相手は来るのだろうか。この島に限らず、中米の人々は時間にルーズだ。祖母の食事を取り、腹を膨らませておいた方がよかったかもと反省する。


「とりあえず写真を撮っておくか」


 今晩のブログ用の写真を用意しておこう。レオナルドは、鞄からスマートフォンを取り出してカメラを起動する。画面の中の光景は、秘密の儀式のようだ。祭りというものが、本来呪術的なものであることを実感する。


 しばらくすると、港の方角から荒々しい声が聞こえてきた。なんだろうと思い顔を向けると、多くの男たちが広場に雪崩れ込んできた。彼らは棒を持ち、プラカードを掲げている。若者もいれば老人もいる。広い年齢層が参加していることが見てとれた。


 レオナルドは祖父の話を思い出す。

 島で深刻な経済格差が起きている。自給自足に近い漁師と、外貨を稼いでいる工場労働者。それだけでも手にする金に大きな違いがある。そこに加えて近年は、島外で教育を受けて戻ってきた先端産業の担い手たちがいる。

 島の住人は、収入によって大きく分断されていた。


 デモの参加者のほとんどは、急速な成長の恩恵に与れなかった貧困層だ。主導者はペドロ・ラメーラ、網元の三十八歳。親分肌の男で、妻とのあいだに五人の子供がいる。


 彼の主張はシンプルだ。


 ――貧困から抜け出すために、島民の全てが過去の文化や生活を捨てるのは間違っている。島の文化や生活の維持と、経済格差の解消を両立させるには、島外から稼いだ金の分配が必要だ。


 ペドロは、ベーシックインカムを思わせる直接的な金銭の再分配を要求している。そうしたペドロたちの矛先がどこに向かっているかは、デモを見ればすぐに分かる。

 集団の中に、紐で首を吊った人形を持っている男がいる。人形には、フランシスコ・イバーラという、島随一の有力者の名前が書いてあった。


 レオナルドは、リベーラ島に来てから、フランシスコのことを調べた。実際の彼は、極めて合理的なやり方で再分配をおこなっている。

 教育の無償化。電気と通信の一定額までの無料化。しかしそれらは、先端文明に島民を導くためのレールだ。今の生活を維持したまま格差を解消したいと願う、ペドロたちとは相容れない。


 デモは広場の人々を押しのけて侵入してくる。音楽や歌声がやみ、人のざわめきだけが残る。

 レオナルドは、デモの様子を記録しようとしてスマートフォンを向けた。男たちの一人が、レオナルドを指差す。数人が怒りを露わにする。棒を手にした一団が、群衆を掻き分けて動きだした。


 しまった――。レオナルドは、自分が失態を犯したことを悟る。この島では、貧困層はスマートフォンを持っていない。中間層は所有しているが、中古の格安機種がほとんどだ。

 レオナルドは、デザインが洗練された最新の高額機種を用いている。それに、祖父が指摘したように日焼けもしていない。

 富裕層が、金持ちの道具でデモを撮影している。島で貧しさに憤っている人々から見れば、格好の標的だ。


 ――デモに出くわしたら急いで逃げろ。


 祖父の言い付けに素直に従えばよかった。レオナルドは自身の行動を後悔する。


「なに勝手に撮っていやがるんだ!」


 数人の男たちがやって来た。男の一人が手を伸ばして、スマートフォンを取り上げる。


「あっ!」


 レオナルドは思わず叫ぶ。

 男は石畳にスマートフォンを叩きつけて、勢いよく踏んだ。レオナルドは、慌てて拾い上げる。ディスプレイが割れて基盤が見えている。修理が不可能なほどに壊れていた。


「なにをするんだ!」


 レオナルドは男に食ってかかる。その声を合図に、褐色に日焼けした男たちが集まってきた。

 やばい――。危険を感じたレオナルドは、群衆に分け入り、男たちから距離を取ろうとする。


「追いかけろ!」


 武器を持った男たちが、レオナルドを捕まえるために動きだす。

 広場が混乱に包まれた。人々は右へ左へと逃げ回る。足元に虫のお面やセミの抜け殻が無数に落ちた。それらを踏みながら、レオナルドは広場の出口を目指す。


 背後ではスペイン語の怒声が聞こえる。時折うしろを振り返りながら、レオナルドは必死に走る。しかし人の壁が厚く、思うように進めない。気づいたときには、出口から離れた建物の壁を背にしていた。


