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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第三章 島の富豪の呪術的過去
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第十八話 幸運の呪術、異能の視覚

 引き出しの並ぶ部屋で、レオナルドはフランシスコと相対している。


「レオくん。この島が、呪術に彩られた場所だということは知っているかね?」


「ええ。森のそこかしこに石像を作った先住民たちのせいだと思います。きっとスピリチュアルな生活をしていたのでしょう」


 フランシスコはうなずく。


「彼らは、五十年ぐらい前にほとんどいなくなった。そのことは?」


「知っています。大虐殺があったと祖父に聞きました」


「その大虐殺の少しあと、私は呪術師と名乗る一人の男に会った。彼は白人で、この島で教師をしていた。彼は、私が広場にいたとき『幸運を授けよう』と声をかけてきた。

 なにか異様な様子に見えたよ。抗いがたい気配を持っていた。

 当時私は二十一歳だった。幸運を授けるという言葉とは裏腹に、禍々しさを感じたよ。だが提案を受け入れた。そして呪術をかけてもらった」


「それは、なぜですか?」


 フランシスコの話は、合理的でないように思えた。


「私は当時、出稼ぎの鉱夫をしていた。鉱山に行き、お金を稼いで、一年に一度戻ってくる。そうした生活を送っていた。


 手元に残る金はわずかだったよ。その割に危険の多い仕事だった。少しの運の差で生死が分かれた。地面の奥深くで、多くの仲間が死んだ。落盤で、ガスで、鉄砲水で、死亡の理由には事欠かなかった。

 私は十六の頃からその仕事をしていた。未来に希望はなかった。他の大人たちと同様に、酒に溺れ、女に金を使い、身を持ち崩して死ぬのだろうと、漠然と考えていた。


 呪術師の言葉に心が引かれたのは、そうした当時の心境があったからだ。だがなによりも大きかったのは、島を覆っていた熱気だった。

 虐殺のあとの島は、異様な興奮に包まれていた。それまで抑圧されていた人々の感情が、ほとばしるように周囲に溢れていた。その濃厚な気配の中で、呪術は本当に効果を発揮するかもしれないと思った。

 それは私だけではなかったのだろう。あとで知ったのだが、私以外にも多くの人が呪術師に声をかけられて話に乗っていた」


「その呪術とは」


「少し変わっていたな。もし幸運を得たいのなら、この小さな石を飲むようにと言われた。こんなものを飲んで大丈夫なのかと疑問を持った。だが私は人生に飽いていた。変化を望んでいた。そして意を決して口に含み、胃の中に流し込んだ。

 呪術師は言った。それは太古の虫の卵だと。比喩だと思ったよ。渡されたのは、ただの石だったからな。


 さらに続けて呪術師は言った。虫は七年に一度の繁殖周期を持っている。そのたびに、きみは眠りに就く。そして自らの体から、虫が這い出て飛び立つ夢を見る。その代わりに幸運を授かる。

 それが私が受けた呪術の全てだよ」


「幸運は?」


「授かったよ。奇妙な形でだがね。それまで見えなかったものが見えるようになった。最近の言葉で言うなら拡張現実というのかね。視界に、新しい知覚が重なるようになった」


「視認できるようになったのは精霊や心霊ですか?」


「そうした類のものなら、自分の頭がおかしくなったと思っただろう。もっと現実的で具体的なものが認識できるようになったんだ。


 その感覚が、仕事に役立つものだと分かるまでには、それほど時間がかからなかった。休暇が終わり、再び鉱山に戻った私は、獲得した視覚を利用して、有用な情報が得られることに気づいた。

 地面の中の金属、つまり鉱床を感知できるようになった。その能力を通して見ているものが、なんなのか理解するには、それからしばらくかかった。なにを感じられるようになったと思う?」


「ちょっと分かりませんね」


「磁気だよ。おかげで私は、採掘を指揮する立場に昇進した。そして、出資者を募り、鉱山を探す山師になった。

 手に入れた力は、鉱山だけでなく油田を探すのにも役立った。地磁気の違いから、地下の空洞の有無が分かったからね。地下が見えると言ったマリーアの言葉は間違っていない。それから先のことは知っているだろう」


