表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

公認不倫

作者: 慧波 芽実

「結婚おめでとう!」

「ありがとうございます」

「末永くお幸せに!」

「ありがとうございます」

 きらきらと舞い落ちる花びらに目を細めた。





 あの日から数年僕達は今日もともに暮らしている。背の高い妻は目線が同じになる。緩く結ばれた髪が揺れた。


「今日はどうするんですか?」

「晩御飯? 今日は不倫してくるからいらない」

「わかりました」


 どこか他人行儀なとても年下の妻と僕の間に愛はない。

 僕には僕の愛する人がいて、妻も時折出かけているから恐らく愛する人がいるのだと思う。

 僕にとって妻はただの便利なものだ。


「あぁ、そうだ」


 僕が声をかけると妻が振り返る。


「母さんが病院の日だったと思うから付き添いしろよ」

「はい」


 そういうと僕は部屋を出た。本当に便利な妻だ。




 僕と妻は飲み屋で知り合った。

 僕の愛する人にプロポーズをして、親戚関係がめんどくさそうで結婚は無理と言われて荒々しく飲んでいた時、長く付き合っていた彼氏に振られたとひとりで飲んでいる妻と会ったのがきっかけだ。酔っぱらいのままお酒を飲み、愛する人に書いてもらうはずだった婚姻届に書いてもらい、そのまま役所に提出をした。

 酔いが覚めた頃には婚姻していた。

 こんなことあるか、離婚だ、とならなかったのは僕の実家がいわゆる財閥であったこと、相手がいなくては実家指示した相手と結婚しなくてはいけなかったこと、もろもろの事情があり、妻との話し合いのうえで結婚関係を継続することになった。スムーズに話が進んだ理由の一つに妻の身内事情がある。妻には身内がずいぶん前に事故にあっていないことも僕には都合が良かった。下手に夫婦のことに色々言われるのがいやだったことも理由のひとつだ。僕は見た目もいいし、ゆくゆくはこの財閥を率いる。変なことで足をひっぱられたくはなかったのだ。



 もちろん両親にはいろいろ言われた。もっとよく知ってからとか、身元を調べろとか。あぁ、あと昔からお酒には注意をしろといっていただろとも言われた。


「とりあえず会わせなさい」

「やだよめんどくせぇ」

「お酒での失敗はあれ限りにしてほしいの!」

「あれって?」

「ほら、事故をして」

「そんなこと知らねぇよ」

「そんな」

「なにかそれで言うことある? すべて終わっているのに?」


 結婚前に両親と話したのは少しだというのに昔のことを言い出す両親は面倒臭く、はやく引退してほしいとさえ思う。そういうふうに言いくるめて、妻との挨拶もなく身内だけの結婚式を行った。


 結婚式が過ぎてから妻と話し合いで結婚関係を継続するためのいくつかのルールを決めた。



 一、お互いに気持ちが向くまでエッチをしない

 二、寝室は別

 三、不倫しても文句を言わない

 四、不倫している日は不倫だからいらないと相手に伝える。

 五、実家にいくときだけは良き夫婦でいる。



 正直、妻の見た目はタイプではなかったから妻以外を愛せる今がとてもいい環境だ。

 ただそれだけを守って数年が過ぎた。お互いに過去のことは口にしない。干渉もしない。妻には毎月少なくないお金をやっていて、たまに食事をともにする程度だ。

 そんな関係で、妻にはとくに不満はない。


「君を愛してるよ」

「嬉しい!」

「君と飲むお酒が一番美味しい」

「でも、今日車で来てなった? ほら最近事故とか多いから心配だなぁ」

「大丈夫だよ。僕はラッキーだから」

「ラッキー?」

「もう時効だと思うけどな、昔飲酒して事故になったことがある」

「え! 大丈夫なの?」

「なにもなかったよ」

「良かったぁ」

「本当に君は可愛いなぁ。あぁ、これ君に似合うと思って」

「いいの? こんな素敵なの貰って」

「君にだからあげたいんだ」

「ありがとう! 好きよ」

「僕は愛しているよ」

 そして今日も、僕は不倫をする。










 今日も旦那は不倫する。

 私たちの間に愛はない。

 旦那と出会った時私は人生の闇の中にいて、旦那と出会ってから世界が変わった。

 旦那のいない間、旦那の実家によく行き、今ではよい奥さんの名声を得ている。


「よくできたお嫁さんですね」

「そうなの。そして申し訳ないの」


 そう言っていた旦那の両親はもしかしたら私の目的に気がついているのかもしれない。それでいて気が付かないふりのかもしれない。

 少なくとも確実に言えるのは旦那の両親は私のことはともかく旦那の浮気に気がついていて、私に申し訳無さそうに謝る。そして旦那を見捨てないでくれと頼まれる。

 財閥の人達の反応ができた妻からできた娘にかわってきているのを実感する。

 やっと、だ。

「ふふっふふふふっ」

 私はここ最近の嬉しさがこらえきれずにひとりで笑う。可笑しくて仕方がない。


 しばらくして待ち合わせの人がやってきた。渡している合鍵を使用しているところを見たことがないと言って拗ねていたらしい旦那には悪いが、彼女はこうやって私に会いにきてくれる。


「お邪魔します」

「待ってたよ、昨日はどうだった?」

「相変わらず貢いでくれるの、お金に困ってない坊ちゃんね。はい、これ。昨日もらった宝石」

「ありがとう」

「換金する?」

「そうしようかな?」



 旦那は知らない。

 旦那の不倫相手と私は身内同然だということを。


「昨日、不快だったわ」

「何かあったの?」

「事故のことを話したのよ。なにもなかったからラッキーだって」

「なに、それ」


 思わず手に持っていた宝石を強く握る。角ばったそれは少しだけ痛かった。


「それとね。嬉しいこともあって。実はやっと妊娠したの」

「あ、じゃあ。」

「そう。嬉しいなぁあの人の子をやっと人工授精できたわ」




 旦那は知らない。




 旦那の不倫相手はわたしの兄の嫁になる人だったことを。

 旦那が昔犯した罪を被って自殺したのがわたしの父だったことも。

 旦那のおこした事故で亡くなったのが、私の母と兄だったことを。







 旦那は知らない。



 わたしがその場にいてすべてを見ていたことも。

 けして思い出さないだろう。




「あの人の子どもを坊ちゃんの子といって育てて」

「はやく乗っ取ろうね。あの財閥」





 旦那は知らない。

 出会いからすべて私たちの手のひらでのことだってことを。

 きっと知らないまま旦那は生きていく。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 計画が明らかになっていくところからじわじわと押し寄せる不気味な臨場感がとても良かったです。‬ [一言] 最初は恋愛要素強めの不倫劇かと思って読み進めていましたが、いい感じに裏切られました。…
2020/01/27 08:00 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