「捕まえろ!」


 男たちの手が伸びてくる。もう駄目だ。そう思ったとき、背後から何者かにつかまれて引っ張られた。体が人ごみのあいだに入り、建物の隙間に転がり込む。

 一人通れるかどうかの薄暗い場所。道として利用している者はほとんどいないのだろう。尻餅を突いたレオナルドのうしろには、ぼろをまとい、大きなかごを持った男が立っていた。


 レオナルドは、人の壁で遮られた広場の様子に耳を澄ませる。怒号が響いている。自分が逃げ込んだ場所はばれていないようだ。

 しばらく身を潜めていると、男たちの怒りの声が遠ざかっていった。どうにか難を逃れた。そのことに安心して、大きく息を吐いた。


「ありがとうございます」


 お礼の言葉をかけながら立ち上がる。

 目の前の男は、髪と目の色が、土地の者と違った。自分と同じように白人の血が混ざっているのだろう。レオナルドは、この島出身の父とアメリカに住む白人の母のあいだに生まれた。

 男の背は、島の人間よりも頭半分ほど高かった。また、肉体労働をしているのか筋肉に覆われていた。男は威厳溢れる姿をしている。身なりは浮浪者同然だが、高貴な生まれを感じさせた。


「レオナルドです。あなたは?」


「テオートルだ。おまえは島の外の人間のようだな。わざわざ争いに巻き込まれることはない。この島から立ち去れ」


 貧困層と富裕層の争いのことを言っているのだろう。観光や仕事で来ているのなら、島に長く留まらない方がよいという警告だ。

 レオナルドは確かに島外の人間だ。しかし同時に、祖父母が住んでいるという意味では、完全な外の人間ではない。


「祖父母がこの島で漁師をしているんです」


 自分を助けてくれた相手と距離を近づけようと思い、素性を明かした。

 テオートルは、にわかに顔を歪めた。先ほどまでの高貴な印象は消し飛び、野獣のような相貌になる。


「助けて損をした」


 叩きつけられた怒りの言葉に、レオナルドは身を硬くする。かごを抱えたテオートルは、背を向けて建物の隙間を歩き始める。彼は数歩進んだところで振り返り、声をかけてきた。


「先ほどの言葉は訂正だ。この島にしばらくいろ。楽しいことが起きるぞ」


 嗜虐の笑みを浮かべてテオートルは言う。その表情の冷たさにぞっとした。この島でよくないことが起きるのではないか。そんな胸騒ぎがした。


 しばらくして、待ち合わせをしていたことを思い出した。広場に戻ろう。再び人ごみの中に引き返し、辺りを窺った。

 遠目に、デモの様子が見える。プラカードと棒を持った人の列は、区庁舎に向かっている。

 デモが完全に消えたあと、広場の人々は、再び飲めや歌えやの大騒ぎを始めていた。


 レオナルドは時間を確認する。そろそろ待ち合わせの時刻になる。

 クラクションの音が聞こえた。顔を向けると広場を出たところに車が見えた。

 きちんと手入れされた乗用車だ。この島の住人は、車を持たない者が多い。所有していても著しく古い。まともな車に乗っているということは、島の富裕層なのだろう。

 MRLの社員かもしれないと思い、広場の出口まで行って覗き込んだ。


 運転席の窓が開いた。運転席には三十代半ばの男、助手席には二十歳ぐらいの男が座っている。

 年上の男は、頭にタオルを巻き、顔は無精髭に覆われている。引き締まった体で作業着姿、町工場の親方といった風情だ。

 若い方も同じ服装で、こちらは細身で小柄で、少し頼りなさそうだった。


 無精髭の男は、レオナルドの姿を一瞥したあと、不満そうな顔をする。


「レオナルド・フェルナンデスだな。俺は、ギレルモ・メンデスだ。隣はうちの若い奴で、カルロスだ」


 レオナルドは驚く。メンデス・ロボット・ラボラトリのCEO自らがやって来たのか。こちらの顔がすぐに分かったのは、ブログのプロフィール写真を確認したからだろう。


「レオナルド、おまえはプログラマらしいな。ブログにいろいろと経歴を載せていたが、実務で使えるかは分からない。コードを書かせると、途端にぼろが出る奴もいるからな」


 ギレルモの言葉に、レオナルドはむっとする。

 たぶん百人プログラマを集めれば、そのうちの上位五名に入る実力を自分は持っている。随分と見くびられたものだなと思った。


「乗れ。うしろのドアは鍵をかけていない。メールに書いていたように、いくつか試験をする。最初の試験に通れば車を進める。通らなければ車から叩き出す」


「分かりました。どういう試験なんですか?」


 レオナルドは笑顔を浮かべて、座席に座る。その表情の下で、ギレルモに強い敵意を抱いた。(続く)

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