「富豪になった」


「そう。私は幸運を授けられ、富を手に入れたのだよ」


 フランシスコは、自信に溢れた顔で言葉を切った。レオナルドは少し考え、磁気を見るのは不可能ではないかと告げる。


「レオくん。きみは、世の中に磁気を感じることができる動物がいることは知っているかね?」


「確か、渡り鳥などがそうした能力を持っていますよね」


「そうだ。他にも感知できる動物はいる。その代表的なものが虫やその仲間だ。私はそのことを、幼少の頃に聞いて知っていた。


 私は富を得てから学問に励んだ。無学を補うために様々な書物を読んで勉強した。

 子供の頃に聞いた磁気についても調べたよ。渡り鳥も虫も、磁気を感知するクリプトクロムというタンパク質を持っている。彼らにとって磁気とは、精霊や心霊のようなものではなく、極めて具体的なものだ」


「でも人間には、磁気は見えませんよね」


「ああ、だが興味深い事実もある。クリプトクロムは人の網膜にも存在する。渡り鳥も同じ場所にある。

 このタンパク質については面白い実験がある。クリプトクロムを持たないハエに、人のクリプトクロムを移入すると、磁気の感知能力が回復するというものだ。


 人間は磁気を感じる部品を持っている。しかし、感覚として意識に顕在化していない。私は自分の中に、隠されていた能力が開花したのではないかと考えた」


「もし、イバーラさんの仮説が正しいのならば、それは呪術ではなく、純粋に生物学的な反応になりますよね?」


「そうかもしれない。しかし、そうではないかもしれない。

 少なくとも合理的に説明がつかないことがある。第一に、私が飲んだ石と能力の因果関係が不明だ。第二に、七年に一度の眠りの時期が、なぜあるのか分からない。第三に、新しい感覚が視覚と重なって現れたのも不思議だ。

 それ以外にも、呪術の実在を考えるようになる現象が、私の人生であったのだよ」


「その現象とは?」


「マリーアの母親に関係する出来事だ」


 レオナルドはマリーアの話を思い出す。彼女は、島の石像の周りで悪霊を見ると言っていた。母親は、シャーマンの家系に連なると話していた。


「マリーアの母親ドロテア・パディージャは、ヨーロッパのピレネー山脈の麓で生まれた。彼女の家系は、村のシャーマン的立場だったそうだ。そしてその力を、自身も持っていると主張していた。


 ドロテアは、私の次男のグラシアノと結婚した。彼女は初婚だったが、大学時代に学友と作った娘がいた。私はそのことで、息子と言い争いをしたものだよ――」


 フランシスコは、昔を懐かしむ表情を見せる。

 マリーアの両親は、十年前に島民の凶弾に倒れた。在りし日に、思いを馳せているのだろう。


「島にやって来たドロテアは、リベーラ島は精霊に溢れていると言った。それは自然が多く残っているという比喩だと私は受け取った。

 だが、そうではないと、しばらくして分かった。彼女も娘のマリーアも、初めて訪れた場所で、石像の位置を正しく指し示した。彼女たちは、その場所の近くに精霊がいると主張した。


 そこで私はいくつかの実験をした。そして、彼女たちが私のように磁気を見ているわけではないと分かった。もちろん私は、彼女たちの言う精霊を目撃したことはない。


 どうやら人間には、通常とは違う多くの知覚の可能性があるようだ。そうした特殊な知覚があれば、人間の常識は大きく変わる。その能力を集団が共有していれば、文化や思想は著しく異なるものになる。私はそう考えるようになった」


 レオナルドはフランシスコの言葉を受け入れようとする。数秒努力したあと、首を横に振った。


「にわかには信じられません。しかし、あなたの考えを否定することもできません。

 私には、あなたの見ている世界が分かりません。だからあなたの目に映るものが、本当か否か証明する手立てはありません」


「しかし、現実にそうした視覚は存在している。きみが隠した金属塊は磁鉄鉱だよ。私の目には、その姿が物陰であろうとも、はっきりと見える」


 レオナルドはフランシスコが語った内容を検討する。世迷いごとだと切り捨てるには説得力があった。なによりフランシスコは、その能力を使って、現実世界の鉱脈や油田を探し当てて富を得ている。

 彼の能力を否定するならば、他の合理的な立身の理由が必要だ。一介の鉱夫が巨万の富を手に入れるための方法を、誰もが納得するように説明しなければならない。


「それで、イバーラさん。ロボットを開発して洞窟探査をすることと、呪術のあいだにはどういった関係があるのですか?」


 話の核心はそこだと思った。

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