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空想科学オカルト小説 南方呪術島の冒険  作者: 雲居 残月
第二章 火山洞窟探査計画
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第十一話 ベンチャー企業のスカウトマン

 床に転がったレオナルドの心は、闇の底へと沈んでいく。記憶を過去へとさかのぼらせる。


 レオナルドの家族は五人である。リベーラ島出身の父に、アメリカ生まれの母。そして、十ほど年の離れた兄が二人いる。

 父はアメリカに渡ったあと、中米料理の店を開き、チェーン展開して成功した。父は教育に金を惜しまなかった。子供たちを島外に進学させた祖父の影響だろう。レオナルドが小学校に入る頃、兄たちは遥か高みに登っていた。


 二人の兄たちは、神に愛されていた。明晰な頭脳を持つ彼らのことを、幼いレオナルドは誇りに思った。その兄たちが、自分を傷つける原因になるとは考えていなかった。

 兄たちに非はない。周りの大人たちが二人の兄と比較して、レオナルドの心に深い傷をつけたのだ。


 小学校に上がり、友人の家に遊びに行った。ゲームをしていたレオナルドに、友人の母親が話しかけてきた。


「レオくんのお兄ちゃんたちは、飛び級で大学に入ったんだよね。レオくんも、やっぱり頭がいいの?」


 彼女の期待の眼差しに、レオナルドはたじろぐ。


「僕には無理だと思う」


 小さな声で言うと、失意が返ってきた。望んでいた答えとは違う。彼女の興味が、急速に失せていくのが分かった。


 兄たちの話題は、行く先々で登場した。


「きみのお兄ちゃんは、手にした本を一読で記憶したよ」


「高度な数学を短時間で理解したよ」


 様々な人が語るエピソードは、兄という存在を重くした。周囲の大人たちは、レオナルドと同じ年齢のときに彼らがしたことを嬉しそうに話す。そのあと決まって、似たことを言った。


「きみもそうなの? きみもできるの?」


 尋ねられるたびに視界が歪む。できないことを説明すると、必ず失望される。かけられる期待に対して、なんの能力も示せない自分がいた。

 兄が一人なら、こうした話は振られなかっただろう。二人いたからこそ、三人目もと思われたのだ。レオナルドは、兄たちの劣化版が自分だと信じるようになった。


 人になるべく会いたくない。そう思うまでに、それほどの時間はかからなかった。

 レオナルドは、兄たちのいない世界を探した。リアルな世界でなにかをすると、必ず彼らの影に出会う。二人から逃げたレオナルドは、コンピュータの世界にたどり着いた。


 行動に対して一定の結果を返す計算機。そしてネットに旅立てば、兄たちのことを知らない人たちが待っている。


 自分の精神を守れる世界。卑屈な笑みを浮かべずに済む場所。


 レオナルドは、一人で部屋に閉じこもり、小さな機械相手に時間を割き続けた。


  *****


 情報工学を学ぶために大学に行きたい。そうした希望を告げた翌日、レオナルドは父の部屋に呼ばれた。


 壁を覆う棚。そこに並ぶ無数のファイル。父は事業を売却して、今は投資で生計を立てている。自身の部屋で、暇があれば資料を読んでいる。


「なぜ兄たちのように、医者や弁護士を目指さないのか」


 経済的な成功だけでなく、尊敬される職業に就かなければならない。

 父は、子供の職業選択にこだわりがあった。低所得者向けの飲食業から成り上がった父は、自身の成功過程に強い劣等感を持っていた。


 レオナルドは答えに窮する。自分は、兄たちの劣化版にすぎない。だから比べられない場所に行きたい。本当の理由は、口にできなかった。


「これからの時代は情報技術だよ」


 偽りの理由を述べて、父を懸命に説得する。自分の言葉が空疎に響いているのが分かった。父は全てを見透かしたように、息子をながめていた。


  *****


 レオナルドは大学に進んだ。希望のとおり、情報技術を学ぶ学部に入った。

 誰もが羨む大学。人類全体の中では、高い能力を持っているのだろう。しかし、兄たちを見て育ったため実感できなかった。

 上には上がいる。自分の上位互換が存在する。そうした場合、どうやって自分を肯定すればよいのか。方法が分からないまま、家族から離れることで精神の平衡を保とうとした。


 大学の食堂。多くの学生たちが談笑している中で、レオナルドは一人で食事をしている。白いテーブルに椅子。壁は全面ガラスで、日差しが入っている。

 希望に溢れる明るい光景。しかしレオナルドの心は曇っていた。希望とは、未来に喜びを見出す心境だ。レオナルドは、自分が何者にもなれないと信じていた。そして絶望を抱いていた。


「前に座ってもいいか?」


 突然声をかけられて顔を向ける。

 太った白人男性が、料理を山盛りにしたトレイを持ち立っていた。服装はパツパツのTシャツ。口元には下品な笑みを浮かべている。

 あまり関わり合いたくない相手だ。レオナルドは周囲を見渡す。周りにはいくらでも席がある。どうやら自分に用があるようだ。

 しかしなんの用だろう。変に断ってトラブルになっても困る。そう判断して「どうぞ」と答えた。


 太った男は、どかりと椅子に座り、テーブルに肘を突いて体重をかけた。


「レオナルド・フェルナンデスだな。レオと呼ばせてもらう。俺はボブ・バートン。BBと呼んでくれ。おまえと同じプログラマだ。

 見てのとおり、イケメンで高い能力を持っている。世の女どもが放っておかないはずだが、なぜか縁がない。まあ、仕方がない。俺は少し前まで、引きこもりだったからな。女どもに人気がないのは、口が悪いのも原因だ。


 そんな俺だが、スナック菓子界隈では、それなりの地位を築いている。俺のスナック菓子評論ブログは、かなりの人気だ。あまりにも熱心に活動しすぎたせいで、体重が少々増えてしまった。俺の腹回りの贅肉は、そうした名誉の勲章だ。


 さて、俺が目下力を入れているのはIT系ベンチャー企業だ。クレイグっていう気取り屋が、俺に人材スカウトを依頼してきた。

 レオ、俺たちのベンチャー企業にジョインしないか。見たところ、おまえは友人がほとんどいないだろう。奇遇だな、俺もなんだ。


 さあ、答えを聞かせてくれ。俺は待つのが嫌いだ。プログラマだから短気なんだよ。

 俺たちは、現在三人いる。女たらしのクレイグ・ホーガン。無口なアン・スー。そしてイケメンな俺。おまえがくれば四人目になる。

 あー、おまえの二つ名は、根暗のレオでどうだ? 俺たちは、近くのアパートを借りて事務所にしている。今から行こうぜ。友人として歓迎する」


 口から万国旗でも出すように話したあと、BBは握手の手を差し伸べてきた。レオナルドは呆気にとられたあと、自分のトレイを指差した。


「冷めるから、食べてもいい?」


「ちっ、食欲に負けたか。分かった、OK、仕方がない。じゃあ、食べたあと事務所に直行だ」


 BBは、レオナルドの二倍の量を、半分の時間で平らげた。レオナルドはじっと見つめられながら食事をする。どうやら逃がしてくれないようだ。レオナルドは諦めて、BBとともに事務所に行くことにした。

